0130:新術

 イリス様がゆっくりと開いた右掌をこちらに見せながらちょっと上に持ち上げる。後続の2人が止まった。


 オーベさんは先ほど通り過ぎた岩陰から術を放つようだ。攻撃目標は緋の騎士団……手前が多分、黒の騎士団。その向こう側に緋の騎士団。銀の騎士団……魔術士は……うーん。近づいてしまったせいか、奥が見えなくなっている。

 ……そもそも、五天王のうちの三人の武将は……いるんだろうか? 予想通り、この野営地では王を待っているんだとすると、それ以外は既に着いていても良いと思うんだが。


ず……ずず……


 何かを引き摺る様な音。重いモノだ。騎士たちも音に気づきキョロキョロし始める。若干大地が揺れてる? 引き摺る音に合わせて、地面も大きく揺れる。


グパァ!


 開いた。音と共に、緋の騎士団の丁度真上あたりの空間が綺麗に裂けた。良く判らないけど、空に線が引かれて、そこが大きく開く。中から、闇がこぼれ落ちてきていた。……なんだこの気持ち悪さ。闇……いや、邪悪な存在? この世界とはあまり接点の感じられない、違和感を感じる。


 あまり動揺しないモリヤ隊の2人から、(怖い)(気持ち悪い)(側で見ていると本当に嫌悪感が……)という感情がこちらに伝わってくる。うん、俺もそう思う。まあ、でも、確かに……召喚術には見えない気がする。闇の神を信仰する邪教団の仕業と言われれば信じてしまいそうだ。


「な、なんだ!」


「うぎゃーーー!」


 空間の裂け目からこぼれ落ちた黒い闇が、下にいた騎士たちに襲いかかっていた。どろりとしたスライムのさらに不定型な……コールタールというか、そんな感じの何かが騎士の頭上から襲いかかる。


 為す術無く黒い何かに襲われる騎士たち。


「あああー!」


 阿鼻叫喚の叫び声が上がる。こいつは酷い。黒い何かは酸系の攻撃なのかなんなのか、騎士を鎧ごと溶かし始めている。溶かすなんて生やさしいものではないか。消え去ってしまっている。砕いて分解? 良く見えない、良く判らないな。


 さらに、地面に落ちた黒い塊は、そのまま、周囲の騎士へ襲いかかっている。


 動きは当然、速いモノでは無い。が。これは……恐慌状態ってヤツだろうか? 歴戦の騎士たちが、恐怖によって足が動かなくなっているのだ。結果、黒い塊無双となってしまう。これを初見で喰らったら……いや、いや、俺たちだってヤバいんじゃ無いか? 何よりも、あの裂け目からはまだまだ、黒い塊が生み出されて続けている。


 こえー何て言うか、混沌の神を呼び出した感じ? SAN値、削られる〜。触手とかも召喚できるのかな? これのバリエーションで。と言いつつも、俺も精神的には強くなったよな……能力値の高さのおかげかな?


(何人だ? 今ので何人くらい消した?)


(三十……いえ、五十くらいは……多分。怪我も含めれば、もう少し増えそうな。ともかくまともに弓を引くことは出来なさそうです)


(すげぇ……な。オーベさん味方で良かったわ。これ、だって騎士たちの鎧って魔術耐性アップ効果があるとか言ってたじゃない)


(はい、有名な鍛冶工房の特注品だったはずです。……多分、このあと、うち、メールミアの……黒ジジイと戦うつもりだったのではないかと)


(あーそういうことか……)

 

 因みに、手を貸しているとはいえ、いつ敵地と化すか判らない地で、マッサージは行えないと判断。オーベさんは強化しなくてもこの中でイリス様の次点だ。一時的でもその力が使えないのは危機に直結する。


 なので揉んでいないので「繋がらない」。


(とりあえず……緋の騎士団の団長、副団長クラスが漆黒に飲み込まれていくのを確認。証は何も残ってませんが、命令系統がズタズタで、対応が取れていません)


(まあでも……多分、そろそろ)


「範囲魔術の攻撃なのは間違い無い! 離れろ! 動け! 敵の動きはそれほど速くないぞ! 我々は誇り高きアルメニア騎士団の精鋭であるぞ!」


 多分、風の術で、声を増幅させたのだろう。拡声とかそんなのが合ったはずだ。広い野営地全体に、声が響いた。


 そう。当然、緋の騎士団が奇襲によって襲われれば、そうでは無い黒の騎士団なりなんなりが場を仕切り始めるに違いない。

 それを……まとめるのは……うーん。残念。多分、だけど、黒の騎士団の団長だろうか? 五天王の一人ではないようだ。っていうか凄く普通な感じの騎士さんが惨状から仲間を救出しようと足掻いている。最初のうちにやられちゃって無いよな?


「魔術による攻撃と断定。銀の! 結界を!」


 崖の方にいた数人の魔術士、ロングのコートの上に、コンパクトな銀の鎧……というか、胸当てのようなものを装備している。彼らが銀の騎士団の魔術士たちか。多人数で力を合わせて結界、さらに妨害系の術を使い始めたようだ。というか、彼らはさっきの術がどんな系統の術だか判った上で行動しているのだろうか?

 

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