・3-6 第34話 「平原一の力持ち」

 馬耳を持つ獣人ケモミミ、ディルク。

 女性だが、名前は男性的だ。


 その理由はどうやら、「大きくて力持ちだから」であるらしい。


 気がついたらそこにいた、という、曖昧な誕生のしかたをするケモミミたちは、自己の意識が目覚めた瞬間から名前を持っているわけではない。

 外見や性格的な特徴から、周囲のケモミミたちの間でいつの間にか名前が定まっていくのだという。


 琥珀色の瞳を持つから、柴犬耳のコハク。

 マイペースで気ままなだから、猫耳のヒメ。


 そして、大きくて頼もしいから強そうな名前で、馬耳のディルクだ。


 平原一の力持ちとも呼ばれている彼女は、倒木を動かしてコハクを助けてくれた以外にも、いろいろとエピソードを持っているらしい。


 たとえば、怪我をして動けなくなっているケモミミを見つけて、担いで助け出して介抱してくれたとか。

 ケンカになった時に間に割って入って仲裁してくれたとか。

 別の地域から流れて来た、悪さをする放浪のケモミミを大人しくさせた、などということもあったらしい。


 こういったことから、彼女はこの地域に住んでいるケモミミたちからずいぶん慕われているらしい。

 大きくて力持ちなのに気性が穏やかで、困っている相手には親切に手を差し伸べてくれる。

 弱い者を保護し、対立を解消し、治安も守ってくれる、というのだから、ありがたがられるのも納得だ。


(この辺りのボス、みたいな人だな)


 群れを作る動物はもっとも力強かったり知恵深かったりする者をリーダーとして選び、中心にすえて活動することが多いのだが、ディルクはまだにそんな存在であるようだった。


 その、ボスがいったい、なんの用事なのか。


 あからさまにおっかなびっくりとした様子だし、いきなり人間である穣司が前に出て行ったら話がこじれてしまうのではないかと心配して志願してくれたヒメが出て行くと、馬耳の女性は少しほっとした表情を見せた。


 同じケモミミが出てきたので、やはり話しやすいと思ったのだろう。

 問いかけに何度か身振り手振りを交えながら答えている。


 やがて、猫耳の少女は脱出艇の中に戻って来た。

 うまく話を聞き出すことができたらしい。


「それで、どうだったんだ? 」

「うん。……どうにも、あの人、この辺りに住んでいるケモミミの代表に選ばれて来たみたい」


 さっそくたずねると、ヒメはうなずいて自身が確認して来たことを話してくれる。


「あのね、ジョウジ。

 ジョウジには、いくつかの嫌疑がかけられているんだって」

「うん? けんぎ?

 なんか疑われているってこと? 」

「そう。

 まずひとつ目が、ケモミミの略取誘拐。

 ちょっと前に雨が降った日、「きゃーっ! ケモミミさらいーっ! 」っていう悲鳴を、かすかに聞いた人がいるんだって」

「……。あれか」「あの時のことみたいだね~」


 その言葉に、思わず穣司とコハクは顔を見合わせていた。


 ———身に覚えがある。

 柴犬耳の少女がこの脱出艇で一緒に暮らすようになる、そのきっかけとなった日の出来事だ。


 どうやらあの時に響いた悲鳴が、周囲のケモミミたちに聞かれ、誤解されてしまっているらしい。


「ひとつ目、っていうことは、他にもあるの? 」

「うん」


 うなずき、ヒメは説明を続ける。


「二つ目は、怪しいもので走り回っていたってこと。

 ガッシュンガッシュン、奇妙な音を立てていたから、ケモミミたちが怖がっているんだって」


 これも、身に覚えがある。

 宇宙服パワードスーツを身に着けて腐葉土を採取するために森へ行った時のことだ。


 やはりこの惑星の住人たちにとって、あの光景は異質に思えたらしい。

 人間は恐ろしげなものを使う、と、かねてからの噂もあって余計に怖がらせてしまったようだ。


「それでね。みっつめ」

「まだあるのか? 」

「うん。これが最後。

 私たち、畑を作って、作物を育てているでしょう?

 それで、これはいったい何をやっているのか? だって。

 怪しげな儀式の一種かなにかと思われているみたい」


 ケモミミたちは、自分で食料を生産する、ということが基本的にないらしい。

 コハクもヒメもそうだったのだが、みな、自然に手に入る食べ物、食べられる草花、そしてその果実や、木の実などを食べて暮らしている。


 だから、穣司が行っている農業も、奇抜に映るようだ。

 これはいったい何をしているのか。

 人間が怪しげな儀式をしているのに違いない。

 ———などと、疑われているということだった。


「要するに、オレは、周りに住んでる人たちにいろいろと怖がられて、疑われているから、ディルクさんが確かめに来た、っていうことなのか? 」

「ん。だいたいそんな感じ」


 眉間にしわを寄せながら確認すると、ヒメはあまり緊迫感の無い半目でうなずいた。

 それから、「あとね」と言ってつけ加える。


「もしケモミミを本当に誘拐しているのなら、今すぐに解放しなさい、だって。

 さもなければ、ディルクさんが乗り込んで、暴れるぞって」

「まいったね、こりゃ」


 コックピットのモニターに表示されている外の様子に視線を送り、穣司はため息交じりに肩をすくめる。


 ディルクは、相変わらずオドオド、ビクビクとしている。

 人間や、その文明の一部である機械のことが見慣れず、やはり恐ろしいのだろう。


 しかし彼女は、あくまで引き下がろうとはしなかった。

 ヒメに用件を伝えたからこれで役目は終わり、ではなく、内股になりながらもその場に踏みとどまっている。


 もし、穣司が誘拐した(と思われている)ケモミミを解放しなければ、乗り込んで救出する。

 それはハッタリでも何でもなく、本気なのだろう。


 力持ちだと評判の馬耳がどの程度の怪力を発揮するのか。

 その実力のほどは分からなかったが、しかし、確かめてみたいとは思わない。


 穣司の目的はこの惑星で生存サバイバルし、そして、今も漂流しているはずのケンタウリ・ライナーⅥの十万名の乗客を救うことなのだ。

 ここで望んでもいない対立を起こしてしまっては、メリットはなにもなく、デメリットしかない。


 ディルクはじっと、閉じられた脱出艇の出入り口を見すえて待っている。

 こちらの返答を聞くまでは立ち去らないつもりだろう。


「……とにかく、話をしてみるか」


 うまくまとめることができるか不安ではあったものの、穣司は、彼女と直接、対話をしてみようと決めた。

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