第18話 出征の様な珍道中、膝栗毛


『「天才」とは孤独な生き物だ。

 でも最初にそう決めつけたのは、何処の誰?』


全てを手に入れるのは『全て』を捨てた人だけ、と皆は言うけれど。

そう分かっていながら、相手を踏みつけるたび罪悪感に呑まれた。

弛まぬ努力の合間に、『哀』を謳い。

光の届かぬ暗闇で何を『めざしている』のかも分からないまま、一つ二つ勝ち取る分だけ心が切り裂かれ。

闘い、抗い、駆け出すための気力あしはとうになく、ただ其処で微笑んでいるだけ。


『大人』になっても『綺麗な愛』を知らず。

自由に羽ばたく為の翼は初めから与えられておらず。

そもそも生れながら『アヒル』だと刷り込まれて来た子供にんげんが、大人になったからといって飛べる様になるはずもない。

どんなに頑張ってもアヒルは、やはりアヒルだ。


自身の親すら教えてくれなかったモノを、赤の他人が教えてくれる訳がない。

そんな現実という『真実』にとうとう蓋をして、既にボロボロだった心もついでにと閉ざした子供の様な大人。

新たな扉を探そうにも、もう疲労困憊で。

血反吐吐きながら振り返らず進んだ末路までもが……このあり様で。

何もかもが過去となった『今』の果て、これ以上、目指すべき当ていみもなく。一体どこへ向かえば『正解』だというのか。


いずれは後悔するかもしれないと、分かっていながら。

ならば初めから、一体どのドアノブを握り締めていれば『正しかった』のか?

大人となる過程でも誰も教えてはくれなかったし、子供の時ですら誰も教えてくれなかったのだから、分かるものか。

それが歪んだ幼少期を過ごした、人間の結末だった。


何時しかからなのか。

あんな家にいた頃でさえ美しかった桜の花も、夜空の月も、世の中の全てが灰色に見える。

身体も心も粉々になった世界。

愛も、哀も、Iも全てが離れ離れ、『あの日』はもう二度と帰らず。


……その代わり、形だけの伴奏者すら消えた独りぼっちの『天才わたし』のステージに誰もが酔いしれるけれど、

純然たる絵画の下に隠されたのは醜悪な『狂気』であり、天使と称された声に混じるのは亡者の『慟哭』で。

誘われるがまま蝶の様に踊り舞う脚の実態は、陸上がりの人魚姫より『覚束ない』モノだった。


そんな自分以上の『ロクデナシ』ばっかな、大人たちの世界。

守銭奴に、権力者。モラルのないメディアに、可愛い代役、二枚目まで……、

そうやって心身共に殊更、削られていく日々。

薬なくしては眠れぬ夜を繰り返し、繰り返す。


ただ、それでも『除け者』にされて来たあの頃より幾分「マシ」と思って……でも、やはり生まれながらの性分さだめからなのか。

そう良心悪意の狭間で揺れる度、正直に言えば、本当は一寸だけ、『あの日』に置き去りにして来た心が軋む音がした。


……それであの頃の私は又もや捨てたんだ、無責任にも自分を守るためだけに、全てを。




一夜にしてお姫様からの転落。突如消えた死んだ天才。

特別な意味を持たない、文字通り。世界関係なく、これもよくある世間話だ。





———「事実は小説より奇なり」と言い出したのが在りし日の英国詩人ならば、

同じ事実という名の『現実』を非情なモノと断言したのは、かの日産漫画における「中の人」である。

小説より可笑しな事実、情の無い現実。

それこそ『ああ、無情。』と現実ではない舞台ですら、そう歌われるくらいなのだから。それだけ如何に『現実』というのが無慈悲なのは言わずもがなであろう。


本当の現実を前にして貴族なのか平民なのかは、無論些事であるし。石油王であろうとスラム育ちであろうと、勿論関係ない。

誰が何と言おうと世の『現実』とは、そう言うモノなのだ。


だからその様なアレコレを踏まえた上で、あの日の現実世界にて。一見だけなら、無責任にも程がある「欧州の天地は複雑怪奇、マジぴえん」という一言を「これ以上テメェらに付き合ってられるか! 俺はここで下りさせてもらうぜ!!」心情で吐き捨てては。

現実逃避という名の現実回避をゲロった平沼オジサンの気持ちを、今この時分の異世界で、誰よりも分かる気がするぅ……。


と、アールノヴァ産お嬢様はリアル正直におゲロり申した。


だって人の欲望だけで在りし日の栄光は塵に、あんな様となってしまった嘗ての欧州よりずっとファック・ユーなファンタジー世界にて、人はゴミ以上にゴミであり。

そんな、(主に引き籠り患者にとっての)ここでの『現実』は前世と比べ殊更強大で、偉大で、余りにも非情で、そこに住まう人も、獣も、環境そのものが(陰キャ患者にとって)多少の前世アバンテージだけでは到底立ち向かえない、理解不能さと複雑怪奇さだ。


あの夏の日から今の今まで家に引き籠もっていた時でさえそうなのだから、一度こうして外に飛び出せば殊更「さもありなん、ハハッ」となるのは、世の陰に住まいしモブキャラとして普通であろう。

本日における朝時だけをカウントしたとして、既に二回もの異世界版千の風となった身に、更なる追撃が入る。

お前はもう死んでいるのに、又もや追い打ちをブッかけられた、この瞬間。


やはりこの世界に神なんていなかったし、居たとしても何の役にも立たない木偶。

あんな前世世界でも、人々はお金じゃなく信仰や心が豊かじゃないと幸せになれないと言うが、結局、そんなのは金も胸も乏しい人共の強がりなのだと、改め思い知り、心の底からゲロる。


それだけ現実はクソ、世の中の全てがデタラメ。

地獄の沙汰も金、神社でのカランコロンも金、世の中どうせ金でしょ?

愛も友情も金次第、生活水準も金次第。

……が、例えそんな拝金主義でなくとも、現実に生きて金以上に人の心に安らぎを与え、救うモノはないと。

そう再確認した、場の所で。


ワタシ、オジョウサマ!

マネーサマ、スキィ!!


「ううぅ…うッ、」

「お嬢様、大丈夫ですか?」


だからみんな同情するくらいなら、いっそのこと一思いにヤルか、心が回復・修復するだけの金をクレメンス……。

そして「役立たずの宗教を信仰するくらいならお金様を信仰するし、やはりこの身はガラスでできている」とも思いつつ、アトランティアお嬢様はオロロロロした。


それこそ馬車を下りるや否や例の首相顔となり、

本日選ばれた尊い犠牲木の根っこに向かって、

メレスという名のお姉さん騎士様に背を優しく擦られながら、

オエッ、と盛大に。


「ウッ」


(見た目だけは?)あの兎ちゃんに負けず劣らず、寧ろ好みによってはあの夜兎ちゃんより美少女だと自画自賛できる顔・容姿なのに……だから胃も胃ならば、体も体で、なんで!? こんなにも惰弱なんだ?

気持ちの悪さに比例して、思わずキレそうになる。

てか、内心は既にキレているから。

前世以上に今生、この世界で言う所での神様、ホント嫌い。

この身を産んだお母様は大好きだが、こんな体に設定した創造神様は真面目に嫌い。

マジで嫌い。

マジで。


今この時を持って、現に失われている体面より、大事な事だから三回繰り返す。

それだけモブお嬢様の神へ対する恨みは深く、例の美少女ゲロインは何も創作中だけに登場するモノではないのである。

これぞリアルFげんじつ世界 Oops! のマジウップス! 問題。

公開ゲロにして、後悔ゲロインここにて見参。

聞きしに及ぶ限り、この世界にはまだ満員電車なる魔境が存在しないからと油断したツケが、今正しく、物理強制的に払わされている件について。


いくら移動時間を短縮できコスパよくとも、某スタジオのバック・トゥ・ザ・未来よりリアル天国にGOしそうになる飛行感覚を味わう時点で【魔導ゲート】許すマジだし。

それを世に生み出しやがった神様も【魔塔】も一生ユルサナイと、アトランティアは心中でもゲロった。


シートベルト概念失くして、ないまま飛行機着陸時より強い浮遊感を感じる所で失敗だろうに、一体全体それで何故世に出せると思った? Why??

マジの真面目にそんな気分での、これだから海外の人はマジクレイジーだOh……、


「ウッ」


この腹いせに後で絶対魔塔にクレーム入れてやる。元スタ×クレーム対応員としての逆クレームスキルを舐めないで欲しい。

生れて初めての脱公爵邸、生まれて初めての旅路だというのに……心躍る以前、嘗てないほど最の悪気分。

……が、それでも、自業自得な部分も多々あるのだから。あくまで考えるだけ、胃の中身をぶちまけるのと同時に中の人までぶちまけられない、お嬢様もつらいよ。


ゲート付近で「ゲート? 何それ美味しいの??」と馬鹿みたいに聞いて、説明を受けても「乗ったことないけど大丈夫、多分!!」と世間知らずさ全開で答えた自分が本当馬鹿だし、実際馬鹿だった。

惨悲しい現実以上に、元大人の自我がある分ベラボーに恥ずかしい……。


心なしか正しく、そんな只今。外界でオロロしつつ、心中では某赤髪トリ〇タン卿のポロロンをBGMに全中の人が泣いている。

そして羞恥と喉の痛みで、選ばれし本日のゲロインと化した全私も泣いた。


俺たちの旅はこれからだ! 以前にまだ真面な旅すら始まっていないのに、この体たらく。

ここまで来てコレとは最早、先が思いやられる話うんぬん処の話ではない。

マジでくっコロ助な人生に今日もアーメン。

だ、けれど、


「メレス…みんな……この木の後処理は任せて、惰弱、惰弱、惰弱ゥな私の屍を越えて行ってください」


と、ゲロインがジョーク半分マジ半分で言ってみれば。


「そんなことした暁には私含めここにいる全員、一人漏れなく公爵様や公子様方に首討ちにされてしまいます」


物理的に首を、こう、スパッと。

こんな姿へ成り果てた自分を介護しながら、そんな仕草をするメレスに思わず一寸想像してしまって、アトランティアが更に顔をウッとさせたのは言うまでもない。

やはり時空・次元・世界観超えれど、口がゲロと災いの元になるのは何処もかしこも同じなようだ。


異世界ジョークの返しにしては冗談に聞こえないし、実の所で冗談ではないのだから、本当に物騒極まりない世の中である。

在りし日の現実、今日のF世界関係なく、現実的な封建制度は洒落じゃないし、シャララララにもならない。

それこそ、あの日に爆誕せし中の人視点で何処を見渡しても、ヨーロッパ好きには堪らないであろう洒落乙世界観だけに。


なんつって。


「お嬢様の具合がよくないので暫く休憩にしましょう。それでも直ぐに出発できるよう、準備だけはしておいて」

「そうですね。———と言う訳だから皆、各自適度に馬も休ませてやれ!」

「ううぅ、面目ない……」

「我々を基準に酔い止めを用意しなかったこちらの非ですし。ちょうど休息を入れようとしていたので、どうかお気になさらないでください、お嬢様」

「そうですよ~! こうしてところどころでサボ……いや、適度に休むのも旅移動の醍醐味ですから!!」


だがしかし、それでも気に病みだすのが日本人の性というモノであるからして。

木だけに、

そして、今からいくら現実に抗おうとゲロインという『事実』は覆らないので。

生れ~て~~初め~て~~の外出へのドキドキというより、周囲への申し訳なさと、圧倒的陰キャの鼓動が秘められし体内で木霊す、Now……


お父様の言う所でのまだ見ぬ虫共さえ湧かなければ、この春もお猫様のままあの部屋で趣味副業片手、例年通りぐうたらできたはずなのに。

厄介極まりない持病とゲロインと化した現実に更に追い詰められ、異世界に来てまで前世とは違うベクトルの過酷さから逃げられないと改め悟り開く、アトランティア。


こんな時まで優しくしないでと、彼女は思った。

他人からの優しさは、時として逆に傷に塩か毒を振りかける様なモノだし、陰キャを殺す。



帝国の隠された一番星。ノヴァの地が生んだ稀代の『天才』。

一度死んだ身で今更世間がどう騒ごうがどうでも良いが、身内は駄目だ。

『経験』という名の前世を思い出した以上、優しくされる分だけ疑心暗鬼になる。


……でもだからと言って子供の顔で相手に「どうしてアイしくしてくれるの?」と聞けないのは、ただの気紛れだとかと『事実』を知ってガッカリしたくなかったから。

そう思う度、結局『アトランティアカノジョ』となっても、私はどうにもできない自己中心的な人間なのだと感じた。

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