・1-3 第11話 「惑星探検」

 AIに命じてハッチを開かせると、濃密な植物の香りが押し寄せて来た。


 少し湿気を感じ、草と、土のものが入り混じったにおい。

 一瞬むせそうになるほどだった。


「懐かしい……」


 遠い記憶が呼び起こされる。

 もう、二十年以上も昔のことだ。


 人口維持のための政策の一環として人工授精によって生を受け、培養槽の中で誕生した多比良 穣司は、かつて日本と呼ばれていた地域で育った。

 当時、人類社会は発展を遂げており、あちこちに何層もの階層構造を持った巨大都市が誕生していたが、そうではない、昔ながらに近い景観を維持していた、いわゆる田舎だ。


 人口を、つまりは社会を維持するために必要な頭数を確保する要員として機械的に生み出したのにも関わらず、どういうわけか、そういった子供はなるべく自然の中で育てる、という凝った方針が取られていた。

 定期的に手を入れなければ生命力豊かな植物によって飲み込まれてしまうのではないかと本気で心配になるような地方に大勢の子供とその面倒を見る大人、そしてアンドロイドたちが集められた養育施設があり、そこに受け入れられたのだ。


 その施設で、夜でも明かりの絶えない階層都市や、天まで続く巨大構造物である軌道エレベータなどを眺めながら成長した穣司は、いつの間にか地上ではなく宇宙そらで暮らすことを夢見るようになっていった。

 自然は豊かであっても、田舎での生活は退屈に思えてしまったからだ。

 それに対し、発展した人類文明とその象徴である宇宙航路は、魅力的に思えた。


 だが、今となってはあの頃が無性に懐かしい。

 まったく同じではないものの、生命にあふれた空気が、感傷を呼び起こす。


(今頃、あそこはどうなっているかな……)


 今までは故郷を恋しく思うことなどなく、宇宙の船乗りとして生きることに集中していたが、アラフォーにもなるとどういうわけか気になって来てしまうから、不思議なものだ。

 星間連絡船の遭難という、自分一人で抱え込むには大きすぎる出来事に遭遇してしまった、というのもあるだろう。


 それもこれも、まずは、生き延びてからのことだ。


「さて。やるか! 」


 気合を入れ直した穣司は、柔らかくブーツを包む下草で覆われた草原に降り立った。


 まずは、脱出艇の損傷の確認。

 壊れてはいても現在の自分にとっては唯一の生命線であり、当面は家として使わなければならないのだから、最優先で確かめなければならない。


 どこが、どの程度壊れているのか。

 修理が可能なのか。

 可能だとしたら、どんな道具や部品が必要になるのか。

 もしくは、何かに転用できそうなものはないか。


 メカニックとしての経験を総動員して、徹底的に洗い出していく。


「思ったほどじゃないな……」


 一通り確認を終えると、穣司はほっと胸をなでおろしていた。


 確かに、壊れている。

 外観からもそのことはよくわかる。

 本来あるべき装置が脱落していたり、潰れていたり。

 外板が剥がれ落ちて内部が露出している場所もあるし、全体的に、大気圏に突入した影響なのか焼け焦げているし、船尾方向には接地した際にえぐってできたのか、長く土が掘り起こされた痕跡が続いている。


 だが、これは完全に制御を失って地面と衝突した墜落ではなく、ある程度の制御を残したまま、損害をできるだけ抑えるように着陸した不時着であった。

 専用の測定機器でもなければきちんとしたことは分からないが、艇体に目だった破損はない。


 つまり、時間はかかるが、必要な道具と部品があれば修復が可能ということだ。

 幸い、修理の腕前の方は足りている。


「……問題は、システム系の方か」


 外傷が思ったよりも少なかったことから、AIが、システムの多くの機能が失われている、と診断した理由は、ハードよりもソフトの方に比重が大きいということもわかった。


 メカニックのことなら何とでもする自信はあったが、システム方面のことはやはり、よくわからない。

 簡単なプログラミング程度ならば自力でもできるが、その程度で解決するような問題ならば、AIが自動的に修復してしまっていることだろう。


 脱出艇の状況は、概ね把握することができた。

 地面に埋まっている部分については物理的に確認が不可能であるため、まだ絶対に、とは断言できないが、自らの手で修復は不可能ではない。

 少なくとも、機械的な部分に関しては。


 頭の痛い課題が浮き彫りになった形ではあったが、穣司はそのことを憂慮しつつも、次の作業に移って行った。


 周囲の植生の確認。

 そして、土壌の分析だ。


 修理が可能とは言っても、どうしても一定以上の時間はかかるだろう。

 だとすれば、その間の食料を確保する必要がある。


 当面は脱出艇に搭載されている非常食糧で間に合うはずだった。

 定員二十人分のサバイバルキットが用意されていてそれらのすべてを利用すると考えると、半年以上は余裕で耐えられる計算だ。


 だが、こうした長期保存が可能な食料は、できれば残しておきたかった。

 まずはプランAとして星間通信が可能な通信装置の製造を目指すことになるが、脱出艇を航行させて、無理矢理通信が届く距離まで航行することもプランBとして考えている。

 そうなった時、この非常食は必要となるだろう。

 あまり軽々しく使い切るわけにはいかなかった。


 だから、現地でなるべく食料を得たい。

 植生を調査してその中から食用に適した品種を探し出すのと同時に、土壌の成分も把握して、自力でそれを栽培できるようになりたかった。


 持ち込んだ携帯情報端末のセンサーを利用して分析を進めて行く。

 植物学者が用いるような専用の機械ほどの能力はなかったが、それでも、栄養成分や、毒物の有無は判断できるし、土壌に含まれる物質の割合も調べることができた。


「大丈夫そうだな……」


 似ている、とは思っていたが、この辺りに生えている植物はすべて、地球由来のものであるらしい。

 まったく同一というわけではなかったが、穣司も口にしたことのある種類の作物の系譜に連なるらしいものが数種類見つかり、栽培品種の候補にすることができた。


「……う~ん、微妙」


 毒性がないことを確認し、試しにひとつ、つまんで口にしてみる。

 あまり美味しくはない。

 パリパリとした葉っぱで、風味は新鮮だったが、味気ないし、固い。


 だが、間違いなく食べることはできそうだった。


 やはりこの惑星は、人類と関わりのあるものであるらしい。


 土壌の方は、———せている。

 一見、周囲には豊かな自然が広がっているように思えたが、農耕には適していない。

 具体的に言うと、有機物や、いくつかの物質が不足している。

 先ほど口にしたものが美味しくなかったのも、それが原因だろう。


「ま、ボチボチ、やるかねぇ」


 脱出艇からがれ落ち半ば地面に埋もれた破片を見つけ、ちょうどいい高さのそれに腰かけた穣司はそう呟く。


 十万人の乗客を守らなければならない。

 船乗りとしての誇りが、そして、多くの仲間が犠牲になったのだという思いが、焦燥感をかき立てる。


 だが、やれるのは、できることをひとつひとつ着実に実行していくことだけだ。

 穣司は二十年の経験を持つベテランだから、慌てて、失敗してしまったことだって過去にはあった。


 じっくり腰をすえて、課題と向き合っていくつもりだった。

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