・4-9 第48話 「遺跡(ダンジョン):2」

 ハスジローが言うところの遺跡ダンジョンがある場所は、コハクの家になっていた巨木のうろからさほど離れてはいないとのことだ。

 だが一行はすぐにはそこへ向かわず、長く滞在する用意を始める。


 何度もそこに潜り込んだ経験を持つハスジローによると、地下にある遺跡ダンジョンは長い通路といくつもの空間を持っているという。

 一番深部までたどり着くために、彼は何か月もかけたそうだ。


 といってもそれは、暗い中で瓦礫を片付けながら進まなければならなかったからで、今ではスムーズに最深部まで行くことができるらしい。

 半日もあれば十分に行って帰って来られる、とのことだ。


 それでも穣司たちが長期滞在をする準備をしているのは、第一の目的は金属を確保することで、すぐにそれを見つけることができたとしても、できるだけ詳細な探査を行いたかったからだ。

 他にも何か有用なものを見つけることができるかもしれないし、なにより、この惑星とそこに暮らしているケモミミたちの秘密を明らかにすることができるかもしれない。


 何日もかけてじっくりと調べ上げたかった。

 そうしなければきっと、落ち着いて他の仕事に取りかかれないだろう。


(結局、散水装置を作っておいて大正解、だったな)


 本来であれば、これまでに立ち寄ったことのないほど離れた場所まで遠征するための準備だったが、作物を育てたまま何日も農場を留守にできるのは好都合だった。

 腰をすえて遺跡ダンジョンを調べることができるからだ。


 荷物を下ろし、それぞれどこで眠るかを決めた後、みんなで手分けをして準備を整えて行く。

 煮炊きをしたり暖を取ったりするためのたきぎを集めたり、食べられそうな木の実を探し回ったり。


 穣司は一足先にハスジローに案内をしてもらって、遺跡ダンジョンの入り口のある場所の様子だけ確認しておいた。


「ほら、ここだよ。

 この小さな穴の先に細長い通路があって、その奥に続いているんだ」

「なるほどなぁ。こりゃ、知らなかったら気づかないよな」


 その小さな洞穴ほらあなは木の根が張り巡らされた地面の中にあり、外から見ると小さなくぼみ程度にしか思えず、その先に深い穴があるとはわからない。

 少しのぞき込んでみると、穣司がなんとか入れるくらいの大きさだった。


「せっかく着て来たけど、パワードスーツは無理そうだな……」


 頼もしいが着ぶくれしてしまうパワードスーツを身に着けたまま入り込むのは難しそうだ。


「ハスジローさん。

 覚えてるだけでいいから、中の様子を教えてくれないか? 」

「うん。いいよ」


 それから穣司は携帯情報端末と電子ペンを取り出し、ハスジローの記憶を頼りに、できる限りで遺跡ダンジョンの内部の地図を作成していく。

 やや曖昧あいまいなところもあるだろうが、こういったものがあるだけでもずいぶん探索はやりやすくなるだろう。


 そうして日が暮れるころには、十分すぎるほどの準備を整えることができた。

 たきぎは一週間以上滞在しても使いきれないほどの量があったし、木の実はたくさん集まり種類も豊富。

 地図も、通路をあらわす棒と部屋や広い空間をあらわす丸、それとその場所の特徴を記した注意書きだけでできた簡易的なものだが、「迷わずに行き来する」という目的のためならば十分に実用に耐えられるものができあがっていた。


「んっふっふ~。明日、楽しみだね~! 」


 今日はゆっくり休んで、夜が明けたらいよいよ調査を開始する。

 そう決めて休むことにし、みんなで焚火を囲みながら夕食を取ったのだが、それが終わってもコハクは興奮した様子で首と尻尾を左右に振りながらにこにことしていた。


「こら。

 ちゃんと寝ておかないと、明日に差支さしつかえがあるぞ? 」

「え~。

 だって~、ちっとも眠くないもん! 」


 焚火たきびに枝をくべながら穣司はたしなめたのだが、柴犬耳の少女はぷくーっと頬を膨らませる。


「いつもならまだ、起きていていい時間だもの」


 日が沈んだら眠り、朝になったら起きる。

 彼女もそんな自然に沿った生活をしていたはずだったが、開拓団に加わってからすっかり夜更かしが日課になって来てしまっていた。


 脱出艇では最低限の電力が確保できており、周囲が暗くなっても明かりがある。

 そのことから、夜になっても疲れて眠くなるまでは起きている、というのがすっかり習慣化してしまっているのだ。


 そんな彼女を、先に横になっていたハスジローが手招きをする。


「そんなこと言わずに、早く寝なよ。

 ホラ、兄ちゃんが久しぶりに、添い寝してやるからさ」

「え~。どうしよっかな~」


 その申し出にコハクはくねくねと身をよじらせながら悩んでいる様子だったが、まんざらでもなかったらしい。

 ほどなくして焚火たきびの側を離れると、「えへへ~」と少し気恥ずかしそうに笑いながら、ハスジローの隣で横になった。


(本当に、仲がいいんだな)


 なんとも微笑ましい光景に心が和む。


「ねぇ、ジョウジ」


 その時声をかけて来たのは、猫耳のヒメだった。

 隣に腰かけた彼女はじっとこちらの顔をのぞき込みながら、なにを考えているのかよくわからない半目で問いかけて来る。


「貴方、ずっと緊張しているみたいだけれど……。

 ダンジョンに、なにかあるのかしら? 」

「ええ? ……い、いや、なんというかな」


 やはり分かるのか、と感心しつつ、穣司は少し困ってしまう。


 明日、いよいよ潜ることになる遺跡ダンジョン

 そこになにかがあるのは間違いない。

 そして、いろいろなことが明らかになるかもしれない。


 そのことについて不安を覚え、緊張しているのは間違いない。

 だが、うまく言語化することができない。


 なぜなら。

 穣司は人間で、宇宙から流れ着いた漂流者。

 それに対し、ヒメたち獣人ケモミミは、この惑星で穏やかに暮らして来ただけの住民たちだからだ。


 その出自や、知っていること、つまり物事を理解し共有するための前提がまったく異なっている。

 だからここで自分の抱いている疑念や、予感について説明しても、うまく伝わるとは思えない。


「ヒメ。心配してくれて、ありがとうな。

 だけど、ごめん。

 うまく説明できそうにないんだ。

 とにかく、明日。

 明日、遺跡ダンジョンもぐれば、いろいろとはっきりとすると思う」

「ふぅん? そう……」


 ヒメは詳しいことを教えてもらえず残念そうだったが、気を使ってくれたのかそれ以上は深く追求しては来なかった。


「ジョウジ。貴方も、ちゃんと休んでね? 」


 立ち上がりざまにそう言い残し、猫耳の少女は自身の寝床に向かっていく。


「ああ。そうするよ」


 その背中に向かって穣司はそう答えたが、しかし、しばらくの間は眠れそうになかった。

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