第33話 夢を夢で終わらせたい、successお嬢への道のり


『月明りに魔物たちの影が揺れる。

 1325年、雨が降り注ぐ夜のこと。暗闇に浮かぶソレは差し迫る死の霧如く、とうとう海と森の境界線を腐蝕した』


狂い逝く歯車、『アレ』の居場所。生臭い水溜まりに消えた銀の指輪。

奇妙で異形な白が肉片から突き出て、夜通し水面下で泡と共に号泣している。


静かに、静かにしろ。

乱暴に開かれたドアと、疑惑塗れの取り調べ。

頓挫して逝く正義を前に息を呑み、少年心を持った警吏が怒号を上げた。




呪縛からの解放、裏路地のヒーロー。

体中につけられた傷がジクジク痛み。いつも通り、渡された荷物を運ぶだけの簡単な仕事のはずだったのに。

ここいらで見ない武器を持った、少年少女2人に見つかるまでは。


「畜生……ちくしょう……っ!!」


神は、相も変わらず闇の中にいる人間には見向きもせず、どこまでも冷酷だった。

たかが一つ二つのパンきれの為に、一体なぜ俺たちがこんな目に合わないとイケナイのだろう。





———気のせいか。それとも、運命なのか。

ある日に渡る誰かの思い出、朧気な映像。夕焼け小焼けの懐かしくて、懐かしくて、どこか物悲しいメロディが響く。

同じ声で反響しながら、繰り返し、繰り返し。ひとりブランコに乗ってゆらり、くらり。


自分以外誰もいない、燃え盛る炎のように真っ赤に染まった公園は、まるで赤い海か、血の絵画の中で揺蕩たゆたうようだった。


『さがしています』

『探しています』

『捜しています』


目を瞑り、思い浮かべる。

絶対に、本能的にここで立ち止まってはいけないと思った———絶対に。

そして、次の日も、その次の日も、新たな宵闇はやって来て。静寂、平穏、安定、寝物語を強請る子どもたちのために、次の闇夜はやってきた。


「時計が壊れちゃったの? うーん、それならゼペットおじさんの所に行けばいいと思うよ」


何気なく囁く少女に、ウサギは「それもそうだね」と鼻を二度鳴らす。

愛らしいアリス、黄金の書。花や煙、赤と白の薔薇園ローズガーデン

まるで、その目で見てきたかのような描写に。そうやって、絵本に挟まった疫病に感染した無邪気な子どもたちは、今日も寝るのも忘れ、彼女サクシャが手掛けるお伽噺の話に夢中だ。



繰り返される孤独で、惨めな日々の中。シンデレラも、白雪姫も、徐々に継母たち、全ての元凶たる浮気者おとうサマを疎ましく思うようになった。


シンデレラ?「おはようございます、そして皆々様、サヨウナラ。これからは自立して、一人で生きていこうと思うの」

白雪姫?「いつやって来るかも分からない王子様を待ち惚けるなんて、もうウンザリよ」


そう綺麗に笑う彼女たちを見て、森や屋根裏のオトモダチたちは手を叩き。少女も思わず唇を歪めて、ちょっと笑う。


「現実と創作は別物だよ」


そして「夢は夢だからこそ輝いて見える、現実世界なんて所詮そんなもんだ」と傍でニンマリしながら、ペンを動かす。

嘗てそう教えてくれたのは、一体どの先生ダレだっけ?



「この世の騎士道精神なぞ、結局どれも名誉自慢から生まれたエゴイズムの一種です。美しい空虚な理想ばかり詰め込んだ、頭お花畑の利己主義者たちによる真の弱者への人権侵害。騎士達がカッコよく見えるのはその『騎士』という名称と、その腰に差している物質的価値のある剣との相乗効果ゆえの幻想。洗脳ともとれる、美化された騎士職に夢見る女たちの妄想からなる虚像です」


美しい男は言った。


「だから略奪、暴行、強姦。意外にもそう言った世の犯罪を真っ先に行うのは権力も力もない一介の民間人ではなく、そんな誉れ高き騎士という職と綺麗ごとだけを連ねた騎士道精神を笠に着た極悪犯罪者予備軍。世俗的に言えば、いわゆるボンボンチンピラ達を筆頭に罪を犯し始めるんですよ。今後のためにも、それをよく覚えておいて下さい」


綺麗な唇を皮肉気に歪め、彼は言葉を続ける。


「そして、それは貴族の騎士家系から排出されるこの多い上位騎士は兎も角、学のない平民や腕力しかないゴロツキがほとんどを占める下級騎士になれば成るほどそんな傾向は強くなり。なまじ………ある程度の実力か、強いては男であるだけでその人の人間性よりは実力に重きを置くのが騎士団・治安隊と言う職場ですので」

「ふむふむ……」

「ですのでその分、国から皇帝やその地の領主の名実共に確かな名のもとに一介の平民以上の権力と金。支給品としては主に剣、つまりは家庭用刃物よりもずっと殺傷力のある武器を与えられるものだから、基本的に規則原則の厳しい中央から離れた地方に行くほど騎士というクs………」

「ク?」

「いえ、地方に行くほど騎士という人間の存在価値も質も比例的に暴落するというのが、この世の中。今の西大陸における騎士という子供や学生たちの間で一等人気な職であり、昔ながらみんな大好き騎士道精神と言う建前の実態だと言う事を、僭越ながら。これを期にこうして我がギルドにおける原則第4条『騎士道はクソ』について、私は述べておきたかったのです」


———と。


「なるほど」

「…………………………」


頷く少女に、もう一人の美丈夫はちょっと引き気味な顔色で、眉を顰めた。


てな感じで、この世界はF世界観だけに「突然の死」に満ち満ちていても、やはり前世では想像付かないような楽しい話題も多々ある。

ここ最近、講師となったレイチェルちゃんやオリヴァー兄さんを筆頭にみんな優しいし、事ある毎私にも良くして、血の繋がった家族でなくとも大事にしてくれていることがよく分かる日々。

鍛錬ついでではあるが、世間知らずのヒキコモリのために。お互いの都合が合えば、こうして「色々」と教えてくれている訳だ。


が、それでも。


「今後、貴女様が入ろうとしているこの職場、ここリーシャンにおける本ギルドにおいて。入団合格後いち早く馴染み、常日頃、周りのバk」

「k?」

「……クセとアクの濁りでしかない周囲と要らぬ揉め事を犯さないためにもこの条項、見解は外と比べ一等重要ですので、これから同じ職場での同業者になるとは言え、それでもやはり貴女様は公女で、ノヴァ、この地の姫であり、家に冒険者の天敵とも呼べる騎士団を有していますから。念には念をば、と」

「お気遣い、感謝いたします」

「とんでもございません! 下世話になりますが、たとえ何もせずとも、貴女様が入ってくださるだけでこちらは莫大な利益を稼げるんです、本当に。アトランティア様は、もっとご自身に頓着し、ここ数年、今この帝国におけるご自分の立ち位置を理解すべきです」


そう告げるオリヴァーニキに、今日も今日とて平常運転、大真面目に仕事してるフリして周囲犇めき、聞き耳を立てていた兄さん姉さんも頷いた。

井の中の蛙大海を知らず、いつの世も知らぬ存ぜぬは当の本人ばかり。と、


「……よく、言われます……」


これぞ引き籠りの醍醐味、生態である。


「ですので、今後何かありましたらなんでも仰ってください。私が分かる事でしたら何でもお答えしますよ? ええ勿論、例えそれがそこに座っているやれば誰よりもできる癖に、本当の有用時外では基本的に真面に働こうとしないサボり魔ギルド長についての噂でも、恋人遍歴でも、ここ最近ギルド内で流行ってる悪口でも、何なりと」


嘗てないほどニコニコとしたNo.2ニキに、レイチェルちゃんの形のよい眉が同じく嘗てないほど、盛大に歪む。


「一寸黙って聞いてれば、オリヴァー…アンタ、ねぇ………」


美人は怒っても、やはり美人だった。

ので、


「とりあえず。今のオリヴァーさんの説明で、このギルドでの原則第4条の重要性と、今のオリヴァーさんが一見元気そうに見えて、実はとても疲れてらっしゃる事が最後の最後のくだりで途轍もなく、良く分かりました……」

「僕、そろそろ転職、」

「有意義なお話のお礼も兼ねて、よいでしょう……セバス! この過労死寸前の社t…いえ、お兄さんにコーヒーのお代わりと、昨夜私が仕込んだ新作甘味の試作品を全部! 持って来てー!!」

「———なんて、一生しませんし、するつもりもございません。産まれたときから、僕の骨はこの地に埋める予定なんで。ははっ」

「一寸黙って見ていれば、オリヴァー…いや、アンタたち、ホントに、ねぇ………」


というワケよ。

理不尽な上司に、とうとう我慢の緒が切れたのか。今にも不満不穏の怨念を背負い、明智化復讐者アベンジャーになりかけている、社畜(※イケメン)を前世知識総動員してこの世界風に改めたケーキやら、ドリンクやらで買収するだけのお仕事。

今日も今日とてティータイム、この世界は和睦と食欲で満ちています。


「おいひいです、砂糖が怒りに染みますね……」

「それはようございました」


これら嘗てのレシピ考案者たちに黙って毎度の事ながら、自分の発案にするのは中々に気後れしてしまうけれど。大好きな家族や好ましい人が食して喜ぶ姿を見れば、そんな罪悪感とうに吹き飛んだアトランティア。

基本的に怠惰な性ではあるが、元スタ×店員の新作への拘りを舐めないで欲しい。


例えこうして特別なお客様が来た時とか、身内が死にかけている時とか、時折差し入れを周囲へと持っていけば、場面とメンツによって血の雨を見ることも多々あるものの。つまり、「いつの世も『慣れ』って怖いよな」という話である。


「あの、オリヴァーさん…ここ最近、ちゃんと休めてますか? もし私の授業がご負担になりましたら、無理に時間を調整せずともよいのですよ? 試験まで、その辺りはこちらでなんとかしますから……」


で、ね?

元社畜国産の人間だからなのかは知らんけれども、この世界の人々よりずっと『社畜』への見解も理解も深いつもり。

数刻前まで大の男(※イケメン)と一戦交えていた自分(※ヒキコモリ)より顔面土色、こんな今にも闇に身を捧げそうな人に優しくされても、人として恥ずかしいし。相手の顔が大変お宜しい分、普通に全世界に申し訳なくなってくるというもの。


なので、そう普段より一等優しい声が出た美少女に、男は乙女みたいに目を潤ませ。


「この世界で、俺に優しいのは今亡き母さんだけだと思っていたのに………」


と、噛み締めるように告げるのであった。


本人たちは大真面目、しかし傍から見ればただの茶番。

後はまぁ、身内内で仲良くしてないと、いずれそこに付け込まれるのがお貴族様社会っていうのもあるのは否めないけれど……。それでも、この10歳児。土着権力者へのゴマすりというより、外界と連絡を取るようになってから、特にここ最近、薄々気づいたことがある。


「休憩は後でしっかり取らせていただきますので、お気になさらないでください。公女様にお会いしてから、俺の中の最優先事項は貴女様なので。だからこそここ最近、本当に転職を考えている次第なんです」

「まぁ……。オリヴァーさんはカッコいいので、今のは、流石の私でも大分ときめいてしまいました」


どうも今生この身に流れるノヴァの血というのは、「身内判定」された人間にはこれでもかと構って可愛がって、間柄年齢問わず、甘くなってしまう性があるようだった。

甘い甘味好き同士だけに、なんつって。


「混ぜるな危険、ツッコみ不在の恐怖ね。この子ともかく、前々から思ってたけれど、二重三重の意味でなんて命知らずなの、オリヴァー……」


「アンタたち、もしかしかしなくても二人して頭の良いお馬鹿さん達なの」と呟くレイチェルちゃん。

この地で相まみえたが100年目、からというものの。今日も口ではこう言ってはいるが。この御仁とて実家の冷蔵庫を開ける勢いで我が家へ遊びに来るので、よくお昼ご飯を食べて、ティータイムに洒落込み、鍛錬しては、ここまで来れば師匠や未来の上司というより、もやは近所のお兄様かお姉様感覚になりつつある、私。


そんで相手も相手で姉()の様に慕ってくる#超絶かわいい(容姿な)弟子に満更でもなさそうな風情で構うので、必然的に輪に嵌るオリヴァー兄さんも加わり、そんな我々の急接近の勢いもひとしお。圧倒的和睦の世界、平和である……。



「商人でありながら、高位貴族や権力者を味方に付けるために必要なのは?」

「巧みな話術と買収の力」

「商人でありながら、同じ商人、民衆を味方に付けるために必要なのは?」

「さり気なく相手の思想を誘導し、怒りと不満の矛先を決めてやること」

「大変結構。それで?」


だからそうやって日々、こうしてイケメンと過ごすだけで、人生経験値がもらえる後ろ盾の強さと最高の環境に、いつでもどこでも顔が綻んで仕舞うアトランティア。今んとこの彼女は生粋なヒキコモリ世間知らずなため、この世界での自分はきっとモブ枠なのだろうと推定。

モブったら、モブ。今更となっては、やめられない。


そんで、元来この身であろう存在が、この世の中でどんな立ち位置ポジに在るべきなのかは知らんが、知らぬ存ぜぬ以上どうにもできないし、割とどうでもいいので。これからも私は私の健康、欲望のまま生きてゆこうと思います。

金持ちモブ枠サマサマ、最の高。例え一生ボッチであろうと、少なくとも現段階では非常に満足しているので無問題モウマンタイ、最高である。


私は、どう足搔いても結局『私』にしかなれない。

そう納得することで経験上、ストレスが減る。


「つまり世論を怒りや不満の捌け口を決めることで操作し、権力者を金で操作するのが最も簡単で効率のよい『儲け』という名の和睦への近道です。———目には目を、武力ぼうりょくには武力ぼうりょくを。資本主義・ハンムラビ法典・おカネサマバンザーイ!」


その乗りに乗ったノリのまま両腕をパッ!と上に上げ。それで幼気な顔をした少女は、いつも蓄音石に歌いかけるように、


「社会貢献活動を名誉的義務にしか解釈できない、脳漿炸裂・脳内お花畑・親の七光りどもに国家の未来、次世代への教育が務まるとでも? 私にクレーム飛ばす前、自分で稼いで社会貢献のひとつでもしてから、出直せ?」


と、バンザイのポーズのまま、天使みたいな声で続けた。

遠くで咳き込む声や、咽る声。何かしら連鎖的に割れる音もしたが、気にしない。

家族会議招集のお知らせが決まった瞬間である。


言ってることは若干の偏見がチラつくも、強ち間違いじゃない気もする。が、愛らしい容姿をした10歳児の口からは到底、聞きたくなかった世の摂理。

丁度口を含んでいた紅茶を吹きかけたレイチェルちゃんに対し、「最高」と手を叩いてキャラ崩れを起こした、爆笑するオリヴァー兄さん。


普段の品行方正はどこへやら、夢を夢で終わらせたい。

どの世の中でも、天使や優しい顔した男ほどやべぇのはよくある話であろう。

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