・4-10 第49話 「遺跡(ダンジョン):3」

 これまで漠然ばくぜんと抱いて来た疑念について、なんらかの[答え]が出るかもしれない。

 そのことを期待するのと同時に、なぜか嫌な予感がし、緊張してしまっていた穣司は、結局ほとんど眠ることができなかった。



(朝、か……)


 巨木のうろの中の家。

 落ち葉を集めて作ったベッドで横になっていたのだが、外が明るくなったことに気づいた彼は、緩慢な動きで身体を起こす。

 時刻は、午前五時前後、といったところか。


 身体をほぐすためにのびをしていると、「ふわぁ~」という間延びした声と共にコハクが起き上がる。

 久しぶりの我が家、しかも懐かしい家族と一緒、ということでよく眠ることができたのか、すっきりとした表情だ。


 ごしごし、と目をこすっていた彼女だったが、すぐに穣司の視線に気づくと、「おはよ~」と微笑んでからゆっくりと立ち上がって近寄って来る。

 だがその笑顔はすぐに真顔になっていた。


「ジョウジ?

 だいじょうぶ?

 なんだか顔色がよくないよ。風邪、ひいちゃった? 」


 穣司の顔色の悪さに目ざとく気づいて、途端に心配そうな顔になる。


「あ、ああ。大丈夫だ。

 問題ないさ」


 正直なところ、寝不足であるためにややシンドイ状態ではあったが、笑顔を取り繕って平気なように振る舞う。


 この体調不良の原因は、遺跡ダンジョンでなにが待ち受けているのか分からない、ということにある。

 多少調子が悪いからと言って探索を先延ばしにしても、その不調の理由が取り除かれない限りは、どの道このままだ。


 それだったらさっさと中にもぐってしまって、白黒ハッキリつけた方がマシだろう。


 頭をしゃっきりさせるため、新鮮な空気を吸おうとコハクと一緒に外へ向かう。

 まずは、小川で顔を洗う。

 キンキンに冷えた水でバシャバシャとやると、すぐに目が覚めた。


 それから、ほとんど消えてくすぶっていただけの焚火たきびに燃料を加えて再び火の勢いを強くした穣司は、寝不足なまま、朝食の準備を始める。


「コハク、料理するのを手伝ってくれ。

 といっても、また煮込むだけなんだけどな」

「うん、いいよ~」

「私も、手伝う」


 その時、いつもはあまり自分では料理をしようとしない、まだ火に慣れていないらしい様子のヒメも外にやってきて、手を貸してくれる。

 おそらく、昨日から緊張した様子の穣司のことを心配してくれていたのだろう。


 そうして仲良く持ち込んだ野菜の皮を剝き、石のまな板の上で、付加製造装置(3Dプリンター)で出力した包丁を使い食べやすい大きさにカットして鍋で煮込んでいると、他の仲間たちも起き出してくる。


「おっはよ~。

 ボクも、なにか手伝うよ」

「おはよう、みんな。

 おいらにもちょっとやらせて欲しいな」


 結局、全員で朝食を作ることになった。


「それじゃ、いただきます」

「「「「いただきま~す」」」」


 ほどなくして料理ができあがると、全員で分け合って食べ始める。


 素っ気ない食事だ。

 野菜の種類が豊富になったおかげで以前よりもずっとバリエーションに富んだものになっていたが、まだ塩を見つけることができていないために素材そのままの味なのだ。


 それでも、みんな「美味しい」と言って、すべて平らげてくれた。

 元の材料の出来はかなり良いものになっているので、痩せた土地で育つ貧弱な野菜の貧相な味わいが「当たり前」だったケモミミたちからすると、これだけでも満足なようだ。


「さて。

 遺跡ダンジョンに出発する前に、全員で、ハスジローさんから教えてもらったことを話しておきたい」


 後片付けに入る前、食後休憩の時間を利用してそう話を切り出すと、穣司は携帯情報端末に描き込んだ地図を順番に見てもらい、これから向かう先の情報について全員で共有する。


「一応、おいらの方からも説明しておくね」


 中には文字が読めずにチンプンカンプンだ、という者もいたので、そのことを察したハスジローがあらためて口頭で教えてくれる。


「まず、この遺跡ダンジョンは、基本的には危ないものはない場所だよ。

 いろいろ人間たちが使っていたものや、なにがなんだか分からないものが落ちていたり、埋まっていたりするから、そういうのに不用意に触らなければ問題はないと思う。

 だけど、すごく暗いんだ。

 道もいくつかに枝分かれしているから、はぐれないように注意しないと、危ないんだ」

「は~い!

 でも、ジョウジがくれたライトがあるし、へっちゃらでしょ! 」


 素直にうなずいて返事をしたものの、コハクは少しも恐れていない様子で、あらかじめ穣司から渡されていた手持ち式のライトを持ち上げ、スイッチを入れたり戻したりしてチカチカと発光させる。

 脱出艇の乗員分備えつけられていたサバイバルキットに付属していたもので、固体電池で作動し、百時間点灯する。

 光源としてはさほど強力ではなかったが、小型・軽量であるし、自身の身の回り程度なら十分に明るくできる代物だ。


「こら、コハク。

 今から無駄に光らせると、肝心な時に電池が切れてしまうぞ。

 交換したくっても、新しいのはないんだからな? 」

「はぁ~い」


 軽く穣司が叱りつけると、コハクは残念そうではあったが言われた通りにしてくれた。

 百時間ももつのだから少しぐらいはなんともないのだが、暗い場所に潜るのはきっと、これが最初で最後、とはならないだろう。


 実際、ライトに内蔵されている電池は替えが効かない。

 材料さえあれば付加製造装置(3Dプリンター)で作ることはできるのだが、その、素材がないからだ。


(まぁ、なにかしらは見つかるだろうさ)


 食べるだけならばなんとでもなるようになってきたものの、まだまだ、手持ちの資源を切り崩しているという、いわばジリ貧の状態にあることを再確認した穣司は、そう楽観的に考えていた。


 少なくとも、鉄は手に入る。

 ハスジローが「ちょうどいい」と振り回していた鉄パイプは、遺跡ダンジョンの中では比較的簡単に手に入るモノであるらしいからだ。


 鉄は、文明において基本的な材料のひとつだ。

 加工には相応に手間がかかったが、それなのに強度があり、しかも希少資源と異なり大量に手に入る。

 この金属とその合金が、人類社会の発達を支えていたことは間違いない。


 そしてそれが手に入れば、とりあえず当面の金属不足は解消するだろう。

 農機具として利用するには十分な強度があるから、もう、野菜の収穫が足りないからとケモミミたちを追い返す必要もなくなる。


(いっそ、村でも作るか)


 野菜作りに興味を示している全員で集まって定住し、みんなで農場を営む。

 そうすればお互いに助け合えるし、少人数ではできないことだって達成できるようになるだろう。


 そんな構想を抱きながら、穣司は立ち上がっていた。


「それじゃ、そろそろ冒険に出かけるか。

 みんな、準備はいいかい? 」


 すると仲間たちからは、「もちろん! 」とか、「いいよ! 」といった、小気味よい返事が返って来た。

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