0039:余裕
王都、王族の動きはとりあえずイリス様を慕う数名の冒険者に調べてもらうことにした。とはいえその手の専門家ではないため、適度にと言い含めてはある。命大事にだ。
身分制度のある社会で、貴族ではない冒険者が、王城の中の諸事情を感知出来る可能性は非常に低いが……まあ、何もしないよりはいいだろう。
俺は早急に事を進める必要があると焦ったが、イリス様もファランさんも余裕たっぷりだった。
本格的な情報収集も即開始したかったが、人出的にすぐにはどうにもこうにもということだった。少ない伝手も伺いを立てるのに時間がかかる。
イリス様もファランさんも基本冒険者以外に接点がなかった。貴族社会から嫌われてるみたいだし、まあ、そりゃそうか。
この世界の商産業は各ギルドによって構成されている。ギルド……っていうのはまあ、同業者の互助会、利益を守る組合みたいなものだ。
それこそ、商人、職人、1人の力は異常に弱い。日本人なら当たり前の権利はほぼ存在しない。支配する者、王や貴族などの特権階級による命令は、どんなに理不尽でも絶対なのだ。そんな社会である程度身を守ろうとするなら、同業者同士で手を取り合うしかない。実際には命令に対抗できるわけではなく、条件を付けることくらいだとしても。
つまりは各ギルド間でも接点は少なく、非常に閉ざされた世界だということは判る。当然、状況によっては手を取り合うこともあるようだが、普段は挨拶程度の仲だそうだ。
そのため、この街の冒険者ギルドの幹部でもあるファランさんとはいえ、他のギルドに太いパイプががあるわけではないそうだ。
その上、イリス様が他の貴族から「仲間はずれ」にされているというのはこの国では周知の事実らしい。じゃあ、うん、深入りしてくる商家とか職人とかいないよね。
とはいえ、無いから何も出来ない……では如何ともしがたい。ツテの無いなりにファランさんには動いてもらっていた。イリス様にも冒険者の中で力のある人とか、過去に関係のあった人たちに連絡を取ってもらっている。
今日はまだ夏の34日。もしもイリス様の王都召喚や騎士団による侵攻が起こるとすれば、最速でも今年の収穫を終え冬期を終えた春になるだろうということだ。
この国では冬期は雪のため、移動が非常に不便になる。特に馬に騎乗している騎士の場合、大規模な行軍などを行うのは凄まじく難しいようだ。
秋の始めに収穫を終えてしまい、雪が降る前に行動するのでは? と聞けば、秋は基本、騎士が騎乗する馬(に似ている魔物。でも面倒なので以下馬呼び)が発情するため使い物にならないらしい。
馬の多い騎士団を動かすのにタイミングが悪いということなのだろう。馬の繁殖は非常に大切で、余程で無い限り戦争も避けるという。
現状、既に動き出す寸前……準備万端になっていないのなら……らしい。
のんびりしている気がするが、まあ、代えがたい時間を手に入れたのだから感謝しないといけない。
二人が手紙や魔術などで各所に相談、面会の予約を取ろうとしている間、俺は息抜きに街の市場に足を向けた。何か無いか、いや、とりあえず、気分転換にでもなればと、うん、散歩か。ただの。
オベニスの街には幾つかの市場が存在する。
それこそ、食料品であればコダン市場、モルベール市場、衣料品はクズリハ市場、雑貨などはビダン市場。それ以外の物に関しては、各商店で購入することになる。市場では売りたいモノを持つ者が、自由に店を広げるので、掘り出し物がある代わりに保証は無い。
一方。庶民向けが市場とするなら、商店は基本、オーダーメイド等の高級品、趣向品を取り扱うことになる。冒険者でお馴染みの武器や防具も、既製品や中古品であれば市場(この場合はビダン市場だ)で。自分専用の新品装備をあつらえる、作ってもらうのであれば、直接商店=鍛冶屋へ向かうのだ。
そしてもう一方……当然、盗品、後ろ暗い物を取り扱う店もある。難民や棄民の流入によっていつの間にか貧民街となっているオベニスの東地区。そこには非合法な商売をする人間も多い様だ。
と、いうか、多い。
俺の様なアレな存在でも、領主補佐という肩書きもあって、屋敷の外を歩く時には、護衛として領兵が1人付いてきてくれている。彼が若干、いやかなり方向音痴で、さっからグルグルと同じ道を歩いている。歩くうちにいつの間にか、東地区、貧民街に足を踏み込んでしまったようだ。
アレ? と思ったのはまずは臭いだ。それまでしなかった古い饐えた臭い。それがだんだんハッキリしてきて、薄いアンモニア臭、泥と糞尿、獣の臭いが混ざったモノに変わる。うーん。まあ、別にそういうモノだと思えば耐えられないレベルでは無いけれど。
古代遺跡の上下水施設を利用しているという領都オベニスでは珍しい……んじゃないかな。
で。臭いと共に、何かと視界に入るのが、動きの鈍い人たち……だ。元々はケガか何か理由があったのかもしれないが、明らかに栄養が足りていない。子供もいる。比較的動いている子や、座り込んで全く動けない子。ぶっちゃけ……日本では早々見かけない状況に、ちょっと戸惑い、拒絶反応が出てしまう。
モノを盗んだのか、店の人に追いかけられている子供……もいる。
護衛の兵によれば、これでも良くなった方なのだという。
イリス様が領主になる前は、その辺の道に死体がいくつも横たわっていたそうだ。……まあ、うん、そうだね。それに比べれば……だね。
こういう状況が自分の住む街、イリス様の治める街にも存在するということは良く判った。良く判ったから、とりあえず、回れ右して今は帰ろう。うんん、逃げるとも言う。
東地区からちょっと離れると大通り。手軽な食べ物を売る屋台が並んでいる。
「ふう……」
個人的に重い現実って言うのは苦手だ。それがある、存在する、それをどうにかしたいと思う気持ちはある。
しかも、今は……俺は、施政側だ。イロイロと施せる側だ。
が。それでも、まだ……覚悟が足りない。それに積極的に近づいて調べたりしたいか……と言われるとそうではないというか。TVのドキュメンタリー番組とか絶対に見なかったしな。
何の肉かは判らないが、串焼きの屋台の前で足が止まった。イイ匂いだ。多分、魔物とか、そんなところだと思うのだが、調味料が若干、醤油に近い匂いがしている。
正直、日本食に餓えている俺は、勢いで十本を袋に詰めてもらった。袋は大きな葉っぱをこれまた細い植物の蔓で縫い合わせたモノだ。
実際に食べてみると、串焼きは醤油味ではなかった……。これは……どちらかといえば、何かの実を潰したソース……なのか? うーん。匂いは醤油っぽかったのに、食べるとソースとでも言うのか。残念。まあ、大豆っぽい豆も見かけたことがないので、仕方ないか。
まあ。求めていたモノとは違うとはいえ、別にマズいわけでは無い。串焼き片手に東地区のことを思い浮かべながら、歩く。
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