・2-4 第23話 「森」
パワードスーツを身に着けた状態での走行速度は、時速四十キロメートル。
積載量を守っていれば、いつでもそれだけの速度を出すことができる。
歩いて三~四時間の距離であっても、これだけの速度で走ればあっと言う間に目的地についてしまう。
「は~、面白かった! 」
森の手前、まばらに木々が生え始める辺りまでたどり着いて立ち止まると、すっかり満足した様子のコハクがぴょん、と穣司の肩の上から飛び降りた。
ここまでは比較的平坦で、地盤もしっかりとしていたから問題なく走ってくることができたのだが、ここから先は木々の枝や葉などが頭上に張り出してきている。
このまま上に乗ったままでは少し危なかった。
「ジョウジ~! こっち、こっち~! 」
とりあえず周囲の土壌の成分でも調べようかと思っていたのだが、コハクはさっさと先に進んでしまって、早くこっちに来いと手を振って来る。
「いや、ちょっと待ってくれ。
まずはこの辺りの土壌を調べてから……」
「え? 奥に行けば、もっとたくさん、腐葉土っていうのがあるよ? 」
「そうなのか? 」
「うん! このまま案内するから、ついて来てね! 」
どうせ持ち帰るのなら、できるだけ良質な堆肥を得たい。
そう考え、言われた通りにする。
どうやらこのまま小川に沿って進んでいくらしい。
森は、どんどん深くなっていくようだ。
今は木々もまばらで地面によく日差しが届くため下草が生い茂っているが、曲がりくねりながら続いて行く川の先に視線を向けると、あまり草の生えていない地面が見える。
なかなか日差しが届かなくなるほど木々が密集して育ち葉を広げているおかげで、草があまり育たなくなっているのだ。
確かに、あそこなら良質な堆肥が得られそうだ。
先が見えなくなるほど数多く生えている落葉広葉樹林からは毎年、多くの葉が落ちたのに違いない。
そして厚く積もった落ち葉は自然の働きによって分解され、発酵し、豊かな養分を蓄え、しかもたっぷりと量があるはずだった。
「いい森だな……」
コハクに導かれるままに進みながら、思わずそう呟く。
頭上から降り注ぐ木漏れ日を全身に浴びて、深呼吸。
心地よくて、なんだか全身がリフレッシュされていくような、瑞々しさ、活力を感じることができる。
その昔は森林浴、といって自然を楽しむということが行われていたのだそうだが、こうしてみると、それが好まれていた理由もよく分かるというものだ。
「は~い、到着~!
ここが、わたしのお
気づいたら、見たこともないような巨木の前に立っていた。
何十人もが横に手をつないで、ようやく一周することができるような太い幹。
周囲の木々を圧倒するほど、かつて目にした軌道エレベータを思い起こさせるほどに高くのび、太い枝を大きく広げている。
その根元には、大きなうろがある。
そこがコハクの住処となっているらしかった。
「へ~。いい場所を選んだんだな」
穣司はすっかり感心して、素直な感想を
自然のただ中だ。
だがそこは、なかなか暮らしやすそうだった。
家として利用されている木のうろは、数人が寝泊まりしても十分な広さがあり、入り口から奥行きもあるので風雨をしっかりとしのぐこともできるだろう。
しかも頭上の巨木のおかげで他の木々が近寄ることができなかったのか、巨木が伸ばした枝葉と周囲の森の木々が伸ばした枝葉との間には段差ができ、ちょうどいい具合に切れ目になっていて、そこから日差しが地表まで届くので日当たりが良い。
極めつけは、目の前、一段下がったところを、これまでたどって来た小川が流れている、ということ。
すぐに清潔な水を確保できるし、高低差があるおかげで仮に大雨になっても水が
「えっへへ~。そうでしょ、そうでしょ~。
ここ、わたしも気に入っているんだ~」
自身の家を
だが、不意に寂しそうに曇る。
「って言っても、本当は、わたしが見つけたんじゃないんだけどね~。
なんていうのかな。
お兄ちゃん、みたいな人がいて、最初はその人のお
「お兄さん?
なんだ、コハクにはお兄さんがいたんだな? 」
「うん、と、本当のお兄ちゃんじゃないんだけどね~。
えへへ」
気恥ずかしそうな笑み。
(もしかすると、一方的にお兄さんとして慕っている、みたいな感じなのかな)
どういう感情なのかは分からなかったが、とりあえずそう解釈し、穣司は微笑む。
「お兄さんは、今、どうしているんだい?
ぜひ、会ってお話したいんだが」
「あ、えっとね。
お兄ちゃんは、ずっと前に……。旅に、出たの。
遠い、遠い、どこかに行っちゃった」
「旅? ……それって、ま、まさか……」
「あ、違う違う! 元気だよ?
……しばらく会えてないから、多分、だけど」
不吉な予感に青ざめかけたが、勘違いの気配を察したコハクはすぐに両手を振って違うと教えてくれる。
「なんでも、お兄ちゃんはなにか探し物があって、それを探すんだ、って旅に出ちゃったの」
「どのくらい前の話しなんだい? 」
「ええっと……。確か、季節が一巡したくらい前のことかな。
ちょうど今くらいの時期に、出て行っちゃったの」
「そっか……。それだけ長い間」
季節が一巡した、ということは、おおよそ一年前、ということだろう。
あくまで地球基準でのことになるが、数百日以上が経っていることになる。
「早く、帰ってくるといいな。コハクのお兄さん」
「うん。……早く帰って来て欲しいな。
ジョウジのこと、お兄ちゃんにも紹介したいし。
きっと、仲良くなれると思う! 」
そう言って笑ったコハクの顔からは、隠しきれない寂しさが
「それより、ジョウジ!
この辺りの土なんかは、どうかな?
きっと栄養たっぷりだよ! 」
自分の身の上話で雰囲気が暗くなってしまったことに責任を感じたのだろう。
少女はすぐに屈託のない笑みを浮かべると、元気を前に出して明るい声をあげる。
「ああ、そうだった!
すぐに調べてみよう」
穣司もそれに合わせてうなずくと、さっそく携帯情報端末のセンサーを用いて、周囲の森の地面に堆積している腐葉土の成分を調査する。
結果は、———良好。
今の畑にとって必要な養分を豊富に含む、良質な腐葉土だった。
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