・3-5 第33話 「たのもー! 」

 ひとつ問題を解決すれば、また、新たな課題が浮かび上がってくる。

 終わりがないようにも思えるが、しかし、穣司たちは着実に進歩していた。


 なにしろ、自分たちで育てた作物でお腹いっぱいになることができるようになったのだ。


 ただ、得られる栄養素としては偏りが大きい。

 根菜類だけで葉物野菜が少なく、そしてなにより、たんぱく質などが摂取できていないからだ。


(野菜は……、当面は、カブの葉っぱとかを食べればなんとかなるか?

 タンパク質は、とりあえず豆類だな。

 見つけないと)


 肉か魚でも確保できれば話は早い。


 この惑星に不時着してから日数が経ち、徐々に、野生の動物や、魚類などが存在することも分かってきた。

 非常に数は少ないが、一度群れを作っている鹿らしき動物の群れを見かけたし、小川には種類のわからない小魚が泳いでいる。


 しかし、これらは食べることができなかった。

 コハクやヒメがどういった反応を示すか、怖くて試すことができないからだ。


 この惑星のケモミミたちは、人間が自分たちのご先祖様、つまりは動物を食べていたことから、恐れを抱いている。

 きっと、生物を食べることに強い忌避きひ感も持っているだろうし、聞いた限りでは、そういったものを口にしていた気配がない。


 そんな彼女たちの前で動物を狩って、食べようものなら。

 やはり人間は恐ろしい存在なのだと、嫌われてしまうかもしれない。


 魚ならもしかして大丈夫かも、哺乳類ではないし、とも思うのだが、こちらも試す気にはなれなかった。

 小川にいる小魚は本当に小さく、何十匹も集めないととても腹の足しにはならなさそうなのだ。


 それよりも、作物がうまく育つようになったのだから、植物性のたんぱく質の方が確保は容易なはずだった。

 大豆のようにたんぱく質を豊富に含む豆類を見つけて育てることができれば、付加製造装置(3Dプリンター)を使って携帯食料と同等のものを作成することができる。

 こちらはケモミミたちも問題なく、むしろ好んで食べているし、喜んでもらえるはずだった。


 また森まで行って腐葉土を確保し、畑を耕して、植え付けを行う。

 そうしたら、それらが成長するまでの間、新たな食用になりそうな植物、できれば豆類を探して、周囲の探索を行う。


 そういう予定を立てて日々を過ごしていたある日のことだ。


「たのもーっ! 」


 朝一の水やりを終え、また周辺の探索に出ようと準備を整えていたところ、脱出艇の外の方から呼びかけられた。


 精一杯に張り上げられた声。

 だけどそれはどこか自信がなさそうで、本当はやりたくないのだけど、そうしなければならないから仕方なく行っている、という感じがする。


「AI。誰か来たのか? 」

肯定ポッシブ

 新しいケモミミさんのようです。

 映像を表示します≫


 作業の手を止めてAIにたずねると、すぐにコックピットのモニターに外部の映像が表示される。


 そこには、一人のケモミミが立っていた。


 すらりとした長身。近くに置かれていたクワと比較すると、百八十センチ以上はあるのではないかと思える。

 ベリーショートで毛先が波のように踊っている赤みの強い栗色の髪に、馬のものに思える細長い立ったケモミミと、しなやかな毛並みの尻尾を持つ。

 瞳の色はわからない。なぜならその双眸そうぼうは凄く細められている、いわゆるキツネ目だからだ。


 身に着けているのはデニム生地に見えるホットパンツとジャケット、へそ出しのタンクトップ。

 スポーティでボーイッシュな装いだったが、身体つきから言って女性であろうと分かる。


 その思いきりの良い見た目に反して、———足元が内股になっている。

 両手も体の前で心細そうに組み合わされ、両耳は伏せられ、尻尾もしおれていた。


 おっかなびっくり。

 そんな様子だ。


「あっ! この人、わたし知ってるよ!

 ディルクさんだ! 」


 三人で顔を寄せ合ってモニター越しにそのケモミミの様子を眺めていたら、コハクが少し驚いた声をあげた。


「知り合いなのか? 」

「ううん、よくは知らないよ。

 だけど、この辺りだと有名だから」

「有名? 」

「馬耳さんなんだけど、すっごく力持ちなの!

 平原で一番って言われてるんだよ!

 それでね、すっごく、親切で優しいの。

 わたしも一度、森で倒木があって困ってた時に助けてもらったんだ」

「へ~。

 しっかし、そんな人がどうして、ここに? 」

「それは、わかんないな~。

 ディルクさん、優しいけど怖がりな所があって、自分からは人間さんのところには近づいて来ないと思うんだけど」


 コハクが首を傾げていると、また、そとから「たのも~っ! 」と呼びかける声が聞こえて来る。

 理由はまだ分からないが、こちらに用事があるのは間違いないらしい。


「どうする? 私が先に行って、話を聞いてこようか? 」


 すると、ヒメがそう提案して来た。


「いきなりジョウジが出て行ったら、驚かれるかもしれないし。

 私が、どういう用件でここに来たのか、聞いてこようか? 」

「ふむ……」


 穣司はあごに手を当てて、考え込む。


 ディルクという馬耳の女性は、すっかり怯えて、腰が引けてしまっている。

 きっと、人間はケモミミを食べてしまう、という話か、あるいはもっと酷い噂でも信じているのだろう。


 そんな彼女の前に急に人間である自分が出て行ったら、どうなるのか。

 パニックを起こして、まともな話し合いにならないかもしれない。


「たのも~っ!

 だ、誰も、誰もいないんですか~?

 い、いないなら、ボク、帰っちゃいますよ~! 」


 あまりにも反応がないために、留守なのだと思ったのだろう。

 ディルクは少し安心したようになってそう決めつけ、これ幸いと戻ろうと考え始めている様子だった。


 まだまだこの惑星のケモミミたちとは、十分に交流できていない。

 ここでその機会を失うのは、もったいない。


「すまないが、ヒメ、頼めるかい? 」


 そう考えた穣司は、猫耳の少女の提案を採用することにしていた。

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