第104話 布団 〜出逢い〜

作.スロ顧問


第一章 「出逢い」


 瓦斯をばはや尽き果てつ。部室の卓のほとりはいと静かにて、煖爐の光の晴れがましきもいたづらなり——

 東北は岡森の冬は厳しく寒い。もうじきストーブは使い物にならなくなるだろう。まだ早朝の誰もいない時間だというのに。

 甘川は誰もいない、この時間の部室が大好きだった。孤独を愛しているわけではないし、むしろ誰もいないことに寂しさは覚えるけれど、それでも愛しい大切な時間だった。冬寂。

 と、部室の戸が出し抜けに開いて甘川は驚いた。こんな時刻に誰が——?

「あのう、すみません」

 おどおどと入ってきたのは、見知らぬ顔だった。制服は、今年から新しくなった襟のダブルラインが可愛らしいタイプ。つまり、一年生だ。

「ここだけ明かりが点いていたので、つい」

「どうぞ、お入りなさい」

 セミロングの髪にまだ幼さの残る顔、不似合いな長身を持て余して猫背になっている一年生の女子へと、甘川は大人の余裕を持って声をかけた。どちらかといえば隠キャな甘川にしては、珍しく正しい対応だった。

「校舎はまだ開いてないし、どうしようとうろうろしてたら部室棟のほうまで来てしまって……」

「あらあら。お可哀想に。頬も真っ赤だわ。いまお茶入れてあげるね」

 ストーブの上の薬缶からは湯気は見えないが、まだ充分温かいはずだ。もうストーブの光は大分弱々しい。

 そういえば玉露があったはず、と甘川は思い、手頃な温度ではあると思ったが、念のために彼女に聞いてみた。

「あなたはお茶と紅茶どちらがお好き?」

「ユーリです。紅茶のほうが好きです。ジャパニーズティーはあまり得意ではないです」

「あら、そう」

 甘川は顔では笑顔を保ったまま、がっかりした。紅茶はティーバッグですらない、缶入りの顆粒のレモンティーしかなかった。溶けきらないほど温くなってないといいけれど……。

「ゆうりさんは部活はやってらっしゃないのかしら?」

「やってません。ここは……何部なんですか?」

 レモンティーを作り、カップを差し出して、甘川は微笑んだ。

「ここは『そけい部』よ……」

「ソケイ部……?」

 甘川は、キラキラとした光の粒子をまといながら答えた。

 これが甘川冬子とユーリ・オンアイスとの最初の出逢いだった。

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