異世界08.爆速で料理界の頂点に登り詰める【即死念力】女子高生
「今宵、料理王に挑戦するのはこの料理人! "厨房の奇術師"
スモークが吹き出して、カーテンが開く。
理空は、赤い絨毯を踏みしめるように歩いて、スタジオの中央に向かう。
「そして、現在99連勝中、和洋中ありとあらゆる料理を極めた、料理界の王たる男! "皇帝"
スモークが吹き出し、レーザー光線が放たれ、火花が吹き出し、爆発も起きた。
理空が入場するとき以上の派手な演出で柳川が登場した。
"皇帝"は、悠然とスタジオの中央まで歩を進める。
今回は『料理王になる』ことが帰還条件らしい。
理空に与えられた
【即死念力】
理空が「死ね」と念じたものは、何であろうと即死するという
理空は、ため息を吐きそうになって堪えた。不適材不適所にもほどがある。料理対決でいったい何を殺せと言うのか。
司会が、荘厳なクラシックをBGMにオープニングトークをしていた。
理空は焦っていた。料理対決系の異世界は、まともにやれば、どう足掻いても1時間以上はかかってしまう。
理空はスタジオ内を見回す。
ここにいる全員を皆殺しにすれば、すぐに終わるのでは。考えたが、すぐに振り払った。異世界とはいえ、無用の殺戮はするべきではない。
ハエが食材の上で旋回していた。試しに「死ね」と念じてみる。すぐさま弾け飛んだ。思いの外、簡単に発動するチートのようだ。うっかり使わないようにしようと、理空は自分に言い聞かせた。
「それではまず挑戦者の龍造寺シェフ。意気込みをお願いします」
司会が、理空にマイクを向ける。
「え、え、えと、がんばり……ます……」
司会から、ほんの少しだけ表情が消えた気がした。もう少し盛り上がるようなコメントを期待していたのだろう。
「……えー、次は柳川シェフ、コメントをお願いします」
「記念すべき100勝目……なので、もう少し戦いがいのありそうな相手が良かったっす」
柳川はわざとらしく欠伸をした。司会の顔は引き攣っていた。会場に、嫌な緊張が走る。
「え、ええーと……対決の前に、挑戦者の歴史をダイジェストで紹介するVTRを……」
鈍い音がした。全員の視線が音の方に集まる。スタジオに配置されている大きなモニターに亀裂が走っていた。理空が、モニターに「死ね」と念じていた。
「……えー、アクシデントが発生しましたので、早速対決に移りたいと思います。今日の食材はこちら!」
司会が、テーブルに掛けられていた赤い布を取り去る。肉の塊があった。
「そう、本日の食材は北海道産サフォーク種の羊肉! さあ、料理人たちは今宵どんな魔法を見せてくれるのか。制限時間は60分! 調理開始!」
ホーンの音が鳴る。
理空は、テーブルまで向かい、羊のモモ肉の塊を皿に乗せる。
柳川は、肋骨周りのロースを皿に乗せる。フレンチラックと呼ばれる部位だ。これを肋骨単位でカットすると、ラムチョップになる。
「お前、良い体してるな。今夜、俺の部屋に来るなら、勝たせてやっても良いけど?」
すれ違い様、柳川は、理空にだけ聞こえるように言った。理空は聞こえないフリをして、自分に割り当てられたキッチンに向かう。
対戦相手が善人じゃなくて良かったと理空は思った。どんな卑怯な手を使っても心が傷まないからだ。
理空は、羊肉の塊に、塩と黒胡椒とすりおろしニンニクをすり込む。次に、タイム、バジル、オレガノ、ローズマリー、パセリといったハーブをまぶす。
オーブンは予熱済みであった。そこに羊肉を入れる。30分後に焼き上がる手筈だ。
焼き上がるまでに付け合わせを作る。
それと並行して、試さなければならないことがあった。それが今回の勝負の分水嶺になる。
理空は、野菜の山の中からレモンを掴み、2秒ほど見つめて、皮ごと丸齧りした。客席から悲鳴が上がる。
「よし」
理空は小さく言った。
そうこうしてる間に付け合わせに使うジャガイモが蒸し上がる。
「皮と芽は死ね」
理空は念じる。ジャガイモの皮と芽が、瞬時に消滅した。あとはこれを押し潰して、時間切れ直前に生クリームとマヨネーズを混ぜて加熱する。
歓声が上がった。
柳川のフライパンから、フランベの炎が舞い上がっていた。
理空はそれをぼーっと眺めていた。もうほとんどやることは終わっていた。焼き上がった羊肉の肉汁が落ち着くまで休ませて、盛り付けをするのみだ。
殻を殺したピスタチオを食べながら、柳川の動きを見ていた。火入れひとつ、包丁の入れ方ひとつが、華のある魅せ方をしていた。人間性は最悪だが、料理人として人気が出るのも頷けた。
「ここで時間切れでーす! 御二方ともお疲れ様でした」
ホーンの音が鳴り響く。ちょうど盛り付けが終わったところであった。
3人の審査員が、理空を見ていた。値踏みをするような、そんな視線に思えた。
まず理空の料理が、3人の前に並べられた。
オーブンで焼いて、薄く切ったラム肉——ローストラムだ。付け合わせに、マッシュポテトとディルを添えた。皿の横には、グレイビーソースの入ったココットが置かれている。
審査員たちに反応はない。
「それではまず挑戦者の龍造寺シェフ、料理の紹介をお願いします」
「はい、私はローストラムを作りました。サフォーク種は、肉自体の味が濃厚なので、最低限のスパイスとハーブで味付けをしました。グレイビーソースも付けましたので、味の変化もお楽しみください」
理空は手のひらに汗が滲むのを感じた。
勝利はほぼ確定なのだが、それでも、プロに自分の料理を審査されるのは、緊張を伴った。
ある審査員は、様々な角度から肉を眺めてから食べた。また、別の審査員は、匂いを入念に嗅いでいた。もう1人の審査員は、ソースの味からチェックしていた。
長い、沈黙であった。実際には、30秒も経っていないかもしれない。理空には、永遠に思えた。
「これは……」
1人の審査員が目を見開く。
「普通だな」
「"厨房の奇術師"と名乗る割には……」
「普通すぎてコメントに困るよ」
理空は歯噛みした。審査員テーブルに乗っているコップが一斉に割れた。「死ね」とコップに念じていた。スタッフが慌てて駆け寄ってきて、テーブル周りを拭き始める。危うく、審査員に念じるところであった。
こちらの評価が最悪でなければ、勝ちは確定だ。しかしながら、「普通」だなんて、薬にも毒にもならない評価でも、それはそれで悔しかった。
「次はチャンピオン柳川シェフ、お願いします」
柳川は勝ち誇った表情で理空を見ていた。
「私が作ったのは、ラムチョップのステーキ〜ハスカップのソースを添えて〜でございます。お口直しにちょうど良い一品だと思います」
司会は苦笑していた。
審査員たちの前に料理が運ばれる。
しっかりと焼き目のついたラムチョップに、鮮やかなハスカップソースが彩りを添えている。
理空は柳川が作った料理をしっかりと見つめた。
「さすがは柳川シェフ、盛り付けの細部に至るまで完璧な仕事だ」
審査員は、まだ湯気の立っているラムチョップを切り分け、ハスカップソースをすくって口に運ぶ。
審査員の表情が曇った。一口だけ食べると、フォークとナイフを置き、そのまま閉口した。
「……いかがなさいました?」
「この料理は……」
審査員は水を一口飲み下した。
「……素材の味が、死んでる」
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