P.19

 とっさに見廻すも、炎天下に人通りは無い。交番は駅舎を挟んでむこう側だ。

 絶体絶命……

「Hカップちゃん、お茶でもどう?」

 雪ちゃんに寄るケンの前に躰を割り込ませた。「すみません、電車の時間なので」

「オマエに用はねえよ」突きとばされ、横に居た小男がボクの腕を掴んだ。

「やめて、ケンイチさん」アネゴが取りなすように言う。

「なんだよ流美、いてんのか。なんなら3Pでもいいぜ。またしゃぶってくれや──」

 言い終わらぬうちに、アネゴの中段蹴りが腹にめり込んでいた。前屈みになった頭部を廻し蹴りが追う。長身が舗道に転がった。

 さっきまでの憂鬱な表情は消し飛んでいる。拳法使いのスケバンがそこに居た。

「離せ!」ボクは小男を押しのける。

「誰に手ェ出してんだ」マッチョのデカい手がボクの顔を張った。

 衝撃で吹っ飛ぶ。目が廻る。

「光治くん!」雪ちゃんの悲鳴。

 グラつく視界に、駅構内から駆けつける人影があった。

 教育実習の舞島先生じゃないか。

「やめなさい。この子らはウチの学校の生徒だ」マッチョに手を掛けて引き離そうとする。

「うるせえよ」振り向きざま放った拳が先生の頬を直撃した。眼鏡が飛んだ。

「せんせい!」アネゴは攻撃態勢に入る。

「手を出すなッ」先生が一喝した。口から溢れる血を手の甲で拭う。「これでいいだろ。子供たちは連れて帰る」

「ちきしょう!」猛るアネゴを先生は抑える。

「教師だあ? まだガキじゃねえか。適当なこと言ってんじゃねえ」

 そうだ。まだ大学生。どう見たって色白のぼっちゃんにしか見えない。ボコられる。助けなきゃ。

 小男が立ちふさがった。「おっと、タイマンの邪魔すんな」

「やっちまえ」立ち上がりながらケンがわめく。

「へへ」マッチョの太腕が二発目を放った。だが──

 突然、先生の左腕が猛蛇と化して見えた。マッチョの右腕を巻いて交差する。先端の拳は相手の顎を打ち抜いていた。

 マッチョの両目から焦点が飛んだ。歪んだ口を開け腰砕けに倒れた。

 クロスカウンターだ。必殺の……

 ボクシングのファイティングポーズをとった舞島先生は、残り二人に追撃のステップで寄る。

「すんませんでしたあ!」小男がすかさず土下座した。額を路面に擦り付けた。

 先生は拳を下ろす。「さっさと消えろ。二度とこの子らの前に現れるな」

「はいッ」小男はケンと一緒に、KOされたマッチョをかかえ上げた。

 ピーッ!

 警笛が鳴り響いた。お巡りさん二人が走って来る。

 そんなわけで、ボクたちは帰りの電車に乗りそこねてしまった。

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