異世界07.爆速で過疎地の人口を10万人以上にする【地形操作】女子高生
「君には無理だと思うがねえ、この街の人口を5年以内に10万人にするなんて」
どこもかしこも、くまなく
重厚な樫のテーブルを挟み、向かい合う形で座っていた。
部屋には、昔ながらの木造建築に似つかわしくない電光掲示板が置かれていた『00002648』と数字が表示されている。その意味は見当もつかない。
男は、革のソファに背を預け、細目でこちらを見ていた。煙を、口から吹き出し、煙草を灰皿に押し付ける。
立ち居振る舞いも隙だらけだ。死合うとしたら、3秒はかからないだろう。
「し、市長、どうしましょう。このままですと、この
隣に座っている秘書の坂下は、目に涙を溜めていた。
「そうか、今回の私は市長なのか」
今日はバンドの練習日で、集合時間まで残り10分であった。
理空は、テーブルの上に乗っていた「子猫のひとくちモンブラン」を口に放り込んで、じっくりと咀嚼する。
理空は実力行使に出なくて良かったと思った。暴力で問題が解決しない異世界も多い。
「ま、そもそも、こんな人口3000人もいないようなちっぽけな田舎町、合併してやるだけありがたいと思ってもらいたいのだが」
理空は、緑茶をすする。
「子猫のひとくちモンブラン」は、存外緑茶との相性が良いと思った。作りは洋菓子だが、隠し味に含まれている百花蜜と粉末ほうじ茶が、緑茶との親和性を高めていた。口の中のマロンクリームとスポンジケーキが、緑茶によって
「……聞いているのかね?」
肥った男は、眉間に皺を寄せる。
理空は、和紙製のコースターの上に、音を立てずに湯呑みを置いた。
頭の中に、この世界の情報が流れ込んでくる。
ここは空知県
人口2648人と、全国の「市」の中で、もっとも人口の少ない自治体である。
かつては炭鉱の街として栄え、ピーク時は空知県随一の都市であったが、炭鉱が閉山してからは人口減少の一途を辿っている。
土地面積は広大ではあるが、そのほとんどが動物も植物も住めないような荒地である。
特産品はレタスとジンギスカン。
人口15万人の
契約書が、テーブルの上に置かれていた。
署名欄に龍造寺理空と書かれていた。筆跡は理空のものだが、書いた覚えは無い。
契約書の大意としては、
・狒々川市から宇多内市に500000K《カーム》を融資する
・5年以内に宇多内市の人口が10万人に達しなかった場合、宇多内市は狒々川市に吸収合併される
・万が一、宇多内市の人口が狒々川市を上回った場合、狒々川市は宇多内市に吸収合併される。
といったところであった。
「つまり、人口を10万人以上にすれば良いってことですね、割井市長」
「やっと飲み込んでくれたか龍造寺市長。まあ、我が狒々川市が隣にある時点で、達成は不可能だろうがな。おっと、契約書にサインをした以上、何を喚こうが書いてあることは覆らない。まあ、せいぜい足掻きたまえ」
肥った男——割井は、豚のような声で笑った。
「割井市長、ひとつ確認なんですが、この場合の"人口"は、他の市町村に住居を構えたままでも、転入届を出せばこちらの人口としてカウントしてもよろしいですか?」
「いやいや、そんなわけなかろう。その土地に住居を構えている人数を"人口"とするべきだ。そうでないと街を発展させなくても良いって話になるだろうが」
割井は口の端を吊り上げた。
理空は、2個目の「子猫のひとくちモンブラン」を頬張った。素材の味を活かした程よい甘さなので、食べ飽きしない。
「それじゃあ、はじめますか」
理空は緑茶を飲み干すと、やおら立ち上がり、市長室の窓を開ける。そこはテラスになっており、宇多内市が一望できる。
広大な荒地が広がっていた。どこまでも続く不毛の大地。宇多内市の大半がこうなったのは、狒々川市の工場から意図的に垂れ流されてる廃液が原因なのだが、そのことは理空と割井しか知らない。
理空は左の
どん、と地面が一回揺れる。宇多内市役所前に広がる大地が、西側から東側に傾斜が出来るように沈んでいた。
「え……市長、いったい何を……」
「き、貴様、何をした!?」
割井は狼狽えていた。
【地形操作】
それが今回の
「貴様能力者か! だが、そんな魔法を使ったところで、こんな不毛な街の人口を増やすことは出来まい!」
理空は3個目の「子猫のひとくちモンブラン」を口に入れると、左手を振り上げた。
地面が揺れる。
割井と坂下は口をあんぐりと開けた。
宇多内に広がる荒地のさらに向こうに、天を突くほどの高い壁が、そびえ立っていた。
「……いや、あれは壁じゃない! 街がまるごと隆起しています!」
「龍造寺、貴様、狒々川市の土地を迫り上げたのか!? いったい何をするつもりだ!」
理空は4個目の「子猫のひとくちモンブラン」を口に放り込むと、空間を切り裂くかのように、手刀を斜めに振り下ろす。
「ま、まさか貴様……」
風を切り裂く音がした。
理空は、迫り上がった大地を、
西側にある狒々川市街地が、切断された斜面に沿って、徐々に宇多川の方に滑ってくる。
「龍造寺ー! 今すぐ能力を中断しろー!」
重く、唸るような音がゆっくりと響く。
理空は8個目の「子猫のひとくちモンブラン」を緑茶で流し込んでいるところだった。
「むう……無くなってしまった」
「市長! こちらにもう一箱あります!」
「16個入り! これは素晴らしい!」
最後に一度、大きく揺れた。狒々川市街の、宇多内市への移動が終わっていた。
電光掲示板の数値が『00102648』に変わっていた。
「ふぉへへふぁははひはひのひょうひは」
「ええい、菓子を口に入れながら喋るな! こんな勝負は無効だ! お前らはありとあらゆる手を使って潰してやるからな!」
理空は緑茶を口に入れる。既に4杯目だ。
飲み干すと、バッグから封筒を取り出し、中身を取り出した。
「そ、それは!?」
中には写真が入っていた。
割井と、化学工場の社長が、下流にある宇多内の土地を汚染するために、密約を交わしている場面の写真が。
銃弾。頬を掠めた。割井が引鉄を引いていた。理空の表情は少しも変わらない。
「こうなったら消えてもらうしか無いようだな。お前は知りすぎた」
「市長、危ないっ!」
割井が2発目の引鉄を引くと同時に、坂下が理空の前に飛び出す。銃弾が発射される。
沈黙が、訪れる。
「……あれ?」
坂下は恐る恐る目を開ける。銃弾は、自分の躰に届いていない。
坂下の目の前に壁があった。市役所の床が隆起していた。
「なっ……」
「坂下さん、あなたの勇気に敬意を表する」
理空は左手首を上に曲げる。
床が細く隆起して、強かに割井の顎を打ち抜いた。割井が仰向けに倒れる。同時に、ドアが開いて、警察が入ってきた。
「割井矢場蔵! お前を……ってあれ?」
「皆さんお疲れ様です。片付けよろしくお願いします」
理空はギターケースを担いだ。
「坂下さん、後は頼みます」
理空は、すり抜けるように応接室を走って出て行く。
坂下はすぐに追いかける。
ドアを開けた先。長い廊下。そこには、誰の姿も無かった。
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