0050:現状
地下に関する調査は、うちのこういうときだけ本当に厄介な駄々っ子になるボス……イリス様が行くと言い張ったが、それをファランさんと……とにかく説教し、止めて、モリヤ隊の誰かが戻るまで保留ということで納得させた。
「やだーいくー」
「なんでそんな子供の様な口調で」
「イリスは我が儘をほとんど言わないのだが、地下調査とかダンジョン探索とか、未知の世界への憧れがスゴくてな……本当に苦労してきたのだ」
それは御苦労されたことでしょう。正直、なだめるのに数日必要とし、軽くマッサージまで行った。
城砦都市オベニスでは収穫の秋と共にその収穫物を売買する商人達による市が毎日立っていた。これは新市街が機能し始めたことを示している。
オベニス領、特に領都は元城砦だけあって防御面では優秀だが、その反面狭い。広場として使用出来る開けた土地も非常に狭かった。
廃墟となった街を捨ててオベニスに辿り着いた者たちは、城壁の外側にスラムを形成しつつあった。このままだと無軌道な増殖を繰り返し、行政側が手を出しにくくなってしまう……というところに俺のプランが間に合った。
現在、元々あった城壁を大きく囲むように新市街が生まれつつある。立地的に山間ではなく、林間である。塀の周りの木々を伐採し、整地すれば平坦な土地が手に入る。そばに川も流れているため、開拓もそれほど困難では無かった。
なぜ、開墾しなかったのか? と聞いたら、大前提の「魔物の存在」はいいとして、「街は塀の中にあるもの」という思いこみも大きかった様だ。
ということで、まず、魔物は領主様になんとかしていただいた。イリス様と冒険者数名によるオベニス周辺の魔物討伐。
そして流民たちによる伐採、整地。念のため少ないながらも領軍の兵士も護衛に付けている。
難民流民はほとんどが女性だったが、何しろ人数が多い。さらに、他の領土からの流民も日に日に増加していた。
オベニス領は元平民の女が領主のため、平民に対して非常に手厚い(甘い)という噂が広まっているのだ。まあ、最大の理由は南方の領の税率や取り立てが厳しく、人間として扱われていない、というのが彼らの言い分だ。
流民となって生まれた土地を捨てる。これは普通に考えて非常にストレスの高い事案だ。生まれ育った地を愛するという意識は根が深い。にも関わらずかなりの人々が毎日、少ない家財を背負ってここに辿り着いている。
とりあえず、街を広げるという事業を効率的に行うために、人海戦術は欠かせない。難民流民の人たちに、衣食住を与えて、さらに給金(正直格安だ。そんなに多くは無い)も支払う。
これは異様に感謝され、領主であるイリス様への信奉度は日に日に高まっていた。
そもそもこの世界の行政は税を奪うために存在する。
支配する者であって、弱者を救済する者ではないのだ。まあ国を運営するシステムが熟成していないので仕方ないが。
とまあ、現代の日本社会であれば当たり前のことを行った結果、難民流民どころか、この領の元々の住人たちも奮起してくれて、凄まじいスピードで新市街は整備されていった。30日、俺の感覚で言うと1カ月でこれまでの街(塀の中)の数倍の規模の土地が平らになっていた。
土地が拓けば、そこに道が生まれ建物が建つ。後で手を加えるのは非常に面倒なので、図面通り、計画通りに建造物を設置していく。というか、そもそも、都市計画自体が存在しないのだ。
村や街は人が自然に集って、自然に大きくなるものであって、自ら造るものではない。正直俺も、この世界に来る前にそんな仕事をしたことがあるわけではなかった。
だが、アレだ、俺も、ゲーム好きなら必ず通る「街造りSLG」は何本もプレイしている。自分の頭の中に理想の街がいくらでも存在するのだ。
街の西側、川沿い、そちら方面の土地はある程度洪水となることも見越して耕作地として確保。新市街の中心は東側だ。こちらは西側よりも若干高い位置にあるため、浸水などの被害はほぼ発生しないだろう。
「この広場は……いいな。市が立たない日にも行商人が滞在しやすい」
「ええ。新市街のある程度、中心地ですから。判りにくいですけど」
新市街には大きめの広場が用意された。市はこの広場で開催されている。最初はただ単に道で囲まれた更地に過ぎず、バザーの様な形だったが、今では簡易だが屋根付きの台が配置されている。
広場以外は単純に十字路を組み合わせた作りにした。元々森から切り出した土地が長方形だったこともあって、判りやすさを優先させたのだ。
残念なことに地下遺跡、地下水路を利用した下水道は新市街では採用できなかった。土地を掘り進んでも、地下水路に行き当たらなかったのだ。その分、井戸は複数確保出来た。さらに川の脇まで整地したことによって、比較的簡単に水路も敷くことができ、新市街の中心を水が流れるようになっている。
人口増に対応するため、急ピッチで進めないといけないこともあり、とりあえず旧市街の様な下水道を利用した浄化システムの配備は断念したが、下水の流れる水路(小口径のパイプ)を道の端に設置し、浄化の術を使用した魔道具(浄化槽)を下水の流れ込む地中水路(大口径のパイプ)の端々に設置した。
コレによって、上水道&井戸と下水道がハッキリと区分けされ、衛生的にはそれなりにイイ感じに仕上がったハズだ。
ちなみに、ある程度道を整えて都市計画はばっちりやったので、時間的な余裕が出来次第、上水管、下水管を埋めてしっかりとした水道システムを設置したいと思っている。野望として。
ちなみに、魔道具を浄化槽に使用するなんていう「ふざけたこと」は通常考えられないことだそうだ。オベニス旧市街の様に、元々存在するシステムを利用するのは有りだが、新規設置は普通無いそうだ。
そもそも魔石は高価だ。常時使用など、資金が無ければ実現出来ない。まあ、正当な納税が行われている今、この領では値崩れを避けるため、出荷調整をするレベルで納められているからこその強引なやり方だ。
都市の衛生管理がどれだけ大切かを説明したところ、ファランさんが非常に積極的に推し進めてくれた。昔、確かに疫病で村をひとつ燃やす必要があったのだという。
さらに、急ごしらえではあるのだが、安全面、防衛面でも手は抜いていない。新市街の外周は高さ2m程度の石壁が囲んでいる。この世界の城砦に比べると若干低めではある。
が。
その外側に堀を組み合わせているので、機能的にはそれほどお粗末というわけではない。堀には水路とは別に川から直で水を流し込む予定だ。
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