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「前なんかワタシのこと鼻で笑って、どけよデブ、なんて言ったくせに。別人だと思って寄ってきたの。お嬢さん、ステキなカットソーですね。お似合いのペンダント、プレゼントさせてもらえませんか、だって。ゲエッて思った」

「だいぶしつこく付きまとうらしいじゃん。だいじょうぶだった?」

「おにいさん、鼻毛出てるよ、って言ってやったら、顔こわばらせて店から出ていった。あわてて鏡と睨めっこしたんじゃない?」思い出してクスクス笑う。「嘘なんだけどね、強烈なカウンターでしょ。すっきりしちゃった。あの人、自分が微笑みかけたら、女はイチコロだって思ってる」

 何度か見た、まだら狼。背は高く脚が長い。ファッションモデルのような体形に乗っかるのは、陰影のあるハーフっぽい顔だ。形よく尖った鼻。切れ長の目は僅かに憂いを帯びていて、マイルドなムードをかもし出している。

 あの目で見つめられたら、たしかに女性はイチコロかもしれないが――

 その美しい狼を雪ちゃんはフッたのだ。すげえ。

 校門を出ると町までは下り坂になる。並んで歩く。

「流美ちゃん、図書室で勉強してた。4時に閉まるまで居るって」

「家より集中できるかもね。教育実習の先生は一緒だった?」

舞島まいしま先生は居なかった。なんか、注意されたみたい。特定の生徒と親しくするな、とか」

「そうか。アネゴは美人だし、一度ついた不良タグは取れないしね。先生たち心配なんだろ。でも、アネゴの方が積極的みたいだけど」

「うん。流美ちゃん、舞島先生のこと好きだね。メールでも先生のことばかり書いてた。先生の方はどうなんだろ? 気づいてないのかな?」

 舞島先生については、雪ちゃんの方がずっと詳しい。早くから、アネゴのため息は光の速さで回線を伝い、北欧にまで届いていたのだ。

「ホンワカしたおぼっちゃんタイプ。ああいうのが好きなのか」

「雰囲気は光治くんに似てるよ」

 そう。一時期、ボクはアネゴに好かれていた。なんやかんやと接近された時期がある。雪ちゃんに告白する前のことだ。

 横を自転車が通り抜けた。ボクらを追い越し坂を下る。

「ウワサをすれば、アネゴじゃん」

「あれ? 急用でもできたのかしら」

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