ep.4 内なる吐露。だって、こうするしか……ね?


すみれ色の夕焼けに照らされながら、夜をまとひ。

 すん、と鼻を鳴らせば、貴方に交じって港の匂いがした』


こんなにも美しく、完璧な曲線。

彼にとって「愛」とは、涙であり、Iであり、自分で行う愛撫の一部。

星となった過去、花となる現在。

そして永遠とわにと組み立てられる、自心の中で確約された未来そのものである。



「お帰りなさいませ、若様……若様? 若様!? ここまでの道のりで、一体何っ」

「…やっとの思いで、ようやく…いまイイとこなんだよ……———ぶっ殺すぞ」

「が!? ヒイィ……」


ああ、若様がご乱心だ……。


突如後ずさった約一名以外、ずらり二列、エントランスの端から端まで整然と。そう頭を下げたまま如何にも戸惑っている使用人たちを目尻に、今では住み慣れた屋敷の廊下を足早に歩く。


ここまでくれば……ならば、いっそのこと思い切って走って、自室に飛んで入りたいぐらいの気分ではあるが、今ばかりはので。頭のてっぺんから足の爪先にまで木霊す熱、イライラしながらも一歩一歩と踏み占めた、早めの徒歩。


あくまで、背景の一端。

こうして歩を進める度流れゆき、所狭しと嵌められた、それなりの値段ある絵画も、異常なまでに磨かれた壺。

そして、何時もならばこの広々とした空間や、落ち着いた雰囲気を気に入って、実家の次にはよく過ごす場所ではあるものの。


「う、ぅんん、あ"つい……溶けそう、しぬ」


……こうも、目的地までやけに遠く感じる広い造りが、ここぞとばかりに立ちはだかる。

男の目からすれば、まるで親の仇、嫌味たらしい迷路のように映った。


「れお…あつい…はやくぅ……」

「ああっ、もう、」


クソッ!


性に貪欲な身体、パンパンに張りつめたズボンの中が痛い。

柄悪く舌打ちをして……正直、今この場で襲い被さり、噛みつきたくなるも、我慢。


奥歯を噛み締め、額に爆ぜんばかりの筋を浮かべ、我慢。


我慢。


だって、これまでの経験上、人生なんて所詮「我慢してなんぼ」だったのだから……。


自分に言い聞かせ、でも腕の中。蛹のようにぐるぐる巻きされた番の濡れた前髪に、レオはなだめ半分、息すらままららない熱籠る情欲半分の唇を落す。


……すると、腰から下に直撃する花の精マヤクみたいな匂いが薫ってくる反面。

「あ""ずいの、き""ら"ぃ」と、普段の彼女、語彙力が死滅するほどの美貌、容姿からは到底想像できない、しゃがれた猫のような声で訴えられた。


「ぐすっ…」


それは、もう。

それはもう、あついよ、熱いと。聞くから意識朦朧とした独り言、譫言うわごとさらがらに。


「あつい」


ニホンジゴクの溶岩風呂でもないのに、こんなのってない…。

と、


「ここまできて、まだ死になくないよぉ、ふえええん……」


そして同時、次は何だか聞きなれない単語を挟みつつ、泣かれた件について。

……色んな意味で、体中を巡る血潮がぐるぐる巡り出す。

真っ白な頬を嘗てないほど赤く上気させ、元来の使い道とは違えど、彼女のためにと誂えたもふもふ毛布の隙間から、潤みきった眼差しでじっとり睨まれて仕舞えば———ダメだった。


持ちうる【魔力マナ属性】の訳もあり、いつもならば冷え冷えとしているはずの体が、今や言葉通り熱く。


「ぎらい……。あついの、ぎらい""!!」

「でも熱いの、俺は好き」

「溶けるから、私は熱いの ぎ にゃ い"" な の !!」

「ねぇ、それ態と? 態となの?? 態とだよねぇ??? んっ……やばいな……俺らお互い、このままじゃあ……」


それも、自分のせい・・・・・で。


今の彼女。そして今のこの状態を引き起こした、つい先刻ほど前、馬車中のオフィーリアを思いだしても、やはりダメだった。


「あついの、や。むりみ、強。このままじゃぁとけて、しぬ。……おうち、もうお家、がえるっ」

「今日から、ね。いや、少なくとも学園に通う限り、ここが君の、俺らのお家だよ?」


湧き上がる激情、三代先までの運をここ数刻で使い果たしたとしか思えない、未だ嘗てないほどの幸福感に感じ浸りては。

左脳に聖書、右脳に性欲イライラ


———この可愛いちまいのをどうしてやろうか…。


あ、ムリ、壊そ。

「これで明日の観光予定は消えたし、このまま上手くコトが運べば、明後日のかったるい式もバックレれるのでは……??」と。


「……だから、どうかここまで。ここから…、これからは何もかも全部、俺を欲して、俺を放っておかないで、最期の時まで———俺のところまで堕ちて来てくれ」


男は覚悟を決めた。

が。

……でも、それでも、どこか煮え切らない、切ない震え声であった。


『それだけ好きなんだから、どうしようもないし、しょうがないよね』


心では確かにそう思えど、頭に残った最後の理性が今更「好きになって、ごめんね」、「こんな愛し方しかできなくて、ごめんね」と泣いている様な気がする。


「……ここまできて、なんでそんなこと言うの? この、根性なしいくじなし

「ッ、」


……いや、若しくは実際、一寸泣いていたのかもしれない。


「本当は怖いクセに。だったら、どうしてこんなことするの」


愛する者を寝台に下すや否や、獣のように襲い掛かるまたがる


男は、まるで「プレゼント」のリボンをほどくような仕草で、濡れそぼった布を剥ぎ、シュルシュルと紐く音がした。


もはやレオの眼に理性はない。


巡る季節を懸けて恋し、募り。ここでも夢を見るたび何度も乞い願った、何時かの憧憬を前に彼は息を呑む。

自分の影に覆われ、だだっ広い寝台の上で、長い黒髪を広げて横たわる彼女ツガイは本当に、「お伽噺」の一ページの様で…。


「はっ、ははッ…キレイだ……」


オフィーリア、俺の番。


で、性的な息を荒げる男を余所に。

窓から零れ込む夕焼けは、完全な少女でも女でもない綺麗な反面を照らしている。

……いつもと比べ、ちょっと潤み溶けた、夜空の星を散りばめられた如く氷面。


「あー、キレイ、綺麗。かわいいかぁいい、ほんとうに、可愛いなぁ……」


然し、こうして、積年の思いを吐露しつつも。

それこそ「今更」という時であろうと、幻想的な藍の瞳に映るレオの顔は、言葉の裏を象るように仄暗く、哀し気に歪んでいた。


……第二の性Sub故に、どれだけ強い魔力を持てど、色素の薄い銀髪はまるでを被っているよう。

当人からすれば正しく灰かぶりな、汚れた銀にも見える。


そして男は男で筆舌しがたい美貌を持てど、雨空みたいな青い瞳は、どう足搔いたところで輝かしい青空にはなれず、年中雨のまま。


「…ごめんね」


だからなのか、本当に今更となって、ギラ付かせながらも、震える手は、哀れですらある。

肝心なところで「臆病」な男なのだ。


僅かな沈黙の後、フェロモンに犯され、何時もの彼女ではないオフィーリアの問いに返って来たのは。そんな男から吐露される、だった。


……すっぽり覆い被さられているせいで、確かな表情は読み取れないけれど。

聞いていると、こっちも何だか不安になってくる、そんな声である。


「ほんとうに…ごめんね。でも、それでも、俺は確実に……それこそ例え『どんな手を使ってでも』君を、君だけはどうしても、俺のものにしたいんだ。本当にごめん。どんな手を、手段を使っても、君だけはっ」

「だからなんで、どうして、そこまで……」


合っているようで、合っていない焦点。

オフィーリアが思わずと、頭に浮かんだ疑問をそのまま聞くと……レオは自虐的な笑みを浮かべ、うっそりと微笑む。


「情けなくてもいい」

「?」


大人びているクセに、こういう時は稚(いとけな)い。

番の目元にちゅ、と口付けを落とし。反射的に目を閉じた相手に、彼は続けた。


「『惨めでも厭わない。覚えておけ、"手段と方法を選ばぬ者"が最も愛されるものなのだ』」


だから、と。

色に濡れた瞳で自分の下に捕らえられている獲物をじっとり、愛しそうに見詰め、彼女の肌に触れた唇を舐める仕草をする。

男は、はっと喉を鳴らした。


———って、さ。


「…何時もならこんなことのに……ね。それでも、君が俺に興味持ってくれて嬉しいよ」


何処からかセカイの壊れる音がする。


「なんで? どうして? 君はソレばかり聞くけれど、本当に分からない?? これが、何だかんだ、何かにつれ卑下される。そんな立場でありながら、侯爵家当主の座まで我が物とした父の言い草だった」


だから、君が……。

『オフィーリア』がアストライヤの元で生まれ、如何にも育てられたように。


「……俺も、そんな親元に生れ、育てられてきた」


外は夕暮れ、中は雨。

いくら情緒不安定になり易いSubとは言え、嘗てないほどの暗雲をまとい、自虐的な口ぶりだった。


ので。

「何だろう、怖いと言うより、この違和感……」と思いながらも恐る恐る、うっすら目を開く。

嗅覚に定評のある某長男ではないけれど、長女ではあるオフィーリアが すん と鼻を鳴らせば……皆まで言うな。

部屋中に充満する互いのフェロモンに交じって、目の前の男からとんでもなく「危うい」匂いがした。


それも、多分……。


「だから、今ままで、今日まで『あんなに誘っても好きになってくれない』ならさぁ……」



「……君はあまりにも綺麗で魅力的だから、これからの事を考えると、頭がオカシクなりそう」


万が一の事態を、何度も考えて仕舞って。

だから。

ならば、もう、……。


「ってなるよね?」


そう言葉を続ける男の眼は、その青い枠に嵌っている瞳孔は完全にイっていた。

こちらの言い分も聞かず、「至極当然」のような口調は、恐怖通り越して感動すら覚える……。


「なんで? どうして? ははっ、それだけ、俺はね、もし君に嫌われたら、離れたら、失ったら……そう思うと正気を保つなんて到底できないし、心臓ココが止まりそうになるんだよ、可愛い人オフィーリア


本音を言えば、本当は学園なんて行って欲しくない。


「だって、もしも……もしも、万が一にも……君が俺ではない、ポっと出た他の男に獲られるかもしれないって……こう、想像するだけで、」


俺は。


「……そんなのありえない、洒落にもならない、冗談じゃないから」


ならば。

そうなると、そうなるくらいなら。

———例え多少嫌われようと、いっそのこと。


「ねぇ、どうして? そっちこそ、俺は……俺はこんなにも、ほど君が好きで、ツガイたいのに、君はいっっつも、のらりくらり……!」


だから。


「……心が手に入らないのなら———体から堕としてあげる」


いつの世も、夜も、よく言うでしょ?


「こればかりは君が悪い。これまで……どんなに求愛しようと、弄ばれようと、我慢した。……君に拒絶されるのが怖くて、ずっと言えなかった」


でも、それも今日で終わり。

もういいよね。


「だって俺たちは婚約したんだ。ようやく……」


男は嗤った。

それはもう、嬉しそうに。


「ここには君を溺愛する家族も使用人もいない、君を友人も知り合いも、未だ一人もいないだろ? ……ここまで徹底しないヤらないと、君はすぐ逃げてしまうから———」


なんで。

 

何で。


どうして?


「……だって、


だって、それだけ"仕方なくなった現実"に対し、俺が出来るコトなんて。


「今なら分かるよ、俺は君と番う為だけに、この忌々しい第二性で産まれたんだと。だからあれほど恨めしく思っていた神でさえ、今は感謝してる」


ねぇ、俺の愛する一番星。

僕をこんなのに変えた雪国の女王様。


「怯えないで、俺だけを見て、感じて? ……どうして? だから、つまり、こういう訳だから、もういい加減受け入れて……———責任取って」


俺に愛されてよ堕ちてよ


君以外なんていらないし、少しも欲しくならない。


「だから……ふふ、名分コンヤクなんて結局、手段の一つでしかなかったんだ」


そして、ここがこんなに熱いのも、全部君のせい。


地獄?

天国?

桃源郷? 理想郷??


善であろうと、悪であろうと……そんなのどうでもいいし、君さえいてくれれば、俺は。



「———オフィーリア、よく聞いて。君さえ傍にいてくれれば、俺は、レオ・クリシスはどこでも悦いイイし、何処にでもイけるのに……」


なのに君はいつも素知らぬ顔で、すぐ目移りして。


「浮気ばかりする……」

「ふぇ」


……相も変わらずノーブレスだった。

とだけ言っておく。


なので、そんな相手にコマを挟ませるどころか、息することさえ随さない、展開レオくんに……。

とうとう———ああ、神作画よ。


「母さん、お母様、ごめんなさい。貴女の娘は未熟の15にして、ここまで愛しみ、育てて下さった恩も忘れ……オフィーリアは大事なモノを亡くすでしょう……」


きっと。


今生で与えられた性以上の『本能』染みた衝動に駆られる。

私でなければ恐怖で心臓発作を起こしていたであろう事態に……だが、然し。前世から引き継がれしをこんな所で再確認したくなかったや……と。


『それだけ好きなんだから、どうしようもないし、しょうがないよね』


元来、人間というのは未知に対し恐怖を覚えるも、"履修した事のある"物事に恐怖を覚えることは稀である。

いつの世界であろうと、乙女のはベラボーに痛いと聞くし……でなければ、それはエロ漫画だけの話だ。


怖いのに笑うしかない。

ここまで面と向かってBIG LOVEをぶつけられるなんて、感動の域である。

……から。


「ふぇええええ」


もはや秘境の風景としか思えない。


下から見上げる旦那オスの美貌を堪能しつつ、未知なるゾーンの垣根を前にイロイロ耐えきれなくなったオフィーリア。

中の人の挙動を漏らしながら、顔を覆った。


そして……、

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