・1-4 第12話 「農業ビギナー」
たった一人で始めた、サバイバル生活。
なにもかも自分で考えて行わなければならないので、なにかと大変だ。
ただ、便利な道具がそろっていた。
付加製造装置(3Dプリンター)。
三次元的なデジタルモデルを元として、複雑な形状であっても大抵のものを製造することのできる装置が脱出艇に搭載されている。
適した材料さえ確保することができれば、大抵の部品を作成することができる。
これさえあれば、
まずはどこの修復から手をつけるのか。
その計画を練りつつ、穣司は周辺の探索を続け、これから必要になりそうな素材や、食料になりそうな植物の種子をかき集めた。
数日間は、あっという間に過ぎ去っていく。
「やっぱりここ、地球、なんじゃねぇかなぁ……」
そうしている間に、穣司はそんな思いを強くしていった。
似ている。
あまりにも。
この惑星は自転していて、昼夜の概念がある。
昼には太陽が一つだけ昇り、夜には月がでて、周期的な満ち欠けをする。
おまけに、計測してみたところ、一日の長さは二十四時間。
多少のズレはあったものの、地球とほぼ同じなのだ。
身に着けていた宇宙服を脱ぎ去り、一般的な作業着に着替えたから、肌でも感じることができる。
ここの空気の感触は、幼少期を過ごした地球の養育施設で毎日接していたものにそっくりだ。
ただ、まだまったく同一のもの、という確信は得られなかった。
一日の長さがわずかにズレているというのもあるし、夜空に顔を見せる月の模様が、地球から見えるものとはまるで異なっているからだ。
人類の故郷から眺める月は、美しかった。
表面が滑らかで、世界各地で様々な伝承を生んだ独特の模様がある。
だが、この星から見えるものは、
まるで無数の隕石が降り注いだ後であるかのように、でこぼことしていて荒れている。
「案外、本当に異世界とかなのかもな」
半分は冗談、半分は本気で、そんなことを呟く。
事故があった後、なんらかの未知の現象に遭遇して、気づかないまま次元を飛び越え、自分が元いた場所とは別の世界にたどり着いてしまった、という説は、少々説得力があるように思えた。
似てはいるものの、明らかにこの惑星は地球ではなかった。
確信をもってそう言える根拠は、人類文明の痕跡が、今のところ見られないということだ。
穣司の知っている地球は、人類の手によって大きく手が加えられ、開発されていた。
地表には多くの巨大な人工物が並んでいたし、軌道エレベータといったような、宇宙にまで達するほどの建造物まであった。
それらがすべて
タイムマシン、タイムスリップ、という概念は知っている。
だが、星間航行をなんとか成し遂げた人類でもまだそういった技術の発明には至っておらず、時間は相対的な流れ方に変化はあっても、不可逆的なものだった。
だとすれば、やはり、ここは地球とは呼べないだろう。
人間が築き上げた都市も、その痕跡さえも、見つけることができないのだから。
そんなものは最初からなかった場所に流れ着いたと考える方が、自然に思える。
もっと調査を進めて行けばより詳しいこともわかるのだろう。
穣司はとにかく、自分に焦らないように、と言い聞かせながら、一つ一つ、できることを片付けていく。
半径数キロメートルほどの範囲を調査し終え、手に入る材料をかき集めると、さっそく、3Dプリンターを使用して道具を生み出した。
完成したのは、———
土を深く掘り起こし、耕すための農機具だ。
というのは、なるべく早く作物の栽培に着手したかったからだ。
これからなにが起こるか分からない以上、長期保存、具体的に言えば半永久的に劣化しない非常用食料を温存しておきたい。
そのためには、現地で調達できる作物が必要だった。
気候は、地球にある四季で言えば、春に相当するものだと観測データは示している。
収穫までにどれほどかかるのか、地球と同じく四季があるのかは分からなかったが、穣司はひとまず、入手できた種子の中から、この季節にまくのが良いとされている種類を選んで畑に植えた。
といっても、地球で栽培されていたものとは微妙に異なった作物だ。
特徴的に似通ってはいても、完全に一致はしない。
とりあえず植えたのは、カブ、ニンジン、ジャガイモ、その特徴と概ね一致する植物だ。
まずはお試し、といったところ。
耕した土に種をまいて、脱出艇から脱落した外板を加工して作ったたらいのような物で、探索中に近くで見つけた小川から真水を
そうして初めて分かったのだが、———この惑星の植物は、ずいぶんと成長が早い。
植えて翌日には芽が出たと思ったら、数日で実が成り始めた。
特に、カブに類似している植物。
一週間もしないうちに葉がのびきり、土の中に白い大きな根が膨らんでいる。
「なんだ、これ? 中身スッカスカ。
食えるところ、ほとんどないでしょ、コレ……」
だが、楽しみに収穫をし、食べるために包丁を入れた穣司は、先行きの暗さに落胆していた。
カブといえばアブラナ科の植物で、丸々と太くなる根の部分が特に美味しいのだが、上の葉っぱの部分は大きく育ち、一見、根の部分もしっかり膨らんだものの、収穫して切ってみると中身はスポンジのようになっていた。
食べられるところなんてほとんどない。
これでは、少しも腹の足しにはならないだろう。
ようやく、新鮮で美味しい食べ物を口にすることができると思っていたのに。
落胆は小さくはなかった。
これまでは、非常用食料と、周辺で採集した植物で腹を満たして来た。
だがさすがに何日もとなると食べ飽きて来るし、調達出来たものは味がイマイチで、3Dプリンターで調理器具を作成し火を起こして煮たり焼いたり、できるだけ調理を試みたものの、到底満足できる味わいは生まれなかった。
苦労して手にマメを作りながら耕して育てたのだから、少しはマシなものが食べられるだろう。
そう期待していたのに。
「いやはや。農業も、なかなか大変だねぇ」
どこか疲れた調子でそう呟き、とりあえず今日も非常用食料で空腹を満たそうと、お気に入りのイスとして使っている脱出艇から
見ず知らずの惑星に、
十万人を救う、という使命をこなすために生き抜こうとしているが、なにをやるにも自分だけ、という状況は、なかなか
(ま、とりあえず、飯にしようかね……)
ちょうど昼に相当する時間になっていることを携帯情報端末で確認すると、穣司は気を取り直して食事をすることにする。
「ありゃ。ない。……どこやったんだっけ? 」
だが、そこに置いてあったはずの食料の姿が見当たらない。
「おっかしーな~……。ここに置いたはずなんだけど」
何度も探してみるが、やはり、ない。
いぶかしんでいると、不意にどこかから、カリカリ、カリカリ、と、何かをかじる小気味よい音が聞こえて来た。
思わず、穣司はその場に立ち上がって、視線を鋭くし、周囲を見渡す。
この惑星に不時着して十日以上も経過していたが、これまで、自分以外の生物には出会っていないからだ。
自分はなにもしていないのに、こんな音が聞こえる。
空耳ではないのだとしたら、穣司以外の誰か、あるいは動物がいる、ということだった。
これまでは平穏に過ごして来ることができたが、この星に危険な生物がいない、とは言い切れない。
万が一の時は、この武器だけが頼りだった。
安全装置を解除した穣司は、聴覚に意識を集中し、音がして来るのは自分から見て、脱出艇の反対側だろうと結論付ける。
相手がなに者であれ、できるだけこちらの存在に気づかれたくはない。
先に様子だけ見て、危険か安全か、どう対処するべきか、考える時間が欲しい。
そう思った穣司は足音を忍ばせ、慎重に、音のする方向へ向かって行った。
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