・5-4 第56話 「データ:2」

「みんな。すまないが、すぐに脱出艇に帰りたい! 」


 データの詰まったメモリを手に降りて来た穣司がそう言って頭を下げると、集まって来た獣人ケモミミたちは互いに怪訝けげんそうに顔を見合わせた。


「えーっ! つまんないーっ!

 あんな危ない目にまで遭ったんだから、もっといろいろ見て行かないと割に合わないよー! 」


 そう言って真っ先に反対を表明したのはコハクだ。

 彼女は多脚戦車に囚われるというもっとも危機的な状況に陥ったはずだったが、そんな目に遭ったのだからもっと周りを見て行かないと割に合わないという、なんだか不思議な理屈を持っているらしい。


「こらっ、コハク!

 わがままを言うんじゃありません」

「むーっ! でもーっ! 」


 やや呆れた様子でハスジローがたしなめるが、柴犬耳の少女は不服そうに頬を膨らませるだけだ。


「探索には、また、みんなで来よう!

 ここからなら、いろいろなものが回収できるだろうし、その準備も整えて、な。

 だけど今は、すぐに帰りたいんだ!

 そして、コイツの中身を確認したい」


 元々、遺跡ダンジョンの探索には何日もかける予定でやってきている。

 そのために長く寝泊まりする支度も整えたのだ。


 しかし穣司としては、入手したデータの解析が最優先事項だった。

 この惑星のちぐはぐさの理由に結論を見出すことができるかもしれないし、なにか、重要な情報が手に入るかもしれない。


「ジョウジ。その、箱はなに?

 あなたが帰りたがっているのは、それの、せい? 」

「……ああ! そうなんだ。

 コイツは、あの多脚戦車の制御コンピュータの一部でな……。

 中に、データが残っているかもしれないんだ! 」

「なるほど……」


 ケモミミたちにとって、コンピュータだのデータだのは良く分からないことだっただろう。

 しかし、本を読んだことがあるヒメには、なぜ穣司がこんなに急いでいるのかが理解できるらしい。


「そういうことなら私も、すぐに戻った方がいいと思う」

「ええーっ! なんでなんでーっ!? 」

「コハク。あの箱の中には、とっても大事なものが入っているかもしれないの」


 駄々をこねる柴犬耳の少女に、猫耳の少女は冷静に言い聞かせる。

 どちらも年のころは同じくらいであるはずだったが、知識がある分、ヒメの方がずいぶん大人びて見えた。


「むぅ。大事なものって、なに? 」

「脱出艇の、AIさんみたいなものが入っているかもしれないの。

 もし話を聞けたら、この遺跡ダンジョンのいろいろなことが分かるかもしれない。

 そうしてからもう一度探しに来た方が、もっと、楽しいんじゃないかな? 」

「な、なるほど~?

 でも、う~ん? 」


 分かったような、分からないような。

 コハクはしかめっ面をして眉間にしわを寄せ、腕組みをして悩みこんでしまう。


「う~ん……。

 こんぴゅーたーだの、でーただののことは、ボクにはよくわからないけど。

 でも、一度戻るのには賛成かな」


 うんうん唸り始めるコハクの隣で、ディルクが困り顔で言う。


「だって、この遺跡ダンジョン、思っていたよりもずっといろいろなものがありそうなんだもの。

 ちょっと触ってみたけれど、この、金属の塊でできた、なんだろう? 」

「車のことかい? 」

「へ~、クルマっていうんだ。

 ずいぶん重くて、ボクでも運び出すのは難しそうだし。

 でも、これが欲しかったんだよね? 金属が。

 だったら一度戻って、もっとたくさんのケモミミに声をかけてさ。

 みんなで一緒に働いた方が、いろいろはかどると思うんだよね~」


 データのことで頭がいっぱいになってしまっていたが、彼女の言う通り、穣司たちがここへやって来た当初の目的は金属を探すためだった。


 畑をもっともっと大きく広げ、みんなでお腹いっぱい、作物を食べられるようにするために。

 そして、漂流しているケンタウリ・ライナーⅥの十万人の乗客を救うために。

 金属が必要で、それを探しにやって来たのだ。


 その点から言えば、成果は大きかった。

 掘り出すのは手間だろうが、ここにはたくさんの金属がある。

 破壊された車からはもしかするとまだ使えそうな部品も手に入るかもしれないし、そうでなくとも、これだけの量があれば当面の問題はすべて解消する。


 だが、これらを持ち出すのは、ディルクが言う通り大変なことだった。

 かさばるし、重量もある。

 まともに持ち出すには、それこそ、大型のトラックでもなければ足りないだろう。


 大勢のケモミミに声をかけ、皆で協力して運び出した方が良さそうだった。


「そういうことなら、一度戻ろうか。

 遠征のために持ち込んだ道具は、そのまま置いておけばいいんだしさ」


 みんなの話を聞いていたハスジローもそう判断し、うなずく。


「むぅ……。

 みんながそう言うのなら、仕方ない」


 それを見てとうとう、コハクも観念した様子だった。

 兄と再会したことで甘えたいモードに突入して少しわがままになっている所があったが、そのくらいの分別は残しているらしい。


「すまない。

 それじゃぁ、すぐに戻ろう!

 できれば、今日中に解析に入りたい! 」


 意見がまとまったのを確認すると穣司はそう結論を出し、その言葉通り、急いで引き返し始めた。

 その急ぎ方に戸惑いつつも、仲間たちも後を追いかけて来てくれる。


 ———胸騒ぎがして、止まらない。

 この惑星の正体が、いよいよ明らかになるかもしれない。

 そして、そこで何が起こったのかも。


(嘘だよな……!?

 そんなことは、あり得ないはずなんだ! )


 胸の内で何度も湧き上がって来ては、必死の思いで打ち消している可能性。

 実は、ここは自分も良く見知った場所であったかもしれないというもの。

 それを確かめないことにはもう、何も落ち着いてできない、という状態だ。


 取り出したばかりで、まだ電子が流れていた温かみを微かに感じる回路を握りしめ。

 穣司は脱出艇への帰路をとにかく急いだ。

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