植物質宇宙人あらわる
金澤流都
1 やべえもんを見た
やべえもんを見た。
なにがやべえってアパートの隣の部屋の紳士が、全裸で窓からの太陽の光を浴びていたのである。
なんでそんなものを見てしまったのかというと、高校に行こうとアパートを出て、ふと顔をあげたらたまたま隣の部屋の窓が目に入ってしまったのである。
隣の部屋の紳士は実に気持ちよさそうに、僕に見られたことなんかいっさい気付かない様子で、太陽の光をこうこうと浴びて輝いていた。
その輝く様子は、学校の花壇のマリーゴールドやらサルビアやらに水をやったときによく似ていた。そんなこたぁどうだっていい、とにかく学校に急ぐ。
僕は園芸委員なので学校に着いたらグラウンドの花壇に水をやらねばならない。面倒ゆえ陰キャの僕に押し付けられた仕事である。
でもそれはそれで、僕にとってなかなか幸せな時間でもあった。古いプラスチックのジョウロに水を汲み、ジャバジャバとマリーゴールドやサルビアに水をやる。
植物が喜んでいるのがわかる。うっかりニコニコと水やりをして、グラウンドで朝練に取り組むサッカー部員に不気味なものを見る顔で見られている。
植物を世話するのは楽しいことだと思うのだが、なにか変だろうか。
さて、高校の授業が終わり、帰宅部の僕はリュックをかついで校舎を出た。
通学路に小さな花屋があって、横目にチラチラ見てからアパートに帰る。ベランダがもうちょっと広ければ花を飾りたいのだが、あいにくうちのアパートは死ぬほど古いボロアパートなのでそういうことはできない。
うちのアパートは一階が大家さんの家になっていて、二階から上がアパートだ。僕の部屋は三つあるうちの真ん中で、お隣には紳士、反対のお隣にはきれいなお姉さんが住んでいる。
僕は諸事情あって一人で暮らしていて、ここ以外に住めるところはない。おそらくお役所の福祉関係のところにお願いすれば僕のような境遇の子供を集めた施設に入れてもらえるのだろうが、正直そういうところだと一人の時間というものが確保できないのではないだろうか。
僕は一人でいるのが好きだ。
部屋のなかに置かれた小さいアジアンタムに水をやる。アジアンタムはあまり強い光線が必要ないと聞いて買ってきたものだ。
紳士の住んでいる隣の部屋には東向きの窓があるが、僕の部屋の窓は北向きで、夏でも薄暗い。いくらなんでも光が足りないらしくアジアンタムはいささかしょげている。
なんとか元気にしたいのだがなにをすればいいのだろうか。やはり少し明かりに当てねばいけないのかもしれない。
スマホをいじり、ネットショップで植物用のライトを物色するも、僕の小遣いでは厳しいものばかりだ。
だが親戚に頼るのは嫌だ。なにかいい策はないだろうか。そうだ、徒長が少しよくなるまで、外の物干し場に置かせてもらおう。
アジアンタムを抱えて物干し場に向かう。ここは共用のところだ。ベランダを確保できなかったぶん用意されたらしいのだが、お姉さんの下着が風に吹かれてぶらぶらしていたりしてドギマギすることもたまにある。
きょうは紳士がハンカチを干していた。なるほど紳士である。泣いているレディにそっと差し出すのであろう。
「やあ、こんにちは」
「あっ、ども、こんにちは……」
嫌なものが脳裏を過ぎる。そうだ、この紳士は自宅露出狂だった。それを見てしまったことを言うべきか言わざるべきかしばし考えたのち、僕は小声で言った。
「なんで脱いでたんですか」
「ん? なにかな?」
「いえ、なにも……」
「こんにちはぁー!!!!」
面倒なことにお姉さんが現れた。お姉さんは女子大生らしいのだが、そんなピチピチした生き物がこういうたたみにキノコの生えそうなアパートに住んでいていいのだろうか。
お姉さんは恥じらいも遠慮もなく、洗濯物をどんどん干し始めた。とても手際がいいが下着は室内干しにできないだろうか。
僕は日当たりにそっとアジアンタムを置いて、そそくさとその場を逃げ出した。
◇◇◇◇
「ややこしいことになった」
「なにがです? 地球人の間で暮らすかぎり、我々の存在が表沙汰になるのはやむを得ないことでしょう。事実そうなった場合はアメリカの国防総省が責任をとるはずです」
「いや、もっと小さなスケールだよ」
紳士――植木松之助は鼻に皺をよせた。
お姉さん――谷りとは怪訝な顔をする。
「どうやらきょうの光合成を、地球人に目撃されたらしいんだ」
「それのなにがややこしいんですか」
「私は光合成は全裸でやりたいタイプでね。地球人の衣服を着ていると太陽光が遮られていけない」
「マジでなにやってるんですか!!!!」
りとは絶叫した。松之助はまあまあ、とりとをなだめる。
「ここは我々の故郷じゃないんですよ! すっぽんぽんになるのは恥ずかしいことです! それくらいの常識もないなら星になってしまえ!」
「どうどう。りと君、どうどう。まあ大丈夫だよ、見たのはこのアパートの少年一号だ」
「ぜんっぜん大丈夫じゃないんですけど。少年一号は確かに我々に悪意を向けることはないとは思いますが、軽率な行動は避けるべきです。もし少年一号でない人に見られたらお巡りさんにしょっ引かれるんですよ!」
りとは全力で激怒した。松之助はビックリしている。
「ま、まあ、そう怒らないでくれたまえよ。これをきっかけに、ちょっと考えたことがあってね」
「まぁたどうせろくでもないことなんでしょう」
松之助は似合わないウインクをしてみせた。りとははああ、とため息をついた。
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