ep.4 内なる吐露。だって、こうするしか……ね?
『
すん、と鼻を鳴らせば、貴方に交じって港の匂いがした』
こんなにも美しく、完璧な曲線。
彼にとって「愛」とは、涙であり、Iであり、自分で行う愛撫の一部。
星となった過去、花となる現在。
そして
「お帰りなさいませ、若様……若様? 若様!? ここまでの道のりで、一体何っ」
「…やっとの思いで、ようやく…いまイイとこなんだよ……———ぶっ殺すぞ」
「が!? ヒイィ……」
ああ、若様がご乱心だ……。
突如後ずさった約一名以外、ずらり二列、エントランスの端から端まで整然と。そう頭を下げたまま如何にも戸惑っている使用人たちを目尻に、今では住み慣れた屋敷の廊下を足早に歩く。
ここまでくれば……ならば、いっそのこと思い切って走って、自室に飛んで入りたいぐらいの気分ではあるが、今ばかりは
あくまで、背景の一端。
こうして歩を進める度流れゆき、所狭しと嵌められた、それなりの値段ある絵画も、異常なまでに磨かれた壺。
そして、何時もならばこの広々とした空間や、落ち着いた雰囲気を気に入って、実家の次にはよく過ごす場所ではあるものの。
「う、ぅんん、あ"つい……溶けそう、しぬ」
……こうも、目的地までやけに遠く感じる広い造りが、ここぞとばかりに立ちはだかる。
男の目からすれば、まるで親の仇、嫌味たらしい迷路のように映った。
「れお…あつい…はやくぅ……」
「ああっ、もう、」
クソッ!
性に貪欲な身体、パンパンに張りつめたズボンの中が痛い。
柄悪く舌打ちをして……正直、今この場で襲い被さり、噛みつきたくなるも、我慢。
奥歯を噛み締め、額に爆ぜんばかりの筋を浮かべ、我慢。
我慢。
だって、これまでの経験上、人生なんて所詮「我慢してなんぼ」だったのだから……。
自分に言い聞かせ、でも腕の中。蛹のようにぐるぐる巻きされた番の濡れた前髪に、レオは
……すると、腰から下に直撃する
「あ""ずいの、き""ら"ぃ」と、普段の彼女、語彙力が死滅するほどの美貌、容姿からは到底想像できない、しゃがれた猫のような声で訴えられた。
「ぐすっ…」
それは、もう。
それはもう、あついよ、熱いと。聞くから意識朦朧とした独り言、
「あつい」
ニホンジゴクの溶岩風呂でもないのに、こんなのってない…。
と、
「ここまできて、まだ死になくないよぉ、ふえええん……」
そして同時、次は何だか聞きなれない単語を挟みつつ、泣かれた件について。
……色んな意味で、体中を巡る血潮がぐるぐる巡り出す。
真っ白な頬を嘗てないほど赤く上気させ、元来の使い道とは違えど、彼女のためにと誂えたもふもふ毛布の隙間から、潤みきった眼差しでじっとり睨まれて仕舞えば———ダメだった。
持ちうる【
「ぎらい……。あついの、ぎらい""!!」
「でも熱いの、俺は好き」
「溶けるから、私は熱いの ぎ にゃ い"" な の !!」
「ねぇ、それ態と? 態となの?? 態とだよねぇ??? んっ……やばいな……俺らお互い、このままじゃあ……」
それも、
今の彼女。そして今のこの状態を引き起こした、つい先刻ほど前、馬車中の
「あついの、や。むりみ、強。このままじゃぁとけて、しぬ。……おうち、もうお家、がえるっ」
「今日から、ね。いや、少なくとも学園に通う限り、ここが君の、俺らのお家だよ?」
湧き上がる激情、三代先までの運をここ数刻で使い果たしたとしか思えない、未だ嘗てないほどの幸福感に感じ浸りては。
左脳に聖書、右脳に
———この
あ、ムリ、壊そ。
「これで明日の観光予定は消えたし、このまま上手くコトが運べば、明後日のかったるい式もバックレれるのでは……??」と。
「……だから、どうかここまで。ここから…、これからは何もかも全部、俺を欲して、俺を放っておかないで、最期の時まで———俺のところまで堕ちて来てくれ」
男は覚悟を決めた。
が。
……でも、それでも、どこか煮え切らない、切ない震え声であった。
『それだけ好きなんだから、どうしようもないし、しょうがないよね』
心では確かにそう思えど、頭に残った最後の理性が今更「好きになって、ごめんね」、「こんな愛し方しかできなくて、ごめんね」と泣いている様な気がする。
「……ここまできて、なんでそんなこと言うの? この、
「ッ、」
……いや、若しくは実際、一寸泣いていたのかもしれない。
「本当は怖いクセに。だったら、どうしてこんなことするの」
愛する者を寝台に下すや否や、獣のように
男は、まるで「プレゼント」のリボンを
もはやレオの眼に理性はない。
巡る季節を懸けて恋し、募り。ここでも夢を見るたび何度も乞い願った、何時かの憧憬を前に彼は息を呑む。
自分の影に覆われ、だだっ広い寝台の上で、長い黒髪を広げて横たわる
「はっ、ははッ…キレイだ……」
オフィーリア、俺の番。
窓から零れ込む夕焼けは、完全な少女でも女でもない綺麗な反面を照らしている。
……いつもと比べ、ちょっと潤み溶けた、夜空の星を散りばめられた如く氷面。
「あー、キレイ、綺麗。かわいいかぁいい、ほんとうに、可愛いなぁ……」
然し、こうして、積年の思いを吐露しつつも。
それこそ「今更」という時であろうと、幻想的な藍の瞳に映る
……
当人からすれば正しく灰かぶりな、汚れた銀にも見える。
そして男は男で筆舌しがたい美貌を持てど、雨空みたいな青い瞳は、どう足搔いたところで輝かしい青空にはなれず、年中雨のまま。
「…ごめんね」
だからなのか、本当に今更となって、ギラ付かせながらも、震える手は、哀れですらある。
肝心なところで「臆病」な男なのだ。
僅かな沈黙の後、
……すっぽり覆い被さられているせいで、確かな表情は読み取れないけれど。
聞いていると、こっちも何だか不安になってくる、そんな声である。
「ほんとうに…ごめんね。でも、それでも、俺は確実に……それこそ例え『どんな手を使ってでも』君を、君だけはどうしても、俺の
「だからなんで、どうして、そこまで……」
合っているようで、合っていない焦点。
オフィーリアが思わずと、頭に浮かんだ疑問をそのまま聞くと……レオは自虐的な笑みを浮かべ、うっそりと微笑む。
「情けなくてもいい」
「?」
大人びているクセに、こういう時は稚(いとけな)い。
番の目元にちゅ、と口付けを落とし。反射的に目を閉じた相手に、彼は続けた。
「『惨めでも厭わない。覚えておけ、"手段と方法を選ばぬ者"が最も愛されるものなのだ』」
だから、と。
色に濡れた瞳で自分の下に捕らえられている獲物をじっとり、愛しそうに見詰め、彼女の肌に触れた唇を舐める仕草をする。
男は、はっと喉を鳴らした。
———って、さ。
「…何時もならこんなこと
何処からか
「なんで? どうして? 君はソレばかり聞くけれど、本当に分からない?? これが、何だかんだ、何かにつれ卑下される。そんな立場でありながら、侯爵家当主の座まで我が物とした父の言い草だった」
だから、君が……。
『オフィーリア』が
「……俺も、そんな親元に生れ、育てられてきた」
外は夕暮れ、中は雨。
いくら情緒不安定になり易い
ので。
「何だろう、怖いと言うより、この違和感……」と思いながらも恐る恐る、うっすら目を開く。
嗅覚に定評のある某長男ではないけれど、長女ではあるオフィーリアが すん と鼻を鳴らせば……皆まで言うな。
部屋中に充満する互いの
それも、多分……。
「だから、今ままで、今日まで『あんなに誘っても
「……君はあまりにも綺麗で魅力的だから、これからの事を考えると、頭がオカシクなりそう」
万が一の事態を、何度も考えて仕舞って。
だから。
ならば、もう、
「ってなるよね?」
そう言葉を続ける男の眼は、その青い枠に嵌っている瞳孔は完全にイっていた。
こちらの言い分も聞かず、「至極当然」のような口調は、恐怖通り越して感動すら覚える……。
「なんで? どうして? ははっ、それだけ、俺はね、もし君に嫌われたら、離れたら、失ったら……そう思うと正気を保つなんて到底できないし、
本音を言えば、本当は学園なんて行って欲しくない。
「だって、もしも……もしも、万が一にも……君が俺ではない、ポっと出た他の男に獲られるかもしれないって……こう、想像するだけで、」
俺は。
「……そんなのありえない、洒落にもならない、冗談じゃないから」
ならば。
そうなると、そうなるくらいなら。
———例え多少嫌われようと、いっそのこと。
「ねぇ、どうして? そっちこそ、俺は……俺はこんなにも、
だから。
「……心が手に入らないのなら———体から堕としてあげる」
いつの世も、夜も、よく言うでしょ?
「こればかりは君が悪い。これまで……どんなに求愛しようと、弄ばれようと、我慢した。……君に拒絶されるのが怖くて、ずっと言えなかった」
でも、それも今日で終わり。
もういいよね。
「だって俺たちは婚約したんだ。ようやく……」
男は嗤った。
それはもう、嬉しそうに。
「ここには君を溺愛する家族も使用人もいない、君を
なんで。
何で。
どうして?
「……だって、
だって、それだけ"仕方なくなった現実"に対し、俺が出来るコトなんて。
「今なら分かるよ、俺は君と番う為だけに、この忌々しい第二性で産まれたんだと。だからあれほど恨めしく思っていた神でさえ、今は感謝してる」
ねぇ、俺の愛する一番星。
僕をこんなのに変えた雪国の女王様。
「怯えないで、俺だけを見て、感じて? ……どうして? だから、つまり、こういう訳だから、もういい加減受け入れて……———責任取って」
俺に
君以外なんていらないし、少しも欲しくならない。
「だから……ふふ、
そして、ここがこんなに熱いのも、全部君のせい。
地獄?
天国?
桃源郷? 理想郷??
善であろうと、悪であろうと……そんなのどうでもいいし、君さえいてくれれば、俺は。
「———オフィーリア、よく聞いて。君さえ傍にいてくれれば、俺は、レオ・クリシスはどこでも
なのに君はいつも素知らぬ顔で、すぐ目移りして。
「浮気ばかりする……」
「ふぇ」
……相も変わらずノーブレスだった。
とだけ言っておく。
なので、そんな相手に
とうとう———ああ、神作画よ。
「母さん、お母様、ごめんなさい。貴女
きっと。
今生で与えられた性以上の『本能』染みた衝動に駆られる。
私でなければ恐怖で心臓発作を起こしていたであろう事態に……だが、然し。前世から引き継がれし
『それだけ好きなんだから、どうしようもないし、しょうがないよね』
元来、人間というのは未知に対し恐怖を覚えるも、"履修した事のある"物事に恐怖を覚えることは稀である。
いつの世界であろうと、乙女の
怖いのに笑うしかない。
ここまで面と向かって
……から。
「ふぇええええ」
もはや秘境の風景としか思えない。
下から見上げる
中の人の挙動を漏らしながら、顔を覆った。
そして……、
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