蒐集家
@Soumen50
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ヘンリー・ドーソン
第1話
ドアをノックして、中からの返事を待った。
が、いくら待っても入室を許可する声はない。
僕を家に招き入れてくれた執事は、彼女が部屋にいる事を教えてくれた。
いないはずはない。
さては………
僕はノブに手をかけた。
かちゃっと軽い音を立て、ドアは開いた。
部屋の中を覗く。
………やっぱり。
思った通りだ。
彼女は窓辺に置いてある椅子に腰かけて、本を読んでいた。
窓辺の椅子は、彼女のお気に入りの場所。
小さなテーブルには、一輪挿しの花瓶。
香りのよい赤いバラ。
書評を読む為の新聞や雑誌は、乱雑に重ねられている。
彼女の向かいの椅子に座る人間は、今の所いない。
多分、この先もいないはずだ。
この僕以外には。
外出着を着ている、という事は、午前中出掛けていたのだろうか?
それとも今から出掛けるのかも?
ぁ!
もしかして僕とデートするつもり?!
それで呼ばれたのか!
何だ、そうだったのか、と心が弾む。
僕は部屋の中に入ると、わざとパタン、と音を立ててドアを閉めた。
それでも彼女は頭を上げない。
よほど面白い本を読んでいるらしい。
今日こそは念願を果たしたい。
彼女の読んでいる本が、僕の望みのものでありますように。
僕は心の内で神に祈り、彼女の傍に向かった。
彼女は本を読む事が好きだ。
暇さえあれば、ぃや、時間を見つけては本を手に取る。
まぁ、それ自体は決して悪い事ではない。
厄介なのは、彼女が簡単にその本の世界に入り込んでしまう事だ。
読んでいる本が面白ければ面白い程、興味深ければその分だけ、夢中になってしまう。
彼女が言うには、食事や就寝の時間も分からぬほどに、その内容に囚われる、らしい。
らしい、と言うのは、そんな時間に僕がこの部屋にいた事がないから。
まぁ、女性の部屋に二人きりでいる事が既にマナー違反である、と言われればそれまでだけれど。
それにはちゃんと理由がある。
彼女は部屋に人がいる事を好まない。
おしゃべるをする気はないからコンパニオンは要らないし、メイドにうろうろされては気が散るのだそうだ。
彼女は本を読む環境を作る事に徹底している。
僕は別。
なにしろ僕は………ぁ~~、ぃや。
話が逸れた。
彼女がいかに本に囚われているか?という話をしたかったのに。
最初に時間を忘れて本を読む、と聞いた時、僕は素直に感心した。
凄い集中力だなぁ、と。
だが良く知るにつけ、それが間違いである事が分かった。
面白い本は、正に、彼女を虜にするのだ。
その意識を本の中に引き摺りこみ、本の内容と同じ事を彼女に体験させる。
だから。
彼女は本を読み終わった時、とても疲れている。
本の中で体験した冒険や、恋愛、事件や、謎解きが、彼女を疲弊させるのだ。
何て事ない日常の風景でさえも。
ただ、彼女自身はその疲れをとても心地よいものとして捕えている。
そもそも、疲れるほど虜になる本というのは、一概に、彼女好みの本。
好きな本の世界にどっぷりと浸れるなんて、なんて素敵なのだろう、と彼女自身は思っている。
だから彼女自身が虜になれる本を探していた。
出掛ける先はもっぱら図書館。
手当たりしだい、と言ってもいい位、片端から借りては、気に入ったものを探す。
気に入った本があれば、それを買い求める。
恋愛小説に歴史小説。
推理小説に教養小説。
私小説にホラー小説。
経済小説や古典なんかも読むし、SFやファンタジーも嫌いではないらしい。
変わった所では伝記やエッセイ、児童書に絵本なんかも。
やっぱり、手当たりしだい、だ。
そういう人だから、僕達が出会ったのも図書館。
僕が司書に、題名も著者も分からない本を探していると訴えているのを聞いた彼女が、声をかけてくれた事がきっかけだ。
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