ep.28 思うに、美容の根本は十分な睡眠と養蜂だ。


『素顔を晒して駆け出し、なぞるはあの日の夢跡。

 ———嗚呼、またもや夕が焼けて、眠りを告げるよるが来る』


逃げて。

逃げて。

"鬼"が狂うくるから。



「あら、お帰りなさい。随分と遅かったで———って、きゃああ!」


逃げて。

逃げて。

喰われて仕舞うから。


「………っ」

「な、なに。どうしっ、んんんんぅ!?」


宵が来れば、逃げて。

陽が昇るまで、逃げて。

早くお逃げなさい。


私の可愛い…。


「~~~~~!! ぷはぁっ! れ、レオくん、まっ!?」

「待たない」


いや、少しは待ってくれよ。


今日も今とで怒涛が過ぎる。時間が時刻だったし、ただの良妻心から「あなた、晩御飯食べました? 食べ損ねたのなら、何かお作りしましょうか?」と聞こうとしただけ。

確かに『問答無用』は、私たち北部の専売と言っても過言ではないけれど、オメェは何故なにゆえ、また……。


「"先日"の今日で、どうして懲りない。何でまた……」


こんな暴挙に出ているの、と聞けば———どうやら。


「浮気」

「うわき」


らしいです、ハイ。


余りにも自然と返されるものだから、つい反復して仕舞う。

然し、この圧倒的耳馴染み。この会話…ここ最近……どころか、絶対、三日くらい前の馬車中で一度して、その場で終わらせた話題だよな。


(だのに、)


オメェは何故なにゆえ、また帰宅するやそんな日付錯誤の話題を持ち出すのかしら……(੭ ᐕ))??

新婚だしねと、こちとら何も食べずに帰りを待っていたというのに。


「んん、あ、い、いったいどうなすったの? もしかして学校…学園で何か、って、」

「…………」

「あ、こら。だから、お話する前に服を脱がそうとしないの!」


苦情・申告・話があれば「帰ってから」と言った覚えはあるが、吾輩の求めていた対話はこんなベッド一直線の組体操、夫婦コミュニケーションではない。

もっと堅実的で、言うなればアメリカン映画を流しながらダッツ片手、その日の愚痴をこぼし合うような、健全でポップなモノをご所望だ。


滞在費を断られたからには。

然し、いくら食わせて貰う居候の身、入学早々休みに入った公式ニートなれど、人権まで捨てた記憶はございませんので。


「…………」


……ほんと、どうしたでござるか。


(いくら何でも、顔色が悪すぎる)


色んな意味で。

ただでさえ色白なヤツだのに、ことさら白く。でも赤いような、青いような……。

そんな今、唯一ハッキリと分かるのは、どうやら向こうは激怒の心頭、こちらと会話する気は毛頭ない様だ。


(だから、ほんと。キッスまでサービスして、送り出したのに……)


この数時間にわたる旦那の身に、一体何が(੭ ᐕ))??

例のダンジョン主(?)との和睦後、昨日一日爆睡のち、本日昼過ぎに起きては。当時の自分が可愛く思えるほど、余りもの問答無用感。眉毛をしょぼっとさせ、オフィーリアは困り果てた。


「…………」


私が大事に育てた可愛いレオきゅんが、ここ最近ホント可愛くない……。

それはもうぶら下げている、ぱおんの如しである。


が。


(やはり上から見ても、下から見上げても良い面)


正しく今ナウ状態で襲われているのに、まるで自分の質量を大誤算している大型犬、デッ可愛いく見えるのだから。


(前世に引き続き、今生の眼もとうとうご臨終寸前、末期に至ってしまった。顔が良いって、ほんとお得よな)


その偏差に免じ、何かにつれ甘やかして仕舞う。

だから、この星5野郎の暴挙もどんどん激しくなっている。


(そんな気がしてならない……)


今日も今とて。

押し倒された途端、降り注ぐ無言とキッスの嵐。舌を入れられないように、ミッフィーみたいなバッテン口を作り、オフィーリアは身に纏っているワンピースに手をかける野郎の手首を掴んだ。


だって、もしこの勢いのまま、おきにワンピを引き千切られた暁には、その腹いせに旦那の衣服を全て布切れにし、三日くらい衣服厳禁! 

この屋敷主でもあるヤツを客、しかも居候嫁の分際で"裸の飼い犬"状態にし兼ねない……。


「…………」

「…………」


ので、互いの人権。

後は、人道あるまじき事は(致し方ありません時以外)するべからず。


———ではあるが。


どうやら今日に限って、向こうも「本気」のよう。

先日襲われた時と違い無言であるのが、何よりもの証拠である。


(こうなった"この手の輩"はツラだけに、非常に面……)


いや、不味いのは前世なら知識上、今生に至っては経験上、身を以て知っている。

昔から、ある程度の『限度キャパ』を越えた途端、此度のお兄様も私も笑顔になるタイプだけれど……どうやら、この男は「無」になる系の怒髪天らしい。


だから少し意外だなと思いながら、オフィーリアは気まずい沈黙の中。


(本当はまずお帰りなさいして、"草むら"と"小屋"のお礼言って。思いのほかいい環境に気候、ついでに『養蜂』もしていい?)


……と。

大家にその為の素材等を買い付けに行くか。それとも謹慎の身だから、店ごと家に呼ぶか、お尋ねしようと待っていたのだけれど。

とても切り出せる雰囲気ではないし、体勢でもない、肩透かしを食らう。


(なんせ行動の割に、静か過ぎるのが普通に怖い)


この前はあんなに饒舌だったくせに。ほんと、どうしたもんか……。


「…………」

「…………」


先ほど再燃ホットされた「浮気したな」冤罪以降、キッスは一先ず止んだ。

が。その代わり、今もじっとり降り注ぐ無言の圧に耐えつつ、本日よりめでたく期間限定ニートも兼任し始めた親公認居候違法滞在者は、とりま目を瞑り、思考を巡らした。

……考えて、考えて、普通に考えてこんな身の上、予期せぬ"本日の来訪者"は二人しかいないから、そのどちらかと。


「…………」

「わ」


の、ことだろうけれども。

旦那こやつの浮気ジャッジの厳しさはメンヘラの域、常識の範疇を優に超えているからな( ˘ω˘ )

だから逆に、思いつく選択肢が増えに増え———くるりん、ガシッ!


(ぶっ)


と、ほんとどうしたの、オメェ……。


キス待ち顔で、今日も心当たりなぞございませんの「?」ばかり、頭に浮かべる嫁に痺れを切らしたのか……はたまた、学園でナニか"本気で嫌になる事"でもあったのか。

手つきこそ何時もの如く丁寧なままでも、終始の無言が複雑すぎる男の子の心情を代弁する。


こうして覆い被さるまで、部屋に闖入しんにゅうする、読書中のわがはいを攫いあげる、そのままベッドにポイする、の凡そ三カメ間の出来事であった。


そして、今この瞬間も———


(もはや私の顔すら見たくないのか……)


別に前世がブスだったわけではないけど。それでも今生のアタイときたら、自画自賛抜きで、オメェに負けず劣らずのツラしているのに。

悲しいことだ。


「レオくん?」

「…………」

「あの、レオさん?」

「…………」

「あのね、レオさん。クリシスの若君や」

「…………」

「じ、時期尚早……」


嫁に屋敷一角の『開拓』権を与えるくらい、思われているアイサレテいると思っていたのに、この裏切者。

ここ最近の流行である、限定対象わ た し ♡にだけ優しく、甘い。溺愛系ヤンデレが溺愛の部分を落したら、ただの病んでる怖い人犯罪集大成でしかないんだぞ!


(……まるでプロの所業、いくらSubスパダリの嗜みとは言え、これは遊び慣れしとる)


と思われ……まさかのここで、問答無用。

ステーキを転がす要領でぐるりん、されたと思いきや。受け身取り損ねて、枕で顔を強打した。


(だけでなく)


間髪入れずに腰を掴まれ、いわゆるヨガ"猫の伸びポーズ"形態にされた。

確かにこれは炭酸水片手、お風呂上りにすると大変気持ちの良いヤツだが…。

背後に人、それも雄に陣取られると。


(この歳にもなって……!!)


羞恥もそう。だが、より圧倒的恐怖の軍配ボルテージが上がる。


悪いスライムでも、それどころか今回も無根の流れである。(たぶん)何も悪いことをしていない筈なのに、ボキは思い知ったワカラセられた


今生の我が家に対し、旦那の家門も家門、シンボルマークがマーク、『狼』を始めとする動物たちはこのような形で交尾をするものの……正常位ですら致したことのない者同士、夫婦間であろうと寝バックは時期尚早。

学校でナニがあったかは露知らぬが、余りの急展開に読者が困るし私も困っている、「初っ端から飛ばしまき過ぎだ」と、オフィーリアは思った。


———だから今日も、今宵も。



「は、話せば分かる……」

「…………」

「何か。何でもいいから話してくれないと、オープニングすら流れない」


千里眼持ちでもあるまいし、流石の人生二度目拙僧でも、"分からないもの"は分からないのよ。

乙ゲーだろうと、ホラゲーだろうと、この手の場面は日常⇒無音となるのが正直、一番怖いというのに……。


「…………」


ところで、私は一体何時までこんな、人前ではあるまじき。猫チャンのごめんねワカラセポーズを保っていないといけないのだろう。


最初のホットワード以降、まるで「自分の胸に手を当て、良心に聞いてみろ」と言わんばかりの無言を首尾一貫と貫かれ。せめてヒントでも、と振り向こうとすれば。


———カチャカチャ?


とうとう訪れる、最も恐れていた事態。

ズズズ…とファスナーが降ろされる様な音が沈黙を破り、背後から……金属特有の音がする。

だから、目を見開き。オフィーリアの咽喉がカヒュッ、と鳴ったのは言わずもがな。


ナニより、こんな状態で前のお触れなく。嫁のつむじを、噛む。


「ッ!?」


追剥魔、旦那に尻まで撫でられた件について。

もしこれが現代なら、確実に訴えてつる、高額慰謝料を請求していいセクシャルハラスメントレベルなのでは……(੭ ᐕ))??

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