:第2章 「結成! 開拓団」

・2-1 第20話 「おっさんとケモミミと」

 地平線に朝日が昇る。

 夜空が白み、赤く染まり、すぐにまばゆい輝きがあらわれて、世界を照らし出し、暗い夜空が光に包まれていく。


「ジョウジ! 起きて!

 朝だよ~!

 あ~さ~っ!!! 」

「ぬぐわっ!? 」


 元気いっぱいのかけ声とともに体の上に衝撃と重みとを感じ、メカニック・エンジニアの多比良 穣司は今日も叩き起こされた。

 勢いをつけてコハクに馬乗りにされたのだ。


「おいおい、コハク……。

 もうちょっと、優しく起こしてもらえないのか? 」

「えっへへ~。

 だって、こうすれば一回で起きてくれるでしょ? 」


 軽く睨みつけながら文句を言っても、柴犬耳の少女はまるで悪びれることなくにこにこと笑うだけだ。

 本気で嫌がっているわけではないと知っているのだろう。


「それより、今日も農作業、頑張ろうよ!

 外はいいお天気だよ! 」


 そう元気に言うと彼女はそのまま、バタバタと、寝室代わりに使っている冷凍睡眠室から駆け出していく。


「AIさんも、おっはよ~! 」

≪はい、お早うございます、コハク≫


 脱出艇のAIにも朝の挨拶を済ませると、コハクはそのまま外に駆け出して、作物に水をやるために付加製造装置(3Dプリンター)で新しく作ったジョウロを手に取って近くの小川に向かう。


「やれやれ。元気だね~、まったく」


 すっかり脱出艇での暮らしに馴染んだ姿に思わず微笑んだ穣司は、ボリボリ、と身体をかきながら立ち上がり、自身も畑に水やりをするためにその後を追った。


 実際のところ、こうしてコハクに朝、叩き起こされるのは嫌ではなかった。

 一人きりの孤独な、未知の惑星での生活には寂しさを覚えていたところだったのだ。

 こうした誰かと一緒に過ごす時間は、それだけで楽しいし、なんだかいつも元気をもらえるような気がする。


 あの雨の日から一週間近くが経ち、二人は共同生活を始めていた。

 コハクが、穣司が行っている農業に強い関心を示したからだ。


 最初は「なにしてるの? 」とたずねて来るだけだったが、そうしている間に自分でもやってみたくなったらしい。


 あるいは、何度かおこぼれをもらっている内にすっかり味を占めたのかもしれない。


 この惑星に暮らすケモミミたちは、料理、というものを知らなかった。

 焚火などを起こして食材に火を通す、ということさえしていなかったという。


 調理をしたことで柔らかくなって、風味の良くなった食事。

 それを、生のままで食べるより「美味しい」と感じるのは穣司とまったく同じであったらしく、彼女は好んで料理をするようになっていた。


 美味しいものを食べたい。

 ———結局のところは、食い気なのかもしれない。


 もっとも、やはりお肉の方が好きらしい。

 一番喜んでくれるのは携帯食料の、例のステーキ味だった。


(アレも、いつかは自前で用意できるようにしないとな)


 ジョウロを両手に持って小川に向かいながら、穣司は今後の計画にそれもつけ加える。


 肉なら、この惑星の動物を狩って確保することも考えた。

 しかしケモミミたちは、そういった自分たちの先祖を食べていた人間のことを酷く恐れ、嫌っている。


 そんな彼女たちの前で、獣肉を食べようものならどうなるのか。

 受け入れてくれればいいのだが、思いっきり嫌悪される可能性の方が大きいと思える。


 ようやくここまで打ち解けることができたのに、その関係を壊してしまうのは絶対に嫌だ。


 かといって、携帯食料には限りがあり、いつか食べることはできなくなってしまう。

 コハクが喜んでいる姿も見られなくなるだろう。


 それも嫌だ、となると、自分で作るしかなかった。


 幸い、何度かチャレンジすれば再現は可能なはずだった。

 驚異的に長い消費期限こそ実現はできないだろうが、味については、成分分析もできているしなんとかなる。

 生産装置は付加製造装置(3Dプリンター)で作れるし、材料は農業がこのまま軌道に乗れば調達できるだろう。


 これまでの収穫はいずれも期待外れに終わっていたが、しかし、今回はかなり、見込みがありそうな感触だ。


 やはり、今までは水やりの回数が足りなかったらしい。

 だが雨が降ったおかげで十分な水分が供給されたのか、三回目の収穫となったカブは以前よりも実が詰まっていて、明らかな進歩を感じさせてくれる出来栄えになっていた。


 この惑星の作物は異様に成長が早い。

 その分、多くの水分を必要とし、たまに降る雨だけでは足りないから毎日、人力で与えてやる必要があったのだ。


 以来、こうして毎朝小川まで水を汲みに行き、畑に水をやるのが日課となっている。


「うんしょ、こらしょ! 」

「どっこいしょ! 」


 たっぷりと水を貯め込んで重くなったジョウロを二人で一緒にかけ声をかけながら運び、少し作づけ面積を増やした畑に水をやる。


 友達と一緒にやっている、というのもあるのだが、穣司はこの瞬間が好きだった。

 朝日に向かって力強く葉を伸ばそうとする作物の葉についた水滴が光を浴びてキラキラと輝き、とても美しく、生きる希望を感じることができるからだ。


(オレは、この惑星でも生きていける)


 生存サバイバル

 その見込みが立ちつつあった。


 だが、まだ十分ではない。

 前よりもマシになったとはいえ、作物の味はまだまだで、調べてみたところ栄養価も低く、これでは健康的な食生活は実現できそうにない。


 この惑星で生き抜くためには、もっと、手を加え、工夫をする必要があった。


「今日の水やり~、おしまい! 」


 三つのジョウロが空になるまで畑に水分を与え終えると、朝飯前の一仕事を終えたことに満足そうなコハクがぴょんと飛び跳ね、穣司の方を笑顔で振り返る。


「それじゃぁ、ジョウジ! 今日は、なにをするの? 」


 これも、ここ最近の日課になっている。

 ケモミミの少女は、人間のやることになんでもかんでも興味津々で、こうしてたずねて来るのだ。


「そうだなぁ……」


 携帯情報端末のセンサーを用いて土壌に含まれる水分量が十分なこと、そして、相変わらず養分が少ないことを確かめた穣司は立ち上がると、うなずいてみせる。


「今日は、少し遠出をしてみないか? 」

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