幕裏挿話: からんころん、文明開化の音がする


『風見鶏の扉を叩けば、からんころん。

 喫茶店カフェに、ガス灯に、蓄音石レコードプレイヤーまで!

 今日も明日も記念日と、文明開化の音がする』


西部のモノなら何でもよい。

コーヒー飲まぬは開化不進奴じだいおくれ

牛乳、アイスクリン、ベッコウ飴。

鳴りやまぬ音楽、夜になろうと明るい街。


他方での王侯貴族より、ノヴァの犬である方が幸せだ。

『あの』魔塔ですら頭が上がらない、絶対的な我が君主。

この日もあの日も「嗚呼、西部ノヴァの民でよかった!」と、皆が子供の顔で笑い合い。何処に行っても、乾杯の音がする。


それが『あの日の産声』と共にこの地へ訪れた、『福音しゅくふく』だった。



【1622年、夏】

本来ならば、陰惨極まりない時期なるはずだった。

が。その様な人々の思いに反し、新な『天才スター』の誕生に西部のみならず、帝国全土が轟くこととなる。


【1623年】

未だかつて、これ程素晴らしい年があっただろうか。

人々は西部から伝わる見たことのない『異郷』の食事に舌を打ち、一新されたティー文化に花を咲かせどんちゃん騒ぎ、眠らない夜が続く。


【1624年】

実に女性の社会進出が急増し、新たな職が多く生まれた年であった。

誰も彼もが口揃えて繁栄をもたらす稀代の『天才』を賞賛し、男ですら『恋愛小説』を手に取り初め、『未知の世界』に胸を躍らせる。

天文学的金額が付けられた『絵画』に、カウントダウン間近のオペラハウスはいつも果てのない長蛇列が並び……天才の手掛けるうみだす『次に』皆が美しい『夢』を見た。


それこそ、名があってもなくても『芸術家』たちはこぞってノヴァの地に移住し出し。その各々の思惑ともあれ『大人』たちは互いに牽制し合い『金しか産まない子供』に夢中で、我先にと必死だ。

……ただ、まぁ、前者ともかく後者を「親鳥」が許すはずもなく。


元来よりノヴァの人間は排他的で、他者に『興味がない』のである。

それはこの地に生まれて以来の法則であり、血筋の特性。

自殺願望者、命知らずの害虫さえ湧かなければ傍観者無関心であり続ける、質に性。

身内には寛大だが、余所者に与える慈悲は持ちあらせておらず———それが『ノヴァの血』を引く人間というモノなのだ。



子供でも大人でも『満腹の猛獣』は何処に行ったって、満腹のまま。

余程『美味しそう』な餌でもない限り、彼らは喰いつかない。

……だから、本当に、相手が 先 に クチを出さなければ。特に『子供』は大人しいモノで、



「本当に、春は虫ばっかり湧いてくるので嫌ですね。『この世の中』でなくとも貴女の様な人間は沢山いるから、一々相手にしてもキリがないですし、相手するだけ時間の無駄」


———だけれど例え同じ世の中でも、相手が『子供の姿』をしているからと、『道理』を弁えない馬鹿は何処にでも湧くし。どの世界どの業界でも、居る。

幻花てんさい』のもたらす甘い蜜を啜ろうと彼方から接触してきたクセに、実に初めから嫌な感じのする、不愉快極まりない『にんげん』であった。


そんな自殺願望者に面と向かって喧嘩を売られ、そのままのさばらせるほど『私』は子供以前に、前世より人ができていない。

飛んで火にいる夏の虫でなくとも、誰だって。それこそドラゴンでも蠅にうろつかれれば、ウザいものである。

それが自分の縄張りいえなら尚更、


「でも、ねぇ…? もしかして社交界に出ず、これまで引き籠っては、世間も知らないだろう子供相手に難しい言葉で言ったら、理解できないとでも思いました? 私のお父様でも皇帝陛下でもあるまいに、随分と傲慢でいらっしゃる」

「そ、それは、誤解っ……、」

「誤解? それは私の耳が悪く、状況判断できぬほどの脳味噌がない『馬鹿』なのだと言いたいのですか?」

「うぐっ、……ッ!」


こうなると分かっていれば「からんころん」の時点で、追い返すべきだったのかもしれない。

嘗てないほどの不協和音を奏でる耳障りな女の呻き声と共に、今もパキンパキンと、氷が割れる様な音がする。

始めてであるはずなのに、私は『この感覚』を知っている。


「ねぇ、本当に『ただの子供』だからと思った上での発言だったの?」


前世から引き続き、これほど『歪な子供』はおるまいに。

聞いた事のない地鳴りのような、少女の声だった。

あの夏の夜如く茹る体に反し、脳は覚めて。未だにないほどに、冷め切っていた。

周囲から女ではない人間の声もするが、まるで耳に入らない。


次第に世界と隔離されていくこの感じは、……まるであの日、車に挽かれ『死んだ』あの時の様。


「ねぇ、ほんとうに?」


幼い子供の話し方であった。

普段の『彼女』らしくもない、『無防備』な話し方。

同時に窄まる瞳孔は猫というよりかは、大蛇の如しである。


「ゴッ…ごか、」

「なあに?」

「そ、その……ご、誤解……、」


女の声。

耳元であの日の耳鳴りと、ピシリと、みしりと、音がする。


「あぁ、誤解? 誤解ですか……」


果たして今の私は一体どんな顔をしているのだろう?

目の前。今にも私のせいで「死にかけている」女の存在より、その事の方が気になった。

ただそれでも一度切れた緒が戻らぬ様に。一度限界まで捻られて蛇口が、そう簡単に閉まるはずもない。


「私の事はどうでもいいんですよ? 『身内』でもなければ、微塵の興味すらない相手に何を言われようと、『今更』特に気にいたしません」

「ひっ」

「ですが、」


貴女は誤解だと宣うその口で、この私の母をハッキリ侮辱しましたね?

何の根拠もなく、

それこそ『嫉妬』という感情だけで、有りもしないゴシップを言いふらしてまで。

なのにノコノコ飛んで来ては、身の程も弁えず、場所も弁えず、『こども』まで手玉に取ろうとするなんて。


「いくら私が帝国中周知の引き籠りだからって、その程度の情報も知らずに貴女を屋敷に入れたとでも? こう見えてお父様やお母様のおかげ様で、私、貴女よりずっと有益で広い人脈を築いているのです」

「は、」

「これだからTPOも身の程も弁えれない思い上がり風情は、明日の我が身を滅ぼすことになる」

「ハッ、ご、ごか」


「誰かに引っ張られ」、いい加減「止めなければ」と頭では分かってはいるのに。……それでも、そうだとしても今更、自分だけで止めれそうにないし。もしかして相手が死んでも止まらないのではないかと、『本能』的に察した。

———だから、そんな時。


「可哀想に。子供時代だけでなくこんな歳になっても、そんな『普通ことすら』教えてくれる人が居ないだなんて」


自然の摂理で『光』が立つほど『影』が濃くなってしまうのは、仕方のないことだとして。

それでも、ほぼ無意識に零れたその台詞の対象となったのはこの女なのか、それとも何時かの『ダレ』だったのか。

……でも、まぁ、そのどちらにせよ『今の私』には関係のない話だ。



虫も雉も態々飛んで来てまで鳴かなければ撃たれまいに、本当に『愚かな女』の姿である。

このまま消してしまおうか?

絶対君主制の封建時代における『人間の命』なんて、結局そんなもんだし。

いや、だが、それでも、


「もう、本当に困った子ですこと。たかが虫相手に、こんなに散らかして……一体『どっちの家』の誰に似たのやら」


残り僅かな『自我』で捉えた女の声に反射的に安心して、改めて意識が遠のいて行く。

あの日の様に。こんなにも熱い朦朧の中で思わず脳裏に過ったのは、光のない真っ暗こおりのような部屋で、今も泣いている、女の子の頼りない「小さな背中」だった。


『今』が夢なのか、現実なのか、もう区別が付かないけれど。

それでも沸騰する頭を撫でる、『今生の母』の手がとても冷たいことを———私は『知っていた』。

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