第106話 おふとん

作.コーギー部長


 ぼくはいつも通りぶしつのドアのすきまにはなをさして開けると、なかにはあまかわ書記と男の子がいた。男の子はむしかごを持っている。とてもたのしそうに話している。


 あまかわ書記は、いつものえっちなふんいきはなくて、男の子にきんちょうしているせいか猫をかぶっている。いや、いつもはしっぽがはえているから、今は猫じゃないってコト? ん? 猫じゃないから猫をかぶっている……からいいのか。


 男の子はむしかごの中の、こほろぎを書記に見せている。書記はいなか育ちだから、こほろぎはめずらしくない。けど、すごいねーとか、むしの声きれいだよねー、とか言っている。あまかわ書記がことばでこみゅにけーしょんしてる!


 そんなふたりのようすを見ていると、うしろからアイツの臭いがした。振り向くと、ぬりやが立っていた。先日、仕留め損ねたぬりやだ……。隙だらけに見えた作品には端々設定があり、俺は罠にハマった。解説作品はぬりやがいかに向上心があり、作品に情熱を注いでいるかを語る一作となってしまった。あれを読んだらファンが増えてしまう。さらに創作部から書記と会計も分室に引き込まれた。すでに文芸部員なのだから時すでに遅しだが、彼女らにもまたファンがついている。ファンが増える前に流れを断ち切る手段を講じないと……。


「あ、コーギー部長♪ これ見てください」


 ぬりやがスマホを見せた。P先生の『本屋』にぬりやがレビューを書いている。


(百年はえぇんだよ!!)


 スマホを持った手首ごと噛みちぎろうとすりが、ぬりやはひらりと交わした。


「いいじゃないですか、どうせコーギー部長は恋愛ものわかんないんでしょ?」


 余裕綽々の笑顔。こいつはあのP草庵でもそんな人懐こい笑顔で先生と話していた。あの寂れた草庵が華やいで見えたことで、俺は思わず気後れし、柄にもなく顔を出さずにとぼとぼと帰った。帰りに引いたおみくじには「雑念多し。学問に励め」とあった。雑念とは、ぬりやの才能、人当たりの良さに対する嫉妬だ。そんなこと、わかっている。


 ぬりやはこほろぎ少年を連れ出していった。残されたあまかわ書記が呆然としている。悲しそうな顔……。そうか、お前もぬりやにとられたのだな。


 あまかわ書記はおもむろに布のような物を取り出した。その布を顔に被せ、思い切りスーハーし始めた。よく見ると、その布は男物の学生用の短パンだった。サイズからするとあの少年くらい……だと思うが、すごいスーハーしてる。


「……やっぱりお布団の上でじゃないと、のらないわ」


 何が?


 あまかわ書記は、テーブルに散らかっていた文具やらノートやらをカバンに詰めて、勢いよく部室を出て行った。


 テーブルの上にいつの間にか置かれた、4行恋愛小説をめくる。


(恋愛ものわかんねぇよ!)


 僕は部室の片隅に移動をして不貞寝をした。




-完-

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