P.15 ケン
*
怪しげなバイトも今夜で約束の三日が終了する。
洗いものを済ませて待機場所に戻ると、源田のオバサンが来ていた。
もう一人、若い男が隣の椅子に掛けている。縞になった金と黒の長髪。──まだら狼。
「ご苦労さん。今日で終わりだね。どうだい、社会勉強になったろ」オバサンはボクの目を見つめて言った。
「はあ」
「ここへ来る客を半面教師にしな。取られる側じゃなく、取る側に回るんだ」
――そしたら、でっかいダイヤが買えるわけか。
それより狼が気になる。コイツは雪ちゃんを狙った。敵意めいたものが湧く。
こんなに近くで見るのははじめてだ。ハーフみたいな彫りの深い顔。狙った女は外さない、と噂されるだけのことはある。
狼は長い脚を組み、爪やすりで指先のケアをしていた。
女性の躰をまさぐる指。手入れは怠らない──そんな淫靡な連想がよぎる。
源田のオバサンとは男女の仲だろう。高校生でも察するほど、それと知れる濃密な雰囲気を隠そうともしない。
普通に考えるなら、美しい獣に縋りつく年増女の構図であるはずだ。だが、違う。エサを求めて尻尾を振るのは獣の方だ。オバサンは狼を飼っている。
構図が明らかになってしまうと、場末のいかがわしい場所に座る彼は、ひどく色褪せて見えた。舞台裏で、化粧を落とした素顔を垣間見たようだ。二十代というのも本当だろうか。
女に貢がせて遊興する自堕落な日常が窺い知れる。
「何じろじろ見てんだ、ああ?」狼は上目遣いにボクをねめつけた。「てめえ、ガンつけやがって」
立ち上がるが、オバサンが手で制した。「やめときな、ケン。女ともだちの窮地を救う、やさしい坊やだ」
ふん。ケンと呼ばれる狼はふてくされたようにタバコを咥え、店を出ていった。
「アンタ、よく働いてくれたね。マスターが褒めてたよ」
「たった三日ですから」
「進学かい?」
「はい」
「夏休みはウチでバイトしなよ。そんときは18歳以上だ。びっくりするほど給料あげる。ワタシの名刺は失くさずに持ってな」
返事はしなかった。
マスターがやって来て日給を受け取る。
帰ろうとすると、オバサンが呼び止めた。
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