・2-3 第22話 「パワードスーツ」

 どうすれば脱出艇がある場所から森までたどり着くことができるのか。

 コハクが教えてくれた道順は、単純なものだった。


「えっとね~。

 この、小川をずぅっとさかのぼって行けばいいの!

 こっちに来る時も、そうしたんだ~」


 広い地域エリアの中で、目印もなしに真っ直ぐに目的地にたどり着く、というのはけっこう難しい。

 方角を知ろうにも太陽は刻一刻とその位置を変えるし、真っ直ぐに歩いているつもりでも意外とその針路は曲がってしまったりするものだ。

 たとえ地図を持っていたとしても、自分は今ここにいるのだ、と判別する助けになる特徴

目印になるものがどこにもなければ現在位置を見失い、迷ってしまうだろう。


 だが、道しるべになるものがあれば、迷う心配はない。

 しかも小川は多少曲がりくねりながらずぅっと続いているから、なにも考えずとも、ただ辿たどっているだけで目的地にまで到着することができる。


「最初はね~、平原の方で、ドッカーン! ってすっごい音がしてね~。

 それでね、いったい、何が起こったんだろうって、川を辿たどってみたの。

 そしたら、ジョウジがいたんだよ! 」


 森で暮らしていたコハクがそこを出て穣司の所に来たのは、好奇心からであったらしい。

 脱出艇が墜落する音を聞いて、なにがあったのかを確かめに来てくれたのだ。


 この気まぐれは、幸運と言えることだろう。

 もしも彼女がこうして姿をあらわして、ケモミミたちのことやこの辺りについて教えてくれなかったら、この惑星でのサバイバルは行き詰って、停滞してしまっていたかもしれない。

 こうやって腐葉土を探しに行けるようになるのも、ずっと先のことになってしまっていただろう。


(おや? アレは……)


 川べりに沿ってガッシュンガッシュンとパワードスーツの足音を響かせて進んでいく最中、穣司は前方で人影のようなものが動いた気がして、思わず立ち止まって双眸そうぼうを細めていた。


「あ~、多分、他のケモミミさんだと思うよ?

 ここ、けっこう通り道に使う人も多いから」


 なにがあったのかを察して、コハクがそう教えてくれる。

 道に迷わずに済むし、喉がかわけばすぐに水も飲めるし、この小川沿いのルートはなにかと便利に使われているのだろう。


「なるほど、他のケモミミさんか……。

 そういや、なんか耳みたいなのがあった気がするな~。

 しっかし、どうして隠れちゃったんだ? 」

「う~ん、ソレ、多分、ジョウジの宇宙服のせいだと思うよ? 」


 今は銃も持ち歩いていないし、なにも危険なことはないはずなのだが、と首を傾げると、柴犬耳の少女は苦笑いする。


「えっ? なんで? 」

「だってソレ、おっきくて目立つし、なんか変な見た目してるし。

 ガッシュンガッシュン、音がするし」


 言われてみれば、この惑星で人類文明とは縁もなく暮らして来たケモミミたちからすれば、この宇宙服は脅威そのものに見えるだろう。

 外観は金属質で彼らには見慣れない光沢を持っているし、全高が二メートル以上にもなるのでよく目立つ。


 人間でも動物でも、潜在的に自分よりも巨大なものを怖いと感じることがある。

 大きい、ということはそれだけ質量が大きく、その重さを動かすことができるというのは、必然的に強力なパワーも持っている、ということだ。


 もし下手に接近して相手の機嫌を損ねでもしたら、簡単に怪我をさせられてしまう。

 実際に触れてみればなんでもない、少しも危なくないと分かることであっても、初めての時はやはり、どうしても警戒はしてしまう。


 まして、この惑星では人間は恐れられ、悪い噂が信じられている。

 避けられてしまうのは仕方がないことなのかもしれなかった。


(ずっとこのままだと、困るよな)


 穣司としては、もっとこの惑星の住人たちと交流を持ちたかった。

 コハクと一緒にいると孤独や退屈を感じずに済むし、自分だけで調べるには時間がたくさんかかったのに違いないことをすぐに教えてもらうことができる。

 そしてなにより、———やはり、愛らしいケモミミたちがいるのなら、会ってみたいのだ。

 きっと楽しいのに違いない。


 そこで、作戦を考える。


「ところで、コハク。

 ずっと歩いてると、疲れて来ないか? 」

「えっ?

 ……ううん、全然、平気だけど?

 慣れてるし」

「そうなのか? さすがだなぁ。

 だけどホラ、パワードスーツがあると、もっと楽だぞ? 」


 そう言うと穣司は、その場で軽く体操をして見せ、いかに身軽に動けるのかをアピールする。


「だからさ、せっかくだからコハク、乗って行かないか? 」

「え、えっと?

 の、乗るって、どういうこと……? 」

「こういうことさ! 」

「きゃっ!? 」


 そう言うや否や、戸惑って若干身を引いていたコハクを素早く捕まえ、パワードスーツのあふれるパワーでひょい、と持ち上げると、右肩の上に彼女を腰かけさせる。


「どうだ? いい眺めだろう!

 特別サービスだ、このまま森まで乗せて行ってやるよ。

 オレだけパワードスーツで楽をしてるのも、悪いしな」

「あ、えっと、ありがとう? 」


 あまい高いところは慣れていないのか。

 それとも、まだ機械の塊で、ガッシュンガッシュン音を立てて歩行するパワードスーツに少し恐れを持っているのか。


 少女は少し引きつった笑顔だったが、———それはすぐに、屈託のない、心底楽しそうなものに代わっていた。


「わ~っ!

 速い、速い!

 いい景色~っ!!! 」

「ははは! どうだ、大したもんだろう!? 」


 穣司が周囲に隠れているケモミミたちに見せつけるように駆けて行くと、風を浴びて心地よさそうにコハクが歓声をあげる。


 案外、パワードスーツの肩の上、というのは乗り心地がいいのだ。

 脚に取りつけられている姿勢制御装置により抜群の安定感があるし、しかもスーツの足首の周囲には衝撃を吸収し、搭乗者が不要に上下に激しく揺すられることがないように高さの変化を緩和する機構が備わっている。


 まったく揺れないわけではなかったが、自分で走るのとほとんど変わらない程度に収まるのだ。


 普段よりも高い視点で、しかも自分の足ではなく穣司に乗せてもらって。

 コハクはすぐにこの状況を楽しみ始めていた。


 そしてその姿は、周囲に身を潜めているケモミミたちにも見えていることだろう。


(これで、怖くないって分かってくれればいいんだけどな)


 そう祈っていると、頭上で少女が明るい声を出し、前方を指さしていた。


「あっ、ホラ、ジョウジ!

 森が見えて来たよ! 」


 彼女が言う通り、前の方に大きく広がる、豊かで深い森の姿が見え始めていた。

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