基幹世界03.アルティメット居酒屋佐藤
「
店長が、理空に声をかける。
時計は、21時58分を示していた。
「え、あれ、もうそんな時間……?」
店はまだ繁忙の最中であった。土曜日の夜である。またひとつ、注文ボタンを押す音が聞こえた。
「あのオーダー取ってから上がります」
「あ、私行くから大丈夫。後は大人にまかせなさい」
客席に向かったのは、先輩アルバイトの森下だ。大学2年生である。
「一生懸命なのは嬉しいけど、必要以上に働かなくても良いんだよ」
「……すみません」
「理空ちゃんが大学生なら遠慮なくこき使えるんだけどね……はいこれ、今日のまかない」
店長は、ビニール袋を理空に渡す。中には焼きおにぎりと揚げ物が入ったフードパックがあった。
「期限の近い刺身を、大山さん特製のタレでヅケにしてから、衣付けて揚げたんだって。自信作みたいだから、ちょっと味見てみてよ」
理空は、フードパックの隙間から唐揚げを素手でつまみ、口に放り込んだ。
「……〜〜!!!!」
理空の目が見開かれた。店長はそれをニヤニヤして見ていた。
「理空ちゃんってクールっぽい雰囲気なのに、意外と顔に出るよねえ。これ、メニューに入れるか考えてるんだけど、どうだった?」
「めっちゃ美味しかったです。メニューに入れるべきです。こんな美味しい唐揚げ初めてかも」
「じゃあ入れちゃうかねえ、どうかな大山さん?」
料理長の大山は、一瞬だけ動きを止め、すぐに調理を再開した。ピザ生地に、チーズと、薄切りにしたジャガイモと、塩辛をトッピングしていた。この居酒屋の看板メニューのひとつ「おつまみピザ」だ。
「あんな嬉しそうな大山さん、珍しいわ」
理空の目には、大山の様子が変わったようには見えなかった。いつもどおり淡々と仕事をこなしているようにしか見えなかった。理空は、唐揚げをまたひとつ口に入れた。
理空がこの「アルティメット居酒屋佐藤」で働きはじめて2週間が経っていた。
もともと、アルバイトなんてするつもりはなかった。異世界にいつ呼ばれるかわからないからだ。今日だって、よりによってドリンクを運んでいる途中で呼ばれた。
「そういや、アイツ最近店に来ないけど、理空ちゃん連絡取ってる?」
「……いえ」
「ふーん、理空ちゃんをこの店に勧めた張本人なんだから、様子くらい見にきたら良いのにねえ」
「……」
「まあいいや、後でLINE入れておくかな」
理空は、視線を落として、焼きおにぎりを口に入れた。後ろめたい気持ちが顔に出そうになっていた。LINEを入れても返ってこないことを知っているからだ。
「……ってあれ? 理空ちゃんもうまかない全部食べちゃったの!?」
理空は驚いた。軽くつまんでいたつもりが、いつの間にか無くなっていた。
「美味しくてつい……」
店長の後ろから、大山が体を乗り出してきた。手にはビニール袋を持っていた。さっきもらったものと同じ、焼きおにぎりと魚の唐揚げが入っていた。
「……食え」
大山は理空にそれを渡すと、また調理に戻った。
理空は満面の笑みを浮かべた。
「お疲れ様でした、お先に失礼します!」
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