ep.12 回避の加護、砂上の楼閣から見下ろす『蠍座』


『宝石以上に目を眩まし、黄金は人を狂わせる。

 定めへの愚かな抵抗、恋焦がれた夢は、何時まで経っても夢のまま』


花冷えの朝焼けは不死鳥と共に、深海からの鎮魂歌は人魚セイレーンと共に。

今日も見渡す限り、こころも「美しい」のは表象おもてだけ。

……交差する熱視線に混じって鋭くえぐる、花盛りのそこはまるで貴婦人ブーケを見繕う花屋オークションのようだった。



「また迷子? 我らが華、麗しき星夜の女神アストライヤよ、これで何回目だ? いい加減にしなさい」

「……迷子じゃないです」


私のせいじゃない、もん……('ω')


1の位でありながら、最上の番。

黄金の羨望を纏い、そのつど群がる獣の中から「最上級のモノ」を選び、眠らない熱帯夜を過ごす。

パーティーにシャンパン、春に新たな出会いコイは付き物で。


『はっ、いくら公爵家とは言え、結局他の公爵家門と違い、建国当時と統合されたモノ達だ。領から出てこれないような醜女しこめ、野蛮極まりない北部の娘が王子たちに見初められる訳がない』


だからお前が一番美しく、未来の国母に一番相応しいのだ……と。


記憶ある限り、それがお父様やお母様の言い分で、周りもいつもそう言っていた。

然る時まで「乙女」さえ失わなければ、後はナニをしても許される。私は産まれながらのお姫様で、王の妃になる命なのだと。


だから今日と呼ぶ今、そして今宵ともなる頃会いには何時もの如く「天下の歌姫」と持てはやされ、私こそこの夜、この王国で一番美しい花。それの再確認。

本来なら、そんな素晴らしい門出ものがたりになるはずだった。


『まぁ、なんてお美しいんでしょう! 流石は王国一の淑女たるソフィアン様、とても…とっても! 素敵です!!』

『ええ、本当に…。何時もの事ながらであろうと、この度は殊更、お綺麗で。まるで天使が舞い降りたみたいですわ』


……本来ならば、そうである。

そうなる、べきである。

「1位はこのわたくし!」と何時ものように。

「私が欲しいモノは、いつだってわたくしのもの!」と


だって私は誰よりも美しく———この国の、未来の王妃なのだから。


『有難う、みんな。……でも、大げさよ』


学園なんて来たくなかったけれど、今年は「本物の王子様」がいることだし……あのオーク女も入学するらしい。

運よく公爵家に産まれただけで、世間の注目を一身に集める忌々しい、あのが。


お父様もお母様はいつも言っていた、私とは違い、あの紛い物の栄光は、公爵家が創り出した虚像なのだと。

だってそうでもしなければ、醜い野蛮人に「お姫様」の名は分不相応、余りにも厚かましい。

未婚の令嬢の中で偶然一番王家に近しい家門に産まれた。だというのに……でも結局はただの「引き籠り」である。


『、あ、着地場所ミスった…』

『えっ』

『…………!!!』


目の上のたん瘤。

相手にする価値も、この私と同じ土俵に立つ資格すらない。

オフィーリア・アストライヤ公爵令嬢、あの女は、私たちからして"その程度"の存在だ。


『カモ……?? やはり"こう"なりましたか、なら初めから「貴方あなた」に任せるべきだったみたい、ごめんなさい』

『あな…え""っ"!? ……………え?』


皆がそう言う。

昔からあの女がナニかやらかす噂が流れるたび、お父様もお母様も何時もそう言っていた。


『ッ、リア……!』

『殿下?』


誰も彼も私に恋焦がれ、みなが私を真似する。周りの男共は漏れなく、私に夢中だった。

取るに足らない人間以外、周りの子達は全員私の味方で、使い勝手のいい『取り巻きオトモダチ』。

私は美しいだけでなく、中央貴族の鑑と讃えられるほど素晴らしい。それでいて心優しい娘でもあるのだから、みんな私を好きになるのは至極当然のこと。


王国一の花と謳われるこの容姿、由緒正しい血筋、「私の世界」はそんな選ばれしモノだけで埋められる、宝石箱であるべきなのだ。

だから、わたくしはこれまで……。


「ねぇ、嘘。黒髪……じゃあ、もしかしてあの方がこれまで門外不出でありながら、昔から国中、誰よりも多い…と言う『例の公女様』?」

『はぁ~ん♡ いつ見ても、素敵。あんまりもの美しさに目が眩みそうですぅ!』


「……え、どうして、上から? と言うか、今の魔法陣ヤバ……」

「未だ試運転中なので、お求めでしたら、魔塔の方から広告出るまで待っててね」


令嬢、淑女の身でありながら冒険者であり、野蛮。

あれほど輝かしい星の一門に産まれながらも、昔から「オークみたい」な見た目をしている、可哀想なお嬢様。

その醜さは見る人がことごとく気を失う『通り魔』と呼ばれるほど、王妃様の茶会や首都社交界に顔を出せる訳もない。精々周りの引き立て役、血筋すら怪しい…女としての価値は一切ない『オフィーリア』……。


『これで本日の女王、周りの視線だけでなく、きっと第三王子殿下も!』


それはもう、す、べ、て。

私の欲しいものは、全て!

……信じがたい悪夢でも見ているような吐き気に襲われ、ソフィアンと呼ばれていた伯爵令嬢は口を覆った。


(———ちょっと、どういうことよッ! あの女…うわさに聞いていたのと、全然違うじゃない……!!)


それに周りだけでなく、王子殿下の反応も……。


『———「全て」! ソフィアン様の独り占めですわねっ!!』


さっきから、一体何が起きているのだろう??

まるでそこだけ異次元かのように光り輝くナニカに、ソフィアンの目の前は真っ暗になり次の瞬間、真っ赤になる。

周りの黄色い声が勘を更に逆撫で、先ほどまで心地よかったオトモダチ達の声すら、ひどく耳障りだった。

どこから入り込んだ"冷気"に心臓を掴まれ、嫌な意味でバクバク鳴りだす始末。


(こんなの……ッ、)



思わずそう叫びそうになる、一瞬で頭に血がカッと登って、ソフィアンの視界で「夢と現実」が入り乱れた。

そして次はシーン……と耳元が静まり返る。

……そんな中、まるで自分だけが取り残される様な思いだった。


「そう言えばレオくん、副会長なのに、お仕事は?」

「上級生はまだ春の長期休み中だから、ないよ。そして、今なくなった」

「……………………」


こっちを見ている訳でもないのに、今この時もこちらをフと見て、嘲笑っている様。

視界先で微笑むソレが……こんなにも。

今まで信じていたモノがガラガラ崩れ落ち、自分の中で「ナニカ」が木っ端と砕かれる音がする。


(こんなのありえない)


というか、あってはならない。

まさか今更が出てくるなんて、野蛮人共の陰謀か、嘘に決まってる。


(でなければ……)


顔を青くし一瞬よろめきかけたソフィアンを、周りのお友達は……心配というよりかは、不安げな目をちらほら向けていた。

然し、もうそれどころではない彼女が気づくはずもない。


だって、


(……ダメよ。王子殿下の寵を受けるのも、未来の王妃の座も私のモノ、誰にも渡さない)


お父様もお母様はいつも私が一番なのだと。

何れ私が王子様と結婚して……他でもない私が「本物のお姫様」になるべき存在なんだって。

だから私は……。


「ねぇ、なんで、それより気になる。一体ナニがどうなったら上から? 女神降臨でもしたかったの……? だとしたら、大成功だよ……っ!!」

「ドウドウ、お水でも飲む?」


おいしいよ。

一本200円……('ω')


今までいえの威を借りる狐でしかない、引き籠りだったクセに。

"昔から"アレ・・がいるせいで……ッ!!


自分たち新入生であろうと、その他の上級生や職員たちであろうと、目の色がカラフルに変わる。

それを見たソフィアンは、ギリィと歯ぎしりをした。

本来私が受けるべき眼差し、その座は私の場所モノだったはずなのに……!!

体の芯から沸々湧き上がる、夢見る少女の情は、やかんの蓋を押し上げる熱湯の如しである。


内心ともあれ、私たちでさえ「そうなる」場面なのだから。

それが、北部の連中ともくれば……。


「———然も男連れ!!」

「確かにそうだけど、言い方がね」


誤解しか招かない言葉選び、ヤメテもろて。

これだからナニも悪いことしてない(ハズ)なのに、大陸中轟く、私の悪名は留まることを知らない……('ω')


ところで。

それよりも……公女様に申し上げたいことが、俺らにあるのだけれども……。


「前々から、薄々気づいてはいたけど……"未来予知"できるならもっと早く教えてくれてもいいじゃん、我慢するの大変だったんだから!」

「確かに生きてるだけで冤罪かけられるような、フラグの化身ではあれど、あなた方の公女様はまだそこまで人間やめてません。というか、ナニを……??」

「人の命を一体何だと、これだから通り魔はキライなんだ……」


「だから、言い方……」


あと、この眷属の方も好きじゃない(てか怖い)。

コイツの事だから、正直いつかはヤりかねないと思っていたけど。それでも同じ雄として、全くもって許しがたい。

抜け駆け早期結婚を……。


なので。


「婚約破棄、離婚裁判する際の署名は任せろよ。死なば諸とも、みんなで攻撃すれば怖くない、この前話してくれた傘連判状みたいに一筆したためるからさぁ……」

「…………………」

「レオくん…待って、レオくん……!」


いくら同世代、図体がデカくともちまい、子供の言う話よ……('ω')!!

一々気にしていたらこちらが先に心労で倒れるのに……。


「俺の剣が今すぐこいつ等を仕留めないと、必ず後悔すると」

「これは心労、なんで入学式に刃物持ち込んでるの。こんな門出日に明日の朝日を奪うのやめてあげて……」


それでも、ヤルなら誠意もって、バックヤードでやりなさいよ。

私はここで待ってるから……('ω')


兎に角騒がしいし、何かオカシイ。

そんでそんな今にも乱闘を始めそうな野郎ども+αの、特にそのαな人を「これだからうちの子は。しょうがないナリなぁ」と肩を下げてる。傍から見れば正しくそんな、ご令嬢たちの神経まで疑いたくなる光景だった。


……こう言う時だけ口先を揃える、死合として負けても、ぱおんのデカさ、雄として負けたくない。

生粋の北部産である野郎共は兎も角も関係ない様子、終始デレッと締まりのない顔を晒しながらも、独身貴族特有の妬みを露にしていた。

例え"そんな眼"で見てる雌でなくとも、可愛いから、本能から腹が立ってしまうのである……。


中央が中央なら、北も北。

なので壇上、そんなお子様たちのちまい頭を見下ろす、大人たちは……。


「………えー、それでは時間ですので…これより式を」


もはや誰も見ていないし、絶対聞いていない現場。


「………では、学園長。後は、お願いいたします」

「あ。今丸投げして、逃げましたね」


はぁ、これだからこの職場は……そう思いながらも。学園長と呼ばれた、壮年の男は。


「まぁ、この恨みについては追々。本日のスケジュールがスケジュール、時間も時ですので、まずご挨拶を」


いくら遅刻未遂とは言え、もはや普通に遅刻されるよりヤバい登場をブチかまされた気分。

このままではらち開かないので、例え誰も聞いてなくとも始めるが……「#イジメ」としか思えない空気である。

こうして、今年の入学式は粛々ヤケクソと行われ。学園長は悟りの笑みを浮かべる。


「ハイ新入生の皆さん、及び上級生の皆さん、おはようございます。学園長です」


そんな有りふれた、無難な挨拶のち。


「……っと、堅苦しいのはここまでにして。では今から皆さんお待ちかね、まずは」


を経て。

最後の〆括りとして……。


「後、今までのグールプで固まるのもいいですが、ここは学園。それも新入生にとっては、これからばらけるクラスの学生一堂が集まる滅多にない機会ですので」


"これを期に"勇気を出して、初めての者同士で『この後を楽しむ』のも社交の学びとなる、案外いいものですよ。

———こうしてフラグを立てるだけ立てて、場の空気を嘗てないほど読んだ最高権力者はすぐさま壇上からけた。

どうせ誰もまともに見てないしね。


マ。お貴族様のお子様達がこんな退屈な話を真っ当に聞く訳もないから、そこは学園長含め大人たちは就職当時から諦めの域。

誰も気にしていなかったけれど。


(はぁ、先が思いやられる……)


今年は特にひどいなと思っていた。

「←今ここ」である。


「わぁ、すごい髪色、ホンモノ?」

「いくら天下のアストライヤ直系とは言え、何も、なんか…作りものみたいですわね、全体的に」

「……実は、妖精とかエルフとかとの混血、とか?」


例え全員別のとこに気を取られていようと、その代わり今年は誰も直立不動で寝だしていないし、校長の地味に長い口頭がいいワンクッションになったようだ。

つい先刻に比べ、こうした談話が所々でぽつぽつできる程度の「余裕」くらいは、少年少女の間で産まれた。

……各々の口先はいざ知らず、「気になって仕方のない」のがまる分かりなご様子である。


「レオくん……?」

「……………」


でもだからと言ってこちらから話しかけるなんて、

ある程度の仲でもない限り、下から上へ声をかけるなぞ「貴女を下に見ています」と言っている様なもの。

それが貴族社会。いくら学園長がああいえど、そもそもそんな勇気ないし…これまでの噂が「噂だった」のもあるので……。


「……あの方々、先ほどまであれだけ大口をたたいていらしたのに、見てみなさいあの気まずそうな顔」

「本日、いえ、これからの学園生活『どうせソフィアン様が』、と思っておりましたけれど…」

「ええ、本当に。これで分からなく……どころか———」

「ッ、」


ザマァどころか、普通に同情する。

噂だけで「手も早ければ、脚が出るのも早い」北部、相手の機嫌を損ねようとするなんて、下手したら入学早々「明日から【領地戦】なので退学します」にだってなり兼ねないのに。


リボンちゃんたちに比べ、まだ現実が見えてるご令嬢たちは続けた。


「にしてもあのご容姿で、一体なぜ『オークみたい、だから恥ずかしくて北部やしきから出れない』という噂が流れていたのかしら……?」


それも他でもない、"北部"から。


「………?」


正しく絶世の佳人・麗しい玉人、そして瞬き一つで国一つ傾けちゃいそうな美女である。


幻想的でありながら、どこか退廃的、油断すると犯罪に走りそうになる雪国の華がそこにいた。

そういったこの世の美人を表す全ての言葉を列挙した所で到底表現しきれない容姿、造形の良さは、例え同性であろうと思わずクラッとくる、正しく"神がかり"。

いくら美形蔓延る社会であれど、このレベルときたら、お近づきになりたい反面。貴族のしきたり関係なく、近寄りがたい印象を受ける。


そんなミア達の思惑通りに。


「家門だけで高嶺だのに、あれほどの美貌だ。恋人、婚約者は10人位いるだろうな」

「いや絶対5人はいるだろ、あの中に」


少なくとも、というかアイツは絶対そうだ。

あの見るから上級生だのに、例の方と共にきて未だ新入生に混じってる、あのフェロモン野郎……。

新入生たちが黒い気持ち通り越して、逆に一寸引き気味な目で見る。その傍ら、現場に居合わせた生徒会の面々は。


「誰だ、アレ」

「ふ、副会長ぉ…何だかんだ時間守る人なのに、時間になっても全然来ないと思ったら……!」


強火で、齢の割にちょっとセクシィな新入生ナニカにひっつかれ、ひっ付き、壇上ここからでも「死んでも離れるか」という強い意思を感じる。

元来の責務を至極当然かのように放棄して、息をする様に嘘を吐く、だのにまるで罪悪感のない堂々ぶりに慄く裏腹、殺意が湧いた。


(流石北部、今年は荒れるぞ……)


どういう組み合わせかが、十中八九もうデキているだろう美男美女が、こうして並んで立っているだけでグッと腹に来る重い熱を感じる。

アイツ後でシバきたい、でもシバけない、このもどかしさよ……。


(元来Subというのは基本、もっとこう……儚い? 弱弱しい? 感じが普通なのに、なんでアイツはあんなに狂暴なんだ?)


まだ名はないが、名分はある、現生徒会長は首を傾けた。


透き通る黒に藍を帯びたアストライヤの乙女と、甘ったるいSubのフェロモンを持ちながら、獰猛な狂犬でもある雪国の美男子。

女のSubならともかく、男のSubは言わば『スパダリ』で色事にも特化してるものだから、本人の意思関係なく女に言い寄られ、男にすら眼を付けられる事が多い。


だのに……。


「レオくん、たぶんレオくんの上司? の人が見てる」

「アレ、知らない人。だから、そんなキラキラした眼でこっち見ないで、今絶対ものすごく悍ましい勘違いしたでしょ」


衆道は武士の……じゃない、ほんと違うからね!?

と何度も念を押すも、ものすごく微笑ましい笑みを向けられている。


そんなこの学園、いやこの国で同世代の妙齢、娘ならそのフェロモンに充てられるたび、誰しも一度は「夢にまで見たSub」がべったりと……。

当のご令嬢を見る青は溺愛そのもの。だのに、少しでも近寄ろうモノなら、今にもこちらを喰い破らんとする凶悪さをちらちら見え隠れさせていた。


然し当のお嫁さん(?)側は。


「いや私、いくら沼ろうと、それでも色々大変そうなので。同じDom相手との恋、そして生活は一寸……」

「綺麗な女の子を今日も綺麗だね、今夜どう? って褒めただけなのに、何で今の流れで、俺がフラれた可哀想なやつみたいに言われなきゃいけねぇの……?」

「これも全部我が家、北部の平和の為。それ以上可哀想な目に遭いたくないなら、今すぐその口を閉じるんだな!」


私のお友達のご婦人たち、母チャンを泣かせたら承知しねぇぞ!

ちまくとも命は命、大事にしろよ……('ω')


「オフィーリア、もしかしなくても、疲れてる??」

「誰のせいだと……」


壇上からの方がよく見える。

例え周りがどれほど喧しくなろうと、終始('ω')←こんな顔をしてる絶世の美女に、生徒会長のお兄さんが噴き出しそうになっていると。


……それでも立場上話かけれないし(話しかけたが、真っ先に消されるに違いない)蟻一匹通さんばかりに、わらわら周囲を囲む北部の新入生たちの相手をしつつ、時折り二人で"如何にも仲睦まじそう"に何事か話しているのを、生徒会長は見た。


こうして学園長が捌けるや否や、ボーイから二人分のシャンパンを貰って、『噂の公女様』に一つ渡す、「どちら様?」状態のレオ・クリシスに、生徒会の面々は色んな意味で吐きそうな目を向ける。

未だ信じれない光景だし、きっとここでの彼を知る者なら、五度見位する変わりようである。


……というかもはや別人と言われた方がしっくる。


(なんかムカつくから、アイツ、今すぐ婚約破棄されないフラれないかしら)


思わず酒ではなく黒コーヒーを所望したくなるような眼差しが、実に目に毒だ。

そして噂蔓延る例の公女様の趣味が"大層悪い"ことが、判明した瞬間でもあった。

そんな周囲の雄どもを牽制、恋人の格を見せ付けているとしか思えない距離感でコソコソ、小言で乙女へ何か告げているレオくんの姿に。


「…………」


目を細める王子様。

これは面白……いや確実にこの一年は荒れるぞと、お兄さん達は思った。

フラグというか、予告である。


そして、そんな中、焦点を戻す。

いわゆる「そういった方々」は、当初と変わらず最も距離を置いた立ち位置に居ようも、顔色がまるで違う。体をわなわな震わせながら、この光景を遠くから眺めていた。


リボンちゃんたちはどうしても目の前の現実というものを受け入れることができなく、案の定な心持ち、受け入れられるハズもないのである。

新入生だし、「北のヤバさ」を未だ知らない彼女たちは、まだ夢を見ていた。


「……こんなの今更、信じられるものですか」


だってこんなの聞いていた、思ってきた「そうである」、信じて疑わなかった事実ウワサとまるで違うではないか。

いっそのこと他人に叩かれるより、誰だって自分で自分の口を叩く方が何かと痛いし、惨めな気分にもなる。


ので、


「これは絶対何かの嘘、アイツら北部の陰謀よ……」


でなければ、色々と可笑しいですもの。


「そうよそうよ」


覚えていなさいよ……。


だってパパやママ、噂で聞いた彼女。アストライヤの娘は、王妃になれる立場でありながら、その見た目の醜さ故に・・・・・・・・・・、王都どころか領地外にすら出して貰えないような「生まれながらの負け組」で。

中央だけでなくどの領に比べても、マナーのなってない。そんな野蛮な北部の人間に囲まれ、冒険者になるくらい困窮し、同じ国の淑女レイジョウとして「思わず、哀れんでしまう」ような環境を強いられている、そんな子だ。


(だから、そうよ、きっとこんなのただのの強がりでしかない)


はず。


なのだと、この歳になっても王子様のお嫁さんに夢見て、「如何にもなプリンセス」をこよなく愛す彼女らにとって、中央貴族でばければ須らく田舎者なのだ。

まるであの頃の平家みたいな「それ」がこの国の現在で元来あるべき姿形、自分たちの"常識"。


オーク似のドブス、『多少の才』あれど、あったところで実の家族に家から出してさえもらえない可哀想な子。

件のかの方はそうであるはず。


……だのに。

だとすると……アレは一体ダレなんだ?


瞬きの一つ一つとっても気品がある、まるで芸術の神様が一心不乱に創り上げた人形のような見てくれである。

このままでは私の、私たちの方が、まるで———みたいじゃないか。


「……ありえないわ、そんなこと、ありえない。今まで自領に引き籠っていたクセに何よ今さら、認めるものですか」

「ええ、そうですわ。あんなの、私たちのソフィアン様に比べれば、大したことなんか……っ」

「…………ッ」


ソフィアンは震える手を抑え、数刻前まで「天使」と称えられた容姿で、引き攣る笑顔を浮かべた。

でも、勝算はまだある。

いくら噂に聞いていた女が、思い描いていたイメージとかけ離れていようと。貴族の淑女たるもの、この程度で狼狽えてはいけない。


(そうよ)


綺麗な見てくれをしていようと、戦うことしか頭にない戦闘狂バーサーカーども、野蛮な北部の人間だ。だからきっとアレのもたかが知れてる。

……だから一先ず落ち着いて、私は、構えていれば。


「ねぇ、皆さま。……少しいいかしら?」


今までの様に家に籠っていればよかったモノの……あんな「上物」を侍らせておいて、忌々しい。

その上、王家という良縁、王子様を狙うだなんて。


(なんて厚かましい、厚い皮だこと……)


ここが北部ならば、ともかく。何かあっても、きっと何時ものようにお父様が。

———ならば、二度と中央社交界に出れなくなるよう仕向ければいい。向こうがそうしゃしゃり出てくるのなら、こちらとて"考え"がある……のだと。


そう思いながら「私は大丈夫だから心配なさらないで?」と努めて労し気な声を出し、ソフィアンは周りのお友達に向かいうっそりめを細めた。


そんなリボンちゃんたちの姿を……。


「いやだ…なぁに、あれ」

「ねぇ…いくら何でも、今更みっともないったら……」

「…シっ、静かに! こんな時に私を挟んで話さないで、あの子たちがああなのは・・・・・何時もの事だし、茶会で何時でも聞けるでしょ!? それより今は向こうツチノコ!」


結局国が広ければ広いほど、それだけ"色んな人"がいるってことを、どうか忘れないで…!

その縮図たる学園に来ても、そこはいつの世、どんな世界であろうと変わらない。


「ああ、話しかけたい……でも傍のガードがあんなにも硬いと、それに公爵家の立場だと、とても…」


ああ、でも。

でもあんなにもお美しい方に、私ごとき……きっと相手にもされないわ。


「「「「はぁ~~~~~」」」」


比べるものがなければ見劣りすることも、傷つくこともないのに、神様は不公平だ。

いくら隣の芝生は緑に見えるとは言え、この度ばかりはそれすら軽く凌駕して、銀河系の始まりを見ている気分になる。

ヘイトの裏腹、人によっては見ているだけでシアワセになるような端麗、面の良さだった。


……まぁ、それでも。この方に対し、これまで聞いて来た噂、疑問も尽きないけれど。


例えそれが。

———だからね、と。


「だから、黒か白か聞かれたら、黒」


※下着の話ではありません※


「黒ベースか白ベースか、タレか塩か……いくらみんな違って皆いいと言いましょうけれど、お肉につけるなら私はタレ。ご飯が何かと進みますし、三田屋……お昼であろうと、その分家族割りになって気軽に食べれる。後はそこにニンニクのスライスを、こう、思う存分に……」

「何それ美味しそう」


やはりちょくちょく聞こえて来る談笑の内容が、何かオカシイ……。

然し、彼女の語彙がそうさせているのか、聞いているだけでお腹が空いてくるような、実に見事な表現力レポだった、とだけ言っておく。


そして……これは身内以外知らぬことだが、この世界におけるヤツの肉の焼き加減は正しく「上手に焼けました(コロンビア)」レベル、人呼んで芸術。(本人は頑張ったけど)服をはだけさせれずとも、肉欲を司る神の領域である。

ので、BBQ以外でも、時折りナニカシラ量産しては、胃袋を征服してきた可愛い雌に、少年たちはなお逆らえない体にされたのだ。


昔から『開拓』『開発』そして『育成』に関し右に出るものはない、いつものんびりしてるくせに、これらばかり当の本人が並みならぬ熱意を持ってるので、周りも止められない……噂の蔓延……。

でも今は、それよりも……。


「ナニそれ美味しそう」

「貴族あるまじき地味さだが、昔からオフィーリア様の茶色い系はハズレナシ、間違いないからな」

「いや、待て。聞いていれば、貴様らは俺の番に一体ナニをさせているんだ」


それも昔から……??

思わず口を滑らせた相手に、旦那はマジな(੭ ᐕ))??顔を向けた。


「やべッ、」

「だからレオくん、顔面の治安、こんな場所で……」

「……公女様の(焼)ニクが、こんなにも憎く思う日が来るなんて。これだからシェフ以外、創作料理の出来るヤツは一家門に一人は必要なんだ」


……が、嫁がいるとこの男は、自分たちに対し暴力で訴えれないのを知ってる、小賢しい彼女のオトモダチの口は止まらなかった。

なので時刻はお昼時、どこぞの誰かのせいで全員が三田屋の気分になったところで……。


「この後…は流石に無理でも、明日のクラス説明後にでも……」

「え、行きます? つまり、行っちゃいます?? 入学早々Domイキって、一狩りに。……領地外のダンジョン入りしたことないから、楽しみ」

「ニコニコしてるの、可愛い」


こうして野蛮というか、こう「どこか(主に頭方面が)…可笑しい……」としか思えない台詞が雪国キタの方々。そんな中でも、特段キラキラしてる美男美女から聞こえてくる会話に、誰もが理解不能である顔をした。

……が、それも入学早々な事も相まって、きっと疲れているのだろう……と。


でもやはり地域差、領の特色を越えているとしか思えない。

いくらお近づきになりたくとも、こんな身内話で花を咲かせるところに、声をかけれる人なんて……



「…えっ、と。『リア』……いや、アストライヤ公爵令嬢?」

「?」


居るにはいるが。


「キャー! リオルド殿下!!」

「殿下まで、何でッ、いやぁー」


現場が殊更混沌に、言わずと知れた事態に陥ったのは、言うまでもない。


そして何より記憶上「王子様」への扱い、注意点は心得ている。然し、上流階級あるあるのる壺、「ふーん、面白れぇ女……」雌猫フラグがどこに潜んでいるか分からぬ現時点では……オフィーリアはちょっと困った顔で、眉をひそめる。


パパの爵位上、やはり来たかと言えば自意識過剰だけれども……いわゆる国家の「最高権力者」がこうして話しかけてくると……べべべべ、別に良いが……。


(こいつらが誰かを尊敬する日なんて一生来ないと思うので)形ばかりの礼を取る周りを横目に、彼女もとりあえず頭下げとこうと、この国の王族に対する礼を取ろうとした。


「ああ、どうか、そんなに畏まらないでくれ。……まぁ君が覚えていないのなら、仕方ない。『改めて』と言うのも可笑しな話だけど…」

「??」

「いや、何でも。改めて初めまして、ご令嬢。リオルドだ」


……んだけどなァ……。


べべべべ、別に悪いこともしてなければ、法も犯していない ハ ズ 。

なのになんで私がこんな思いをしないとイケナイのか。

初めましてなのに『改めて』という王子様に、悪寒が背筋裏を駆けあがる。

オフィーリアの頭上は瞬く間に「これは、おっとぉ……??」で埋め尽くされ…。


「———こうして、また・・会えて嬉しいよ」

「…………?? ッ、え?」


言葉使いは大人びても、見るからの末っ子だな、この王子様。


そして、そう思いながら、目の前の美少年に放たれた『また会ったね』のまた二文字に、思わずあの頃のナンパテクかしらと笑いそうになる、利を得る分、害も多い自分の前世が憎い。

頭に警鐘、ただ同じくその二文字に固まる、愉快な仲間たちや外野、そして何より———


「オフィーリア……??」


真横から漂う冷気に、全身の血の気をザーッと引かせながらも、二重の意味で震えないように、嫁は声を絞りだした。

自分が襲い受けする分は良いが、他の追随はユルサナイ旦那の性分を、オフィーリアはよく理解している。


「でっ……えっと、リオルド第三殿下? もし私の聞き間違いならどうか忘れてくだされば。恐れながら『また』…と言いますと?」


そんなオフィーリアに、一瞬悲しそうな顔をするも、リオルド殿下はにっこり人懐っこい笑みを浮かべる。


「聞きたい? あ、でもここは何かと人目も多いし、聞き耳も多いから。その話は追々、するとして……」

「!」

「殿下だなんて、そんな堅苦しい敬称いらない、特に君には……だから、これから俺の事は『リオルド』、それか『リオ』って呼んで欲しいな」


だって俺達、これからクラスメイトになるのと同時に、改めて友達・・・・・になるんだし……。


「ね?」


と。


(そこに若さの違いを感じる、王子様ウインク上手ですね)


あと個人的に両目を閉じてしまう方が好きだけど……顔の良い奴はナニしても様になる。

このマイペースさはやはり弟属、無害そうな顔してるくせにとんでもない地雷をしっれっと投げて来やがったぞ、この王子。

その輝かしいロイヤルな仕様に、オフィーリアの意識がトリップを始めた。


『……こんど俺の前で浮気したら、閉じ込める』

『はいはい、分かった。分かった。その時は、ご随意にどうぞ?』


そもそもプライバシーの概念すらない世界、実は知り合い!?

一気にザワ……と盛り上がり始めた外野に、ここに来る時の会話が脳を過り、ここで生きている。


「……………………」


現場。

そんな、これから我が身に降りかかるであろう未来に憂い、戦慄し始める中。バキン、バリ……ッ、パリーン。

物凄い至近距離でグラスの破片が飛び散るのを目の当たりに、オフィーリアは「ギャグマンガの眼鏡かよ……」と黄昏れる他ない。


例えどれだけ美男・美少年犇めく、実は"思うほど残忍な世界"でなかろうと、在りし日の古今東西、史実であろうと創作であろうと、宮廷系を始め多岐に渡る作品を読破。

その履修の最中に思い至る、どれだけ「BIG LOVE———」をぶつけられようと記憶喪失したら一環1シーズンのオワリ、(その手の話ならたぶんこの世界の誰より詳しい)ヤツの被害妄想は止まらない……。


(つまり何が言いたいのかというのと……)


いくら他の領と違い"治外法権"が認められていようと、王族に齧りつくのは不味いのである。

甘噛みでもダメ。

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