0033:一閃
つまり。今この最前線に広がっているのは為す術無く蹂躙される諦めの空気ってヤツなのだろう。
さすがの領主様でも分が悪い……と思われているようだ。
何か出来ることがあれば……と思って着いて来てみたが、別段何か助言できるわけでも無く。
戦闘前にマッサージなどと言えるワケもないしな。
まあ、俺は、現場の緊張感にかなり、びびっていた。逆にこういうのが体験出来て良かったのかも知れないが。
「では行ってくる。多分……大丈夫だ」
イリス様が俺を見ながら言う。なんで、俺に……と思った瞬間に何かが繋がった。ぬ……。な、なんだ、これ。イリス様……か? ????
天幕の入り口の布をくぐり、イリス様が出陣して行く。ファランさんもその後に続く。
「いってらっしゃいませ」
俺はそう言うのがやっとだった。倒れ込むように、用意してあった椅子に座り込んだ。
「支援用の術を使える者だけでよい。マドリス、厳選してくれ」
「は」
イリス様が天幕を出た瞬間に、周りの天幕から主だった者が後に続く。
ちなみにマドリス団長は前領主に諌言したため、無実の罪で投獄されていた。
イリス様に命を救われて以来、心酔しているらしいが、投獄されていた際に落ちた体力筋力は如何ともし難く……今回イリス様が前戦に出たことによって、支援に回っている。彼は魔術士としてもそこそこの腕があるのだという。
「ヤツとの戦闘は主に私とファランのみで行う。範囲攻撃に巻き込まれないようにしろ」
なぜかイリス様は自信満々だった。異様にやる気というか、かつて無いほどに出来るという気力が沸いてきているようだ。
「何故か……怖くないな」
「お前は困難な戦闘ばかり選ぶからな……」
「いや、違う。困難な戦闘ばかりに遭遇するのだ。しかしこれまで……強力な魔物と対峙する際には常に怖さを感じていたんだが。だが……今回は何故か、それを感じない。油断しているワケでは無いぞ? 死霊だ。しかも三つ首竜の。これはかつて無い強力な大物だ」
「イリスなら……勝てる、と思っている者も……いないな」
「そうだ。私だって敵との力量差など良く判っている。どんなにランクが高くても……冒険者一人で、倒せるような代物ではないのだ。そして当然……少し前の私であれば……絶対に勝てなかった」
「ああ……偶然だな。私もさっき、お前が、自分と私だけで戦闘を行うと言ったとき、無謀だと思わなかった。なぜか、それが妥当だと感じた。三つ首竜の死霊と最初に聞いたときの恐怖感や焦りはどこかにいってしまった。尋常では無い敵に対して、まったく脅威を感じていない。こんなことは初めてだ。それこそ……半年前の大氾濫時には内心、非常に慌てていたというのに」
「……まあ、考えるのは後だ。とりあえず行くか」
「ああ」
ファランさんが風の精霊術を使う。移動力アップすんだな。確か。
しかし……一歩が何メートルになってるんだ? これ。文字通り2人は風となって敵に向かって走り行く。
死霊がいたのはメニエムの街から通常で数時間、強化して駆け抜けて十数分の位置……あまり深くない雑木林の只中だった。
「アレか」
イリス様が立ち止まる。
強大な……歪み……の様な、なんていうか、物質では無い様な「何か」がそこで蠢きながらゆっくりと移動し続けている。
通過する時に邪魔になる植物などは全て薙倒されて、腐り落ち、崩れ消えていく。
死霊は接触した植物動物、生命体から「生気」を吸収する。
つまりヤツの攻撃が当たれば、そこからHPを吸収されると思った方がいい。HPドレイン技が常時発動している身体で攻撃してくるということだ。
迫り来る良く判らない何か。しかしこれは……死というものが物理的に存在しているという説明が一番納得がいく気がする。
これだけ巨大な生物が移動しているのに、熱量が感じられないのだ。
というか、俺のこの……イリス様が見ている感じているであろう状況はどうしたことだろうか。多分スキルの一端なんだと思うんだが……。
トラック二台分は有りそうなその質量に圧倒されることなく、イリス様が両手剣を構えて立ち塞がった。
イリス様愛用の両手剣は、ただ、ひたすらに「頑丈な」作りになっているだけで、形や長さは通常の両手剣と変わらない。
素材は魔鉱石化したグライル鋼。堅く、丈夫なのだが、非常に重く(同じサイズの鉄製の武器に比べて、約2倍近い重量となってしまう)、このグライル鋼製の武器を鍛造、維持管理、保守できる者は少ないという。
この世界には、銅、鉄、黒鋼、ミスリル、グライル、オブリアなんていう、よく知ってるような知らないような金属が存在する。
魔鉱石化というのは、鉱物が魔力濃度の高い場所で変質したことを指す。
異世界チートな主人公大活躍系のお話だと、生産職で鍛冶をどうの……というのがよくあるのだが、俺程度の知識では、この世界で役立つ情報があるのかどうかすら良く判らなかった。悲しい現実である。
「っはん!」
多分、それは息吹。イリス様が気合を入れて一声、発する。
たったそれだけのことで、死霊の動きが止まった。バリアが展開されたような、いや、何か呪縛的なモノだろうか?
圧倒されている死霊に向かって、スッと腕の延長であるかのように、横に振るわれた剣。
霊体、通常であれば物理攻撃をほぼ無効化し、魔力を付与された剣ですらある程度は退ける脅威の魔物は……その存在を否定されているかのように、剣線にそって斬り取られた。
揺らめくように元の姿、三つ首竜の面影が浮かび上がる。振りかぶった剣を斬り下ろす。そして横へ。
数度その作業を繰り返す。大きく抉れる死霊。お構いなしでさらに連続攻撃を加えるイリス様。死霊からの攻撃が無いかの如く、軽妙なフットワークで踏み込んでいく。
いや。判りにくいだけで、イリス様への攻撃は無数に行われているのだ。触手のような、牙の様な、爪の様な……ありとあらゆる角度から降り懸かる。
四方から迫るその無数の攻撃は、あまりの数に、歪みの雲の様にすら見える。視認することすら嫌気がする、なんとも言えないイヤな煙の様なモノが迫っているのだ。
が、それらはイリス様に触れる前に消滅してしまう。多分、フェリスさんも何かしているのだろう。死霊だから退魔系の術か。
イリス様は大剣を大きく大きく肩上に振りかぶった。
力を溜める。
踏み込みと共に剣を右から振り回す。その遠心力に合わせてさらに足を踏み込む。すると、振り回した剣が一回転してさらに唸りを上げて死霊を斬り刻む。足を踏み込み、それに合わせて剣が回る。
あんな振り回し方をしたら、軌道が不確かになるハズだが、文字通り回転斬りが敵を食い千切っていく。その回転は次第に早くなり、あっという間に死霊を突き抜けた。
そして……砕かれた欠片を……清らかな……光が包み込み、そして細分化して消していく。ああ。イリス様の視界の隅にいるファランさんが……魔術を発動し続けている。
聖なる炎……が、イリス様の後を追うように、発動し、汚染された全てを……跡形も無く消していく。
霧散。
一瞬収縮したかと思えた死霊はその圧倒的な攻撃に存在を打ち消された。イリス様の剣風に巨大な竜が消えて行く。
たたみ掛けるように……大半を失った三つ首竜に、さらなる一撃。二撃。強大な死の圧力が。次々と失われてゆくのが判る。
それまで停滞していた空気が一気に清浄化されていく。
まるで何もなかったかのように思えてくる。
ちなみに死霊系の魔物は倒してもお宝は一切落とさないそうだ。くたびれ損ってヤツか。
跡形も無く。改めてその場所には既に何も無い。
文字通り、超巨大な災厄となるハズだった三つ首竜の死霊は、イリス様の力によりほぼ一瞬で消え去った……。
というか、まあ、うん、いくらなんでも……超簡単というヤツだ。
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