第31話 過ぎし日々よ、もう一度


『後は松明たいまつ片手に、ある日の境。

 真夜中の洞窟に探検家たちがやって来たが、彼らは「オトモダチ」ではないし。心根が曲がっている分、不作法であった』


だから、一人また一人と水溜まりに落ちて、誘われて、噛み砕かれて、引き摺り落とされて。まるで巨石を縛り付けられた罪人の様に、男らは音もなく海底へ沈んだ。

光も、祈りの歌も届かない。深い深い恨みつらみ木霊す、人魚たちの棲まう世界クニへ。

そして、その一方。掃溜めの町から這い上がって来た子供たちは刃を握りしめ、真っ暗闇の中、飢えた瞳をギラつかせている。


全ての望みが手に入ると信じ。

【旅行】だとオヤに伝え、全てを絆の力で奪い取って。




のらりくらり躱し行く、裏側の世界。

するりすり抜ける裏路地のスリルや、チクリ、ぐさり咲く、華々しい彼岸花にほくそ笑み。

「さて、どうしたい?」と嗤いかけ、ヒルひる構わず怯む秘事ついでと、薄笑にや薄笑にや態と逃がす、苦虫。


優秀な獣たちは、退屈な黄昏を上手に過ごし。あなたの子は、あなたの子であった試しがない。

それで赤い花弁が舞い散る時、木の上から落っこちてくるのは林檎なのか。はたまた、眠けまなこなフクロウの溜息なのか。





———果ての無き道、恩讐の彼方。【沈黙の掟】に、不夜城の街と花。

強者が勝者となって残り、敗者は弱者として淘汰され、世界はそれらの繰り返しで成り立っている。

が、そうやって作者次第の運と命に固定されるも、「だが、いつの日か」を度重ねる人間は、分からぬものだ。


「同じ動物のくせに。キミはいつも人間かの様な仕草で、未来のことを気にしているねぇ?」


先の小競り合いの流れ玉で壊れた懐中時計に嘆くウサギに、特徴的な模様と大きな身体をした猫が木の上に寝そべったまま、三日月を象る目と口でニンマリ笑う。

それにウサギは見上げることなく、「これもアレも全部、冒険であっちこっち行くあの子や子供たちのためだよ」と鼻を鳴らした。


この何気ない会話も、やがて一時代の黄金を築く書物に記されるだろう。



理想主義者って、いいよね。毎日大志を胸に、楽しそうで。

清く、正しく、「よき人間であれ」、か。

大層ご立派で、綺麗な言い草だけれど……。


王子「あなたこそ、私が1番愛する女性だ!」


寄ってらっしゃい、見てらっしゃい、世にも哀れで、奇妙な人魚姫の末路すがた

こんなに運命の喰い物にされた面白、可笑しな展開も無いね。


人魚姫?「泡や風の精霊になるなんてとでもない。ちょうど前々から、転職しようと思ってたんだ」


隠しておいたパンナコッタを食べつつ、思う。

なんてこった、と。


なんつって、



「仮婚約、ガチ婚約、結婚(仮)、暫定婚、契約婚。結婚かぁ」


そうやって今宵の晩餐会を終え、自室に戻ったアトランティアは先の話に思考を巡らせた。

主に極度の公式公認引き籠りのせいで、これまでどこか他人事の様に感じていた、違和感だらけの世界にて。嘗てないほど現実的な話題が出てきたことにより、謎の実感や得も言われぬ感銘が一息に湧いてきたのである。


まぁ、「何を今さら……」といえば、確かにそうなのだけれども。

それにしても「婚約、婚約、結婚。はて、結婚とは……(੭ ᐕ))?」ってひとりでに、なんだか哲学が始まる、そんな感じ。


「貴族男と平民娘の結婚かぁ……」


そう改めて声に出してみれば、より一層そわそわというか、モゾモゾというか。兎に角、胸ではなく胃の辺りが摩訶不思議な感じがする、今宵就寝前。

これぞ王道中の王道! そんな前世より聞きしに及ぶ噂の「シンデレラストーリー」って、いくら異世界でも本当に実在するんだなぁ、と。


今から逆算して、凡そ三年前の夏。こうして(今のところ)剣と魔法のF世界に流行りの異世界INしたと思ったら、まだ見ぬが、一応身内であろう親戚内で過ぎし日のフラグが乱立してる気配を察知。


「まんまテンプレですやん…」

「………………」

「お貴族様・王子様ポジのルネ(暫定)兄さんともかく、お相手が三女だけに。もしこれで向こうに継母問題関連の話背景あれば、まんま、マジモンのシンデレーラですやーん」


なので、これまでの話内容や展開を再整理、再度熟慮してみた内心を駄々洩れさせながら、思わずカッ、と眼を見開く10歳児。


しかし、その一方。その様な風呂上りテンション最中なアトランティアの髪を丁寧に乾かし、梳いていたメイドお姉さんは「いよいよお嬢様もそういった話にご興味が、これは荒れるぞ」と思う反面、そんな一人劇場を繰り広げる相手に「先ほどから、何事か」と訝しみ。

……が、それら同時に「我が家のお嬢様が時折可笑しいのは、今に始まったことでもないな」と思い直して、気にしないことにした様で。


だから、そうやってと。今日も今日とて優秀な使用人は、今宵もやるべきことをてきぱき終え、終始生暖かい眼差しと笑みにて何も見ず、何事もなかったかのように退室していった。


して、その様子を思考の傍ら鏡越しで見ていた、アトランティアは思うのだ。

嘘やん。

待って?

まさかのツッコみなし??

と。


「うっそ、やーん」


元関西の人に逆にツッコませるなんて、あの姉ちゃん、デキる!!

さすが異世界、略してさす☆イセ。

そのいつも通りのプロフェッショナル優秀な仕事ぶりを見ていたら、なんだか落ち着いて……。でも、多少落ち着いたところで、今宵のアトランティアは特別特段、遺憾の申し子であった。

まだ深夜に凸ってないのに、実しやか、変なテンションである。


「マ、従兄といえど私には関係ない話よね」


そして神の気紛れか、それとも妖精の悪戯なのかは知らぬ存ぜぬが、遥か遠く。今となっては二度と赴けぬ場所、面影のひとつでしかない日本という島国で生まれ育ち、死んだ記憶を思い出すも。

結局、どうせ。

深く考えた所で無意味だし、何より面倒で疲れるだけなので、とりあえず前世と呼んでいる記憶記録中の人を得てからというものの。中々に楽観的な側面を、彼女は着実に芽生えさせていた。


異世界はすごいし、異世界ワープ()は、偉大である。

で、その記憶が今のアトランティアを形成し、普段、あらゆる方面への原動力となっているので……つまりは、なんだ。


どこまでも、あくまでも他人事? って、感じ。

何かに連れても最後の最後でそう捉えて仕舞うのだから、仕方ないね。

まだ見ぬバカップルよ、健やかに爆発して、神話になれ。

諸君のこれからの健闘と活躍、無事を祈り。


「アーメン、」


クソおやすみなさい、である。

無論のこと、前半は相手に、後半は自分へとの言葉である。

前世ならばいざ知らず、少なくとも今生だけでも、一応上級貴族であるはずなのに婚約者どころか、未だ『友人』と呼べる友人が一人たりともいないボッチが見せた、せめてもの強がりだった。


例え異世界に来ようと、来まいがリア充滅すべし。

確かに乙ゲー攻略者顔の幼馴染こそいるが、今のアトランティアにとって、あのマンドラゴラ脅迫野郎は幼馴染枠という名の論外ルビだから……さ。


「べ、別に泣いてなんかいないんだからねっ!」


言わずもがな、返事はない。それだけ人間、ボッチを患い続けると独り言が酷くなるというもので。


ただ、それでも思うに。この世界は現代日本など、あの世界における先進国に比べ総じて寿命が短いからなのか。はたまた、血統が欧米寄りだからなのか、見た目や扱いが大人になるのが随分と早く。

一応あちらで言う東洋的な血が入っている自身ですら10歳でこの外見なのだから、その他周囲犇めく男児どもは然るべしであろう。


そんな15で成人、20前後で出産する人もざらにいるこの時代。

平民でも裕福な家の子供ならば、普通に幼い、強いては生まれる前から親同士が決めた許婚が居て、貴族ならば尚のこと……。

聞きしに及ぶ限り、世の子息令嬢どものほとんどが15前に優良物件をキープし、童貞……いや、【学園】卒業と同時に結婚するのが王侯貴族としては一般的。誰も彼も誉れある実家の血筋を後世に残すのに一心不乱、時にはモラル倫理観全無視、必死なのである。



だのに、私は、未だ同性の友人すらいない、一人も……??



アトランティアは思った。

前世の生き様等を合算してしまえば、べべべべ、別に、真面目に、大真面目に今更となって現実世界における恋愛や結婚に夢見る歳でも、創作以外で夢見れる乙女脳でもないが。それはそれ、コレはこれ問題で大渋滞。


逆に思えば前世が前世で多忙を極め、恋愛やらエジプト旅行やらどころではなかったもんだから。「今生こそは、」と思うのは至極当然だし。

そんな二度目の人生だからこそ、今度こそ墓場に持ち込む前に聖なる処と女を捨てたいとも思ってしまう、ちょっと大人ぶって、マセたくもなるお年頃()。


私は誰と結婚するのかな。


『は? 相手、ダレ? ソイツ殺して、俺が代わりに結婚する……』


そう思うのは簡単だけれど、現実はそう甘くない。

どころか、そもそも、できるのかしら? と思わざる負えない、この周辺環境。

したいような、したくないような、普通にデキないような…。


今宵一連の出来事を振り返り、普段の周囲を鑑みて、「ス―――ゥ」と息を吸っては吐き出し、保護者以上にセコムして来るクソヤバ★シスコン×2+αを持つ妹の心は「諦め」一色たになりて、何となく虚空を見詰めていたお嬢様の目は死んだ。


大それた熟慮をせずとも猿でも分かる、案の定な流れ。

前世時代からすれば、こんな、もはや詐欺みたいな外見と血統書あれど、然るべきイケメン(※重要※)に聖なる膜すら捨てれない運命だなんて、虚しくもちょっと悲惨スギィやしないか?

プライバシーもなければ、恋愛要素もない。


オラ、こんな異世界嫌だやい、カミサマよぉ。



「人生なんて疲れるだけ、知ってた」


窓から、カーテンの隙間から覗くふわふわとした蛍みたいな『ナニカ』を横目に映したのを最後に、お嬢様は拗ね、「明日からでも、グレてみようかしら」と心に決めた。


過ぎし日々よ、もう一度。

あの懐かしいメロディは、もはやどこにもなく。その物悲しい旋律だけが、朧げな脳裏に木霊す。

ひとりぼっちの夜を溶かしてくれた歌たちも、二度と届かない。一度瞼を閉じれば、後は深く深く、底なし沼のような世界クロへ沈むだけ。


どんなに頑張れど、どんなに輝かしい書面を残せど、結局のところで不良品で、決壊品で、後継ぎになれないヤクタタズな女の子。


こんなに酷い夢はないね。

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