0020:断末の呪

「昨日、何をした? 私の身体に」


「え?」


 口調がムチャクチャ優しい。お、怒られる……わけじゃないのかな? アレ? 違うのかな?


「私には……幾つかの呪いがかけられている」


 え? なにそのカミングアウト。初耳だ。


「グリーンドラゴンによる麻痺の呪い。そしてエルダートレントによる戒めの呪い。さらに三つ首竜の鈍重の呪い。特にこの3つは強力で常に私の行動を蝕んでいた」


「き、気付きませんでした」


「敵の断末の際の呪いだ。命を奪うほどの凄まじい力は持っていない。だが解除することは難しい。特に強力な魔物になればなるほど、一生その呪いと付き合って行くことになる」


「御主人様、お客様が」


 部屋の外からデアさんの声が聞こえた。お客様?


「通してくれ」


 ドアが開き入ってきたのはギルドマスター、ファランさんだ。ベッドルームに俺がいたのにちょっと驚いたようだったが、構わず話しかけてきた。なんていうか、慌ててるのが判る。


「どうした。緊急の用とは。何かあったのか?」


「ファラン……私の呪いのことは覚えているな?」


「ああ、当然だ。麻痺と戒め……あの2つの呪いは異様に強かったからな。アレだけの呪いを受けたままで、良く三つ首竜を倒したものだと思ったものだ。お前くらいの達人の力は計り知れないと……まあ、最終的には三つ首竜の呪いも受けたわけだが」


「呪い調べの術を使ってくれ」


「え? あ、ああ」


 ファランさんは納得していない顔で、呪文を詠唱し始める。魔術は力ある古代語を詠唱することで発動する。


 ギルドマスターだけにファランさんも魔術の腕は飛び抜けているそうだ。イリス様が冒険者ランク9でスゴイのは当然だが、ファランさんも現役時はランク8だったそうだ。


 しかも別に衰えたから引退したわけでは無く、誰かがギルドマスターをやらなければ元領主にギルドが潰されてしまうという、緊急事態のために引き受けたと言っていた。


 視察を共に向かい、仲が良くなった兵士が言うには、イリス様とファランさんという高ランクで腕利きの冒険者の二人がいたおかげで、この街は維持されていたらしい。


「な! イリス! これは!」


「……」


「の、呪いを、呪いをほとんど感じない……いや、消えてはおらぬ、な。うん。消えてはいない。が、非常に微弱な力しか感じられない。これなら呪われていない状態とそう変わらないではないか。イリス、なんだこれは!」


「やはりか……」


「……呪い、しかも断末の呪いがいきなり消えたなど聞いたことがないぞ?」


「ああ、私も聞いたことがない。が。実際に呪いが消えそうなほど弱まったのは確かだ」


「何をしたのだ」


「朝起きたらこうなっていた」


「何をバカな」


 ファランさんがここまで驚愕するってことはそれくらいあり得ないことなんだろう。慌ててもう一度、呪文を唱え始めた。


「やはり……確かに」


 確認のためもう一度術を使ってみたが、呪いはほとんど感じられないくらい弱まっているらしい。


「……何かあったのだな?」


「モリヤ、昨日何をしたか説明しろ」


 え、ええーそんな……お、俺のせいなんですかねぇ……。


「えーその……マッサージを少々」


「マッサージ? とはなんだ?」


「酷使された筋肉をもみほぐし、疲労を解消する行為のことです」


「回復の呪文ではなくて?」


「はい、私がイリス様の身体をもみほぐしました」


「お前がイリスの身体……をか?」


 え? ファランさんが知らないってことは本当に……この世界にはマッサージが存在しないということなのか? そう言う言葉がないってだけじゃなくて? なんだそれ?


「あの、どういうことで……しょうか?」


「お前のいた世界ではどうだか判らないが、メールミア王国、いや、私の知っている限り、このモディア大陸に存在する諸王国では、その様な行為は行われていない」


「お、行われていない? 私の様な男が、イリス様の様な女性をもみほぐすことが、ですか? 宗教的な禁忌ということでしょうか?」


「癒しの女神の教会の教えも当然関係しているが……そもそも、男も女もむやみに接触することがない」


 あれ? どういうことだろう……。それはやはり、中世ヨーロッパ系の生活様式にも関わらず、ハグからの挨拶は見たことがないのと関係しているのだろうか?


 まあ、べたべたと触り合っている様なカップルなんかも見たことがないしな。これでもちょっとしたお使いで街を歩いたことくらいはあるし、視察で村も見てきた。


 ……あれ、そういえば男同士でもそういう接触系のコミュニケーションを取ってくる人はいなかったな。かなり酔っ払っていても。


「当然、動けない者を運ぶときや、母親や乳母が子を抱くなんていうことは良くある。が」


 が?


「あまり触りすぎてしまうと回復系の魔術の効きが悪くなってしまうのだ。触った方も、触られた方も」


 え?


「おまえのいた世界はそうではないのか? これは癒しの女神が、誰かに触られるのを嫌う純血潔癖の女神でもあるせいなのだが」


 神様……そして、そこにはかなり生活に密着した切実な理由が。というか、そんなに非接触型の文化……だったのか。この世界。


 いや、元の世界でぼっちな生活を送っていたためか、全く意識することが無かったわ。


「では、愛し合っている恋人同士も?」


「ああ、愛し合っていればいるほど、触ることは避ける。もしも何かあったときに女神の機嫌を損ねていたら、その時いくら後悔しても遅いからな」


 まあ、そういういざというときに命のかかった状況に陥るのであれば、それに合わせた文化が創られていくのは当たり前だろう。


 っていうか、俺といえば職を失う数年前に前彼女と別れて以来……数年……ぬくもりと無縁の1人暮らしだったからなぁ……。


 違和感感じなかったなぁ……。





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