ep.6 解釈の違いはあるが、いとも容易い「愛ゆえ」に


『短絡的。……然し、最も効率の良い戦略であった。

 かねてから用意された愛の受け取りは、美しき悪夢の始まりか、或いは血の滴る悲劇の始まりか』


ビターチョコの様なほろ苦い情欲が燃え盛り、やがて赤い薔薇へと表替わりするであろうやまいの一つ。

与えられた義務を果たし、責務の消化も伴って。

どうせ、どう歩めど同じ結末。「どうせ、どの道」と儚く散るなら、臆病であるより、死を選べ。



「思ってた通り。こういうのも、たまにはいいね」


『……大丈夫だよ、大丈夫』と、幾度なく。

———後、一撃あれば充分であろう。と、如何にもそう言いたげだ。


(偶には……??)


闇が溶け堕ちた頃、「大丈夫。これから、いつも側にいるから」を繰り返し。羞恥を始め、苦痛ですらキャンディーの様な甘ったるい味がした。


茹だる熱、朦朧とする意識、下腹部から雨色に染まる藍。

……もし正義の名の下に判決を言い渡すならば、紛うことなき「有罪ギルティー」である。


「ああ、お労しや、お嬢様……。私が付いていながら、私が不甲斐ないばかりに……っ!」


なんてこと……。


最後の一線を越えずに終わった、件の自他はともかく、傍から見れば、まるでこの世のオワリ。


(合算オバサン、自首します……)


ただ、いくら思うも、時すでに遅し。


———昨晩はお楽しみでしたね♥

隠しても、隠しても……然し、多少隠した所で。


「ウッ! わぁ………………」


なんじゃこりゃ。


肝心なとこを守れても、結局ナニも守れていない。

如何にも事後を示唆するよう"主張"が身体中を所せましと覆い尽す血華あかは、繋げればまるでクサリの様だった。


……なので。


「普段ならば、いくらでもやり様があるので、隠せても。……でも、肩が多少出る『明日の式典服』ともなれば」


湯気の向こうでゲッと、苦々しい顔をするメイドに、こちらも苦い笑みが零れる。


それだけ、あられもない姿。

鏡の中にいる自分は、ハイネックでもない限り、隠そうも、隠しきれないであろう、真っ赤なお花が四肢から首周りまで、散花していた。


そして、


「髪、洗い終わった? ほら、おいで」


怒涛過ぎて、許容量越えキャパオーバーを起こす。

現実の破片を繋ぎ合わせてできた夢は、散々舐られた愛でられたアソコの余韻ムズムズという結末を以て、その鋭さを隠しきれない。


オフィーリアは「……この変態ほんとマイペースだな」と思いながら、誘われるがまま片足、そんで両脚をするり滑り込ませる。

……と強引半ば。もはや指定席と化しつつあるその場所へ、ドボン。今にも歌い出しそうなご機嫌声に混じって僅かな水飛沫が上がる。


白い花びらの浮かんだ水面に映った、満足気な男と「自分ではよくわからんのです。今自分が、どんな顔をしているのか……」顔を晒す女のコントラスト、温度差が実に見事だった。


その裏腹、しくしく、しおしお。


誰かが泣いてる音がする……。

だから、彼女は。


「……何事も、最終的には笑顔が一番だよ……」


———だから、もういっそのこと、笑って……くれよ! 何時もみたいに……。


どんな顔をするか分からぬなら。


とりあえず笑いなよ、にっこりと。


「ああ、いけません……とうとう幻聴が……」


寝不足ゆえかしら。


何処からともなく聞こえて来る、嘗て推していた男の会心の一撃ボイスが自然と口からまろび出る。

油断してたら、殺しちゃうかもね。

……と。


今となってはただの幻聴だけれども、芋づる式に思い出すあの頃の課金額に、頭が痛くなる———まるで質の悪いのようだ。

心なし。

耳馴染みのある戦闘開始、狼煙音ホラガイまで聞こえて来るではないか……。


そんな中———かくなる上は、と。


「……かくなる上はこの果報者、うらや……いえ、けしからんゲテモノを殺して、自首をば……」

「オフィーリア、湯加減はどう? 熱くない?? 俺個人としては男だし、君さえいれば特に拘りはないけれど……この入浴剤の香りは好きだなぁ」


言うなれば、今のオフィーリアはあの状態に陥っていた。

よくあるアレだ、アレ…。


は?


「オレ…? ねぇ貴方、今、俺って言いました……??」

「……そっちこそ今、俺にタメ口きいた??」

「あら、失敬、ケダモノ相手だからと、つい……」


真ん中に挟まれてるサンドイッチの具状態だというのに、気づけば喧嘩腰になっている周り。

圧倒的アウェイ感、当の当事者より外野が盛り上がり始まる……アレである。


先ほどまで法螺貝だったのに、次はゴングの鳴る音がした。

"我が事について"でさえなければ。


(後、このポジでさえなければ……)


聞いている分には面白い。

身分や立場を越えた、各々の堂々たる主張———


「……それより、アナタって、俺は君の旦那じゃないんだから、やめてくれない……? 知らない人が聞いて誤解を招いたらどうするんだ。……いつも邪魔ばかりしやがって、君がこの子に仕える、お気に入りじゃなければ……」


いい加減空気読め?

……というか、お前が空気になれよ。


さっきからナニ?

いくら専属筆頭とは言え、メイド風情が何様のつもり??


その目は節穴かよ……。


「眼病に詳しい、医者でも紹介……しようか?」

「ふふ、お戯れを……」


お嬢様もいますのに、嫌ですねぇ……そんなに私を見詰めて。

戯言を、寝言は寝てからおっしゃって下さらない?


———よもや世紀末かの様な空気。

双方の副音声から、ほぼ同時に「は?」という、舌打ちが聞こえて来る。

ただでさえ水気のある、ぬくぬくとした場所だというのに……この二人が散らすプラズマに関電しないか、可愛い我が身、そればかりが気になった。


「「は?」」


何コイツ、ムカつくなぁ……。


たかがメイドだと?


「お嬢様との付き合いの長さからして、そちらの方が新参者のくせに……」

「ミア、声。思うも、あくまで心にしまっておくべき声が漏れてる、漏れてる」


から。

……然し、その様なお嬢様の小さな声は、当事者たちに届くことはなかった……。


はんっ、言ってくれんじゃん!

こちとら(正規)、それに比べテメェなぞ、沸いて出る虫の一匹に過ぎず……花壇にすらなれやしない。

そんな偶然通った道端でポッと生えてきた様な、たかが婚約者(暫定)のくせによォ……。


兄ちゃん。

そこで一寸、ジャンプしてみ……??


(眼を見ずも、時折り雰囲気だけで、人は語り合える)


お嬢様は思った。

そして、その背もたれは、そんな自身の専属メイドに対し。


「…………」


傍から見れば、無そのものではあれど。纏う空気は氷点下、どす黒い。

いくら精神安定剤を抱いていようと、新婚宛らのこの時も邪魔されてるのが、(前々から)気に喰わないし……番関連のことなら尚更。


元より大して広くない、狭い雄心が余計、狭くなる。

番に対してはいくらでも我慢できる(?)が、その他には我慢ならないのだ。


なので、方や時マウント系、もう方や立場マウント系。

……つまり同族嫌悪。

こうしてお互い「馬っ鹿、じゃねぇーの……??」と。


(我が事でさえなければほんと茶番、聞いてる分には面白いんだけどなァ……)


経験上、一々突っ込んでたらキリがないし、身も持たないから、構わないけれど。

ただ、それでも。


(せめて風呂ぐらい…のんびり、心穏やかに入らせてくれよ……)


どこぞの誰かのせいで、お嬢様は心身ともに疲れていた。

心地いいはずの適温おんせんに浸かれど、後ろと横の圧、副音声の主張が激し過ぎて、まるで休まらない。


「……………チッ、」

「ふん」


なので、今のオフィーリアが言えるのは、どうやらこの度の勝敗は専属メイド———ミアの方に天秤が傾いたようだった。

生粋の引き籠りなので、余所は分からぬが……環境のせいなのか、この国における北部産の女の子は総じて、気性の荒い傾向があるので。


喧嘩と書いて、立派なコミュニケーション。

何時もの事である。


……いやはや早数年、思い返せば、やや長期に渡る、この二人の確執は根深い。

昔からの事だから、今更気にする必要もない。


———が。



「お嬢様がお優しいのをイイことに、何とも汚らわしい……———どうせ『未遂・・』な訳ですし、これは離婚……お嬢様、いい子ですから、ね? もうこんな危ない、ヤバい、頭可笑しい三銃士? な顔、地位しか取り柄のない男なんて、一刻も早く『おさらば』して次ですよ、次!」

「あ""?」

「……ほらね、お嬢様、こんな男と婚約、婚姻だなんてやめて。今すぐ離婚、離縁、婚約破棄しちゃいましょうよ……ね??」


オフィーリアお嬢様。


「……いい度胸だ。そんな命張ってまで俺に構って欲しければ、来いよ、可愛がってやる」


より早く、旦那(暫定)のほうが反応した。

……ところで、私はそろそろお暇を……。


「あ、コラ。どさくさに紛れて、脱出を図ろうとしないで」

「お嬢様……」


しようとしたが、オフィーリアは秒で捕まった。

立とうとした途端、女の子の中で最もデリケートな部分(※お腹周り)を男の力で絡めとられたのである。

これは酷い。

おっぱいを揉まれる以上に嫌な気持ちになる、とても酷いセクハラだ……。


ひん。


「……オフィーリア?」

「婚約破棄します? 迷う必要なんてありません、そうしましょう??」

「オイ、まだ言うか……大体俺らの婚約は…」


公爵様が。


———と、男は言いかけた。

が……何故か途中で言うのを辞めた。


なので。

後ろに美男、横に美女。


(私さえ…ワタシさえこの構図スチルに入っていなければ……っ)


旦那(確定→既成事実)の膝上で、お嬢様は項垂れる。

これまで凡そ15年、正しく今のように燃え尽きること、はや何度目か……。

可愛い我が身を挟んでの、先ほどからの会話内容はともかく……せめて場が場、私を挟んだ上でのやり取りでさえなければな……。


(可愛いかよ。……とりあえず、金を払わせろ)


然し結局思うのは、こう言ったやり取りは、画面の向こうで見るのに限る。ということだ。

……そんなことを考えながら、領域展開も脱走ログアウトも失敗したお嬢様は。


「———ほら、ミア、いい加減になさい」

「オフィーリアお嬢さまぁ……」


今この時も見え隠れしてる、相手の瞳奥に宿るどろりとした「ナニカ」に触れないことにして、事態が更に炎上する前にと、言葉を続けた。


「私のことが心配なのは分かりました。けれど、ここは公爵邸ではないのですよ? 郷に入っては郷に従え……です」

「はい……」

「分かれば、よし」


血のつながりのない他者に、

……と言うのは、普通「嬉しがるべき場面」ではあるだろうけれど、やはり何事も適度・適切が最も良いものだ。

過ぎたれば疲弊し、なければ枯れる。のである。


……後門に狼、横に戦闘メイド。

思わず頭が痛くなる、特にメイドの方。口は笑っているのに、瞳からハイが消えているのが普通に怖い、今この時……。


この度得た婚約者が婚約者なら、幼い頃から何かと付き添い合い、その時の分だけ近い関係にある、メイドの方もメイドなので……。


(お嬢様もつらいよ……)


優雅なのは、響きばかり。

あっちこっちで板挟み、"ストッパー"であることを、ここに来てまで強いられている。


(という、この心労よ……)


適当に宥めすかし、ミアを退室させながら、オフィーリアはこれまでの人生を振り返ってみた。

……一部さえ除けば、普通に「好い世界」なのに、残酷なことだ。


ウン。


「ちゅっ♡」

「!! ん、」


アイツもコイツも、どいつもこいつも、まるでみんなが挙って二重人格、若しくはサイコパスを患っているとしか思えない。

事件は何時も現場で起こる、退室ログアウト失敗したからには、諦めて迎え討つしかないのである……。


だから。


「んぅ、んん~~~~~~~ッ! ぷはっ、」

「……ふわふわなのに、重みがあって」


———最っ高。


じゃない。


「ちょっ…と、手! てをどこ、て、ひゃぁっ」


と現実では、そう思うも。


嫁のキスをしめた旦那に……正直、こう言うシチュも嫌いではないが。ソレは、あくまで創作の中で「は」の話。

風呂場に来てまで、これってない……。背後から迫りくる魔の手に、オフィーリアは身をよじらせる。

……何度も言うが、この手のコトに関し、現実の我が身ともなれば、話はまるで違くなる、理想と現実は別物なので。


本当に、

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