軟派なイケメン堕天使は、最強不幸女子を幸せにする。

サイトウ純蒼

第一章「地上に堕ちた天使」

1.堕天使、地上に降り立つ。

(また騙された……)


 花水かすい詩音しおんはひとり、夜の歩道橋の上を歩く。

 下には車のヘッドライトの川が無機質に流れ、周りのビルには無意味なネオンが光る。白のワンピースに裸足。まるで魂を抜かれたかのようにすり足で手すりへと向かう。



 ――ここから落ちれば、楽になる。


 痛いのかな。痛いけど今の苦痛に比べれば一瞬のこと。こんなに辛いことばかりならもういい。風に吹かれる詩音の黒髪。その頬に一筋の涙が流れる。



「さようなら……」


 そう無意識につぶやいた詩音の背中から大きな声が掛けられる。




「よお!! お嬢さん!!」


「え?」


 あまりに大きな声。誰もいない歩道橋の上にその男性の声が響く。


「あの……」


 振り返った詩音がその男を見つめる。着崩したシャツに、ラフな白のジャケット。サラサラの金髪に二度見するほどのイケメン。戸惑う詩音にそのイケメンは近付き、爽やかな笑顔で言う。



「俺がお前の使になってやるよ」


 何を言っているのか分からない詩音。だが次の瞬間、想像もしていなかったことが起こる。



 ガバッ!!


「……え?」


 突然金髪のイケメンが詩音のワンピースのスカートをめくり上げた。露わになる白の下着。何が起こったか一瞬理解できなかった詩音だが、次の瞬間勝手に手が動いていた。



 パアアアアン!!!!


「ぎゃっ!?」


 渾身の平手打ち。こんなに思いきり人を殴ったことがないほど豪快な一撃が金髪に打ち込まれる。



「変態っ!! いきなり何するんですか!!!」


 詩音は顔を真っ赤にして激怒し、つかつかと立ち去って行く。平手打ちを食らって仰向けに倒れた金髪が、星空を見上げながら思う。



(やっぱ簡単にはいかねえのかな……)


 少し前の出来事を思い出した。






「ライム、お前を『地上追放の刑』に処す!!!」


 天使や神が住むと言う天界。その世界の末端で大天使ミカエルより、ライムは最も重い刑のひとつである『地上追放』を言い渡された。


「そ、そんな!? どうかお許しを……」


 地上に堕とされることは天使にとって最も辛い苦行のひとつ。女好きで自由気ままに遊んでいたライムにとっては受け入れがたい刑。ミカエルが言う。


「我が娘を誑かし、他の女にまで手を出すとは絶対に許せん!! 地上でそのごうを浄化させよ!!!」


「ミ、ミカエル様ーーーーっ!!!」


 ライムは目の前が真っ白に輝いたかと思うと、体がどこかへ向かって急降下していることに気付いた。



(マジか……、天界追放だなんて……)


 悪行を働いた天使が堕とされる地上。業やカルマが蠢く無法地帯。その地上で天使本来の役目である『人間を幸福』にすれば天界に戻れるのだが、浄化する業の量を考えれば気が遠くなるほどの年月が必要となる。

 地上に落ちながらライムが覚悟を決める。


(仕方ない。最高に不幸な人間を見つけて俺が幸せにしてやるか……)



 そんな彼の目に映る地上世界。ネオンに溢れ、いくつもの笑い声も聞こえる。地上世界も悪くないかなと思い始めていたライムの目に、その歩道橋の女が映る。


「見つけた!! 不幸度マックスの女の子!!!」


 ライムは音も立てずに歩道橋の上に降り立つと、手すりを掴んで飛び降りようとする女を凝視する。



。早速、仕事だ!!)


 ライムは黒髪の女性に近付き、笑顔で声を掛ける。



「よお、お嬢さん!! 俺がお前の守護天使になってやるよ!!」


「え?」


 いきなり声を掛けられ戸惑う女性。だがライムの視線は彼女のワンピースのスカート部に向けられる。



(そこか!!)


 ライムは女性に近付くと躊躇いなく彼女のスカートをまくり上げた。同時に指二本を立て空を斬り、小さくつぶやく。



天域展開ユニヴァース


 それと同時にライムの体から円を描くように光の波しぶきが起こり、四方へと広がって行く。消える音。止まる時間。天使の能力である『天域展開ユニヴァース』。自身の周りに天界と同じ領域を作り、そこに潜む『魔』を炙り出す。



「ギギギギッ……」


 まくり上げられたスカートの中。女性の足にしがみつくように小さな悪魔が姿を現す。ライムが握った両拳を前に差し出し、まるで鞘から剣を抜くよう腕を広げる。



「お前が呪魔じゅまか。初めて本物見るけど、まあダッセエ顔だな」


 ライムが鞘を抜き終えると、右手には眩しく光る剣が発現する。ライムが呪魔を見ながら思う。



死魔しまの類か? なるほど、だから彼女は命を絶とうとしていたのか)


 呪魔の種類によって発生する不幸は異なる。彼女の場合死を誘う呪魔が憑いていたため歩道橋から飛び降りようとしていたようだ。ライムが言う。



「その子、とっても不幸っぽいんで俺が守護することにしたよ。だからお前、消えよ」


「ギ、ギギッ!?」


 呪魔はライムを見て怯えた表情を浮かべる。そして彼がその光る剣を振り上げたと同時に空に向かって逃げ始めた。



「逃がさねえぞ。天使の剣エンジェルブレード!!!」


 ザン!!!


 まるで流星の様に輝きながら振り下ろされた光の剣。呪魔は抵抗することなく真っ二つに斬られ、煙となって消えて行く。

 ライムが剣を収め、消えて行った呪魔とスカートをまくり上げられたまま止まった女性を見ながら言う。


「よし、これで完了か。それにしてもこの子、一体どれだけの呪魔に憑かれてんだ??」


 女性の体から感じる強い呪の力。それらがお互いに牽制し合い一見分からないように見えるが、相当強力な呪魔に憑かれている。

 ライムが露わになったままの下着をだらしない顔で見て言う。



「可愛いな~、まあこれも仕事仕事。不可抗力。仕方ないこと。むふふふっ……」


 ライムが決意する。


(よし、やはりこの子の守護天使になってやろう。これだけの呪魔を祓えば早期の天界復帰も夢じゃない!!)


 ライムは何度も頷きながら心を決める。そして再び指二本を立て、空を斬るように言う。



解除リリース


 同時に解かれる天界領域。動き出す車。鳴り出す音。まくり上がったスカートもふわっと元に戻る。




 パアアアアン!!!!


「ぎゃっ!?」


 天域を解いた瞬間に殴られるライム。女性は顔を真っ赤にして叫ぶ。



「変態っ!! いきなり何するんですか!!!」


 そのまま彼女は激怒しながら立ち去って行く。勢いで後ろに倒れ、仰向けになったままのライムが夜空を見つめながら思う。



(やっぱ天界に戻るのは簡単じゃないな……)


 最強不幸女子の詩音と、軟派なイケメン堕天使ライムの出会い。ここから物語が始まる。

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