【舞台裏の文化】 好みの問題と「井の中でよかったね」


貴方は月。

貴女は闇で。


「———『私を見てLook at me』、初めて逢った時を憶えてる?」


あの子は、星夜。

踏み込めば踏み込むほど迷い、覗けば覗くほど底知れない藍であり、透き通る黒でもある。


人呼んで『通り魔』。


入り込めば入り込むほど、雁字搦め。足搔けば足搔くほど、抜け出せなくなって仕舞う稀代の「ひとでなし」だ。


「———言っておくわ、私は行かない」


生まれ落ちた日より、その存在が世界を冒涜し。

瞬きの一つ一つまでもが、この世の美と善を冒涜する。


『初めに挑んで、いえ、誘ってきたのは"そちら"。そんなに難しい問題でもないでしょうに、随分とお悩みになる』


何度でも言いますが貴女方の御随意に———私はなんでもいですよ?


……大した目的もないのに従来の常識をひるがえし、冒涜する者。


『だから、ね? さぁ、私たち 田 舎 者 よりずっと、だけでなく"何所よりも優れた"文化を持つ都のお嬢さん、致します?』


軽い溜息で絶望におとしめ、子供たちの夢を冒涜する者。


『こんなのでも、ね。これでもアストライヤの紋章を背負う娘であるのに、』


未熟で、お恥ずかしい限りです……と、思ってもないクセに。

誰かの天国に寄り添い、どこぞの地獄を見てきたこんじきまなこ


「あなたが一番、だから行きたくない」


彼女が微笑みかけると、男は狂い、女すら眼を潤ませる。

星夜の妖精が一度でも口遊むと、全ての夜と安堵こもりうたが冒涜された。


「もう朝になっても起きないわ、誰もいないなら。ありえない、あなた無しなんて……」

「…っ、」

「だから居るの、


……かの公爵とその輪が"成人これまで隠しておいた"のも納得である。


(なんて、危険な子だ)


男だけでなく、同性ですら眼が眩みそうになる、言わば諸刃の剣。父と母の良いとこだけを取って二で割ったような典雅な美貌や、"月夜の祝福"としか思えない髪、瞳とあっては、下手な護衛キシすら付けられないだろう。


今回の縁が決まるや否や送られて来た、山の様な【魔導契約】の束を思い出しながら。同郷のよしみから聞けば実際、血迷った馬鹿が出た過去があり。


『まぁこの顔、容姿の幼女だしね……』


と、当の本人はぽやっとしていたらしいが、周りはそうではない。


『あなた…わたくしのむす……いえ、"未来の義娘"が……』


首都の社交界は面倒で、汚ねぇからと、息子二人と領地に住まいを構えている、当時の家内ヨメが緊急時の蝋が押された、何とも言えない猫の顔印。

追々聞けばどこぞの誰かから貰った(らしい)ハチワr……の赤い手紙を寄こしたかと思えば、文面から激怒の念が如実に伝わる、実に震えた筆跡たった。とだけ言っておく……。


(貴族社会で"そういった事"が起きるのは、別に珍しいことではない)


だから、その時は大して気にも留めず。余所の子どもの事だのに、「大袈裟だなぁ……」と流したのだが……。

———然し。


「もう離れない、」


"今"なら、その気持ちがよーく分かる。


……いくらやわっこい体、娘とは言え『アストライヤ』。

それでも周囲が一丸となって全力を尽くし、"慣れぬこと"までして、守りを固めるわけだ。


「———どれ程の月日を巡っても、あなたが一番」


だから。


「愛しているから、私は今から、伝える」


は、危険だ。


かの公爵とそのご子息とは異なる方向性ベクトルで、「世に出してはイケナイ」タイプの人間いきものである。

……(主にウチのお子様たちのせいで)異様なまでに混沌とした空間。初めこそ、少し離れた所から「この流れもいい加減いて……なので、わたくし、さくっと歌って帰宅しようと思います」と聞こえてきた時は、例のご令嬢たちと同じように「…えっ」となったものの……。


『音楽』どころか、他の『芸術』分野すらよく分からない。高位貴族の嗜み、最低限の教養として学ぶも、この手の畑に詳しくない男の耳であろうと。


(実に見事だ……)


と分かる。

数分前、悠然とした仕草で、舞台に上がると、受ける印象も、纏う雰囲気も変わった。

……かと思えば。


『「家内」を待たせてるの、時間も時間帯ですし、すぐに終わらせましょう。それで?』


———手初めに遊んでくださるのは、一体どなた?


小首を傾げ。然し、待てど、返事が返ってこないから。あら、そう……とだけ。

そしてなんて張り合いのない、退屈を隠そうともしない声で、夢と現実味リアリティーについて好きなだけもの申し始めるその姿は、本当に『アストライヤ』だった……。


『そして……何より私は無謀な試みを認めても、「無知」を最も好ま。真綿で敷き詰められた箱庭で生まれ育ち、綺麗で輝かしいモノばかりを見て、天国の残酷さも、地獄のあでやかさも知らず、相手との境界すら測れない』


その様な『世界』を知りもしない、それどころか見ようともしない『井の中ヤツ』が、本当を。


『———「本当の芸術」を語るほど、腹立たしい。不愉快なこともない』


相手を尊重してないだけでなく、寧ろ「知らない」のを理由に、『芸術』を歌うその口で卑下し、踏みつけようとしているからな。


白と黒の盤上に指を添え、歌うように告げる少女自体が「芸術の化身」のようで。その女神さながらの姿に、誰もが惚けた眼差ししか送れずにいる。この世の何よりも美しく見えた。


……けれども。


は、私の"噂"も、領内に引き籠る公爵令嬢について他がナニを言おうと悪意を広めようと、心底どうでもいい……完全抹殺でもしない限り、人の口は塞がらないから、どうぞご自由に、としか言えないが……』


それでも、と。


『ああ、何だったか…確か「国内の神髄を集め、どこよりも優れた中央の文化」を文頭に「井の中の」何たらときて……』


北にはない『本当の芸術』と言うのを、存分お楽しみくださいませ!


『でしたか、貴女方"中央"の言い分は』

『ッ!?』


人によっては、その美しさより、やはり"威圧感"と恐怖が勝る。

吐き捨てるようにして、壇上から今回の首謀者と思しき令嬢を一瞥したかと思えば。すぐさま興味を失ったかのように、"聞いたこともない旋律"を奏で出す様が、何度目を擦っても『アストライヤ』だった。


西この大陸でよく扱われる楽器の中でも、特にポピュラーであるピアノの音だというのに、目の前の少女が弾くと、異郷の園に手を引かれる様な夢心地となる。

……それだけでも、"途方もない"ことであろうに……。


「———あなたと別れて、自由になんてなりたくない」


彼方あなたの傍にいさせて。と紡ぐ言の葉、この少女の歌声は身震いするどころか、「人間のモノ」とは思えない代物だった。


切なく歌い上げれば、心が震え、鳥肌が立つ。

朝起きて居なくなった、「そこにいない存在」に向かって愛を、情と熱をさけぶ女の姿が、ありありと脳裏に浮かび。

……これほど思われていながら、なぜ離れゆく? 会ったことのないどころか、ただの空想でしかない男に怒りすら湧いてくる。


「お願いよ」


と懇願されれば、ごうっと喉奥からナニカが込み上げた。


「あなた」


と呼ばれると、今すぐ抱きしめたくも、抱きしめれない対手に対し、胸が引き絞られる思いとなる。

……そして。


「愛したい」


のだと……。

到底15になったばかりの少女の口から出たとは思えない、『重さ』。

まだ15ほどの年月しか過ぎたことのない少女が、大人顔負けの鮮やかな歌声で「愛して」を繰り返す。

然しそれは決して、性的な感じは一切なく。


ただ純然たる———アイを。


「……『私』を、愛して」


最高潮クライマックスまで練り上げられた声は、どこか泣いている様にも聞こえるが、それ以上の「I」の情が伝わってきた。

それこそ、例えこの身にはもう既に生涯を決め、愛する妻がいるというのに、思わずもし……と考えて仕舞うほど。


(……その様な練度、役の入り方だ)


今の自分の顔を妻が見たら、何と言うだろう。


「キャァ—ッ!」

「公女チャン—ッ!!」

「レッアメタ! レッアメタ!!」

「一寸。この選曲で、その合いの手は、流石にどうなのよ……」


盛り上がっているのは、彼女のオトモダチだけで。それ以外は赤い顔で呆然と口と目を見開いてるか、涙を流しているヤツすらも……。

大の大人であろうと潤んだ眼で、思わず口を覆う。

……「黒い噂」の合間合間で耳にした。確かに、どんなに金を詰んででも、『彼女』の歌声をもい一度と切望する人間の気持ちが、ようやく分かった。


(アア、息子よ。いくら志高く、面食いとは言え、お前はなんて子を……)


たかが"相手方が携えた余興"だというのに、我先にと『現実』に帰って来たのは案の定、比較的経験豊富な大人たちで。

その中でも特に学園長あたり、後は如何にも"芸術家"然とした数名、音楽教師と思しき若い先生が「ブラボー!!」と歓声をあげ残像と化す。

瞬く間に今や「義娘」となった少女の傍まで駆け寄り、いくら学園の内とは言え"ホンモノのお姫様"の手を取って、甲に口づけを落す。その半狂乱ぶりといったら……。


(アア、息子よ。いくら親から見ても中々アレなヤツであろうと、お前はなぜこんな時に居ないんだ……)


それも、色んな意味で……。


未だ微動だにできずにいる、子供たちより大人の方が、子供みたく興奮を露にし、その素晴らしさを熱烈に絶賛していた。


(本日初対面であろうと、もうそんな些末なこと関係ない)


と、思えてくる。

『芸術』に疎い我が身ですら色眼鏡・身内贔屓抜きで、今の資産を投げ打つべきなのでは、と思ったほど。実に良い演奏であり、"演出"だった。


首都に座を置く下手なプロよりずっと上手い。


(いや)


それどころか、正しく別世界の天賦いきものとしか思えない、異次元の歌声レベルである。

———だのに。


(自分の口から出た、今の歌がこの場に居合わせた野郎ども、全員にどんな影響を与えたか、"まるで分かりません"。そんな顔をしているな……)


月光と淡い舞台灯に横顔を照らされ、透明感ある、神秘的な黒髪がふんわり風になびき。興奮絶頂と話かける教師陣とその間に割り込むオトモダチを一纏めに、ちょっと困った柳眉で対応している。

時折り、睫毛が影を落とす星の雲隠れ、伏せがちな目に、誰もが殊更顔を赤くした。

それは、まるで……雪国に返り咲く牡丹の香りが、ここまで漂ってくるかのような艶姿だ。


『もし、俺の娘に……』


その時は、 分 か っ て い る な (੭ ᐕ))??


(これは荒れるぞ……)


これでも自身が未だ幼子だった頃、昔と比べ大分マシになったが、娯楽と呼べる『極楽』が少ない時代。このご時世における『芸術』の力を、少し困った顔をするばかりで、何にも分かっていないような風情をしている、あの子供が少し心配になった。

を仕留めた息子、そしてこれからの人生、あんな美少女に「義父」と呼ばれる己の幸運を噛み締める間もなく、まずそう思う。


「で、殿下!」

「…………………」

「あの、わ、わたくし、わたくしたちはただ……」


血の気が引いた……どころか血の気が失せすぎて化粧以上の美白となっている、愕然顔のお嬢さんたちにひっつかれた『王子様』の顔を横目で見て、美丈夫は手に持つグラスに視線を下げた。

そして……軽く揺すれば たぷん と揺れ動く赤が美しくも、実に不気味で……レオパパは一瞬脳裏を走った"未来の可能性"を誤魔化すように、一気にあおぐも…。


流石の北部産でも怖いモノは、怖い。


某公爵邸と息子の周りで「血で血を洗う、こんな季節に血の雨が降らないといいな」と思いながら……男は目の前で繰り広げられている無法地帯、乱闘1秒前の場に意を決して割り込んだ。

いくら地元では日常茶飯事な光景であろうと、従来のお貴族様にはちょっと刺激が強い、こんなオメデタな日に"マジの死人"は不味いのである。

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