たいだ 上
「―――でさ、さすがにそれはちょっとみやびに怒られちゃった」
朝の少し早い時間、教室でるいちゃんとえるちゃんに声を掛けられたから、土曜にみやびとあった話をしていた。
るいちゃんは少し背の高い黒髪を伸ばした大人びた子。背がすらっと高い美人系。
えるちゃんはほとんど金に近い色素の薄い髪をした子なんだけど、るいちゃんとは対照的に背がすんごい小さくて、制服を着てないと小学生かと間違いそうになる。
そんな二人は、私の話を聞きながら、無言で目を合わせあっていた。
るいちゃんは表情がよく変わるからわかりやすいけど、えるちゃんは人形みたいな見た目にそぐわず常に表情が揺るがない。それでも、なんとなく驚いているのは見て取れた。
「いやあ、やっぱ独りよがりはいけませんなと反省したよー」
一応、そう話を続けてみるけれど、二人はしばらく固まったようにお互いを見ていた。
なんかまずいこと言ったかな……?
そう冷や汗を垂らしながら頬を掻いていたら、ようやくるいちゃんが何かを確かめるように口を開いた。
「怒った……? みやびが……?」
「え……あ、うん」
「…………珍しい」
ついでのように口を開いたえるちゃんは、ふんわりした金髪を揺らしながら、軽く首をかしげていた。
「あれ、あんま、怒んないの? みやびって……」
もしかして、私よっぽどダメなこととかしてたんだろうか、とちょっと気まずくなる。何かをおごるのが、みやびの特大地雷だったりとかしたのかな……。
思わずたじろぐ私に、るいちゃんとえるちゃんはしばらく考え込むようにした後、ゆっくりと頷いた。うう……。
「私、みやびがちゃんと怒ったのなんて、ほとんど見たことないかも」
「…………私もほとんどない。それを口にするのはなおさら」
「………………うぐ。い、一応、仲直りとかはできたはず……なんだけど」
だ、大丈夫だよね。今日、会ったら凄い怖い顔してるとか、ないよね……?
てか、今日の朝も通りすがりの自転車に後ろから思いっきりぶつかられて怪我してるから、それが原因でさらに機嫌を悪くするとか……あるかも。
みやびの整った顔が凄んでくるのを考えるだけで、ちょっと背筋がぞわっと来てしまう。
ただそんな私に、るいちゃんは軽く首を傾げてる。
「うーん、その後、みやびの様子はどうだった?」
「え、普通に見えたけどなあ……。一緒にパフェとか食べて、番号も交換して……あ、帰り際に写真とか持って帰ったよ」
「………………やっぱり珍しい」
ぼそっとえるちゃんが零した言葉に、思わずたじろいでしまう。うぇ……、本当に心配になってきたなあ。
「な、なんか……まずいかな?」
実は私が知らないだけで、写真に残すのが凄い怒りのサインとかだったりする? いや、そんなサインさすがに聞いたことないけれど。
「うーん」
考え込むるいちゃん。
「……そうね」
考え込むえるちゃん。
「うぐぐ…………」
うなる私。
そうやって不安にさいなまれること数分、何を思い立ったかえるちゃんは、こそっとるいちゃんに耳打ちをし始めた。
「……………………」
「………………ああ、うん、なるほど」
「え……なに? なになに?」
その昔からの仲でやられる秘密話が一番気になるっていうか、怖い。やっぱりなんか地雷踏み抜いちゃってるのか、私。
ただ耳打ちを終えた二人は、何かに納得したような表情で、眼を合わせて無言でうなずいているばかり。ますます気になるんだけど、るいちゃんはこっちを見ると、ちょっと気の抜けた表情で半笑いを向けてきた。
「んー、やっぱり、気にしなくていいんじゃないかって」
「雑ッ?! え、なになに、なんなの?! 気になるよぉッ?!!」
なんか私の知らないところで、色々と進行してるよ!? くそうまだ出会って一週間の転校生じゃこれが限界なのかなあ。まだ親密度足りてない?!
ただそんな私にえるちゃんはどことなく無機質な―――この眼は別に興味ないとかそういう眼じゃなくて、えるちゃんのデフォルトっぽい――—瞳を向けると、淡々と口を開いた。
「…………ほんとに心配しなくていいと想う」
「ええ……、うん。じゃあ心配しないけど……」
まあ、それならいっか。不安ではあるけど。
「素直か」
「でへへ」
るいちゃんに褒められたので照れておく、いやまあ、そう簡単に心配しないとかできないけど。まあ、心配するなと言われているのだから、無理に心配する必要もない気がする。
うん、十数秒前とは、まるで違う結論。我ながら確かに素直。
「多分、みやびはあなたに――――」
それから、えるちゃんがそう口を開いた瞬間に。
ガラッと。
教室のドアが少しだけ乱暴に開けられた。
ん? と気になってそっちに目を向けると、そこにあったのは灰色にどこか黒の混じった綺麗な髪色。
あ、みやびじゃんと手を振ってみるけれど、顔はうつむいていて反応があんまりない。
私達三人は、何故か思わず押し黙って、私の隣の席までゆっくりと歩いてくるみやびを眺めていた。あれ……、やっぱり怒ってたりとかするのかな。
あまり芳しくない速度でみやびが椅子のところまでやってくる。それから、るいちゃんとえるちゃんがおはよって声をかけたところで、みやびはようやく私達に目を向けた。
「…………おはよう」
眼と眼があって初めて認識できたけど、どことなく目尻が下がっててあんまり元気がないように見える。肩も落ちてるし、どことなく猫背っぽい。雰囲気も全体的にどんよりとしてるというか。
「あれ、今日しんどい?」
と、聞いてみると淀んだ瞳が少しだけ迷ったように揺らいでから、諦めたように肩と一緒にため息も落ちてきた。
「ちょっと…………」
んー、この返事は多分、ちょっとじゃないな……。
ちらっとるいちゃんの顔を窺うと、あちゃーって感じの困ったような顔をしている。多分、るいちゃんから見てもあんまり大丈夫じゃなさそうだ。
「ふむ」
「…………?」
すっとみやびのおでこに手を添えて、自分のでこと熱を比べてみる。外から室内に入ってきたばかりだから少し熱がこもってるのが普通……、いや、逆にちょっと冷たくない?
風邪ではないけど、まあ、あんまりいい徴候に見えないのも確かだった。
「身体は? 痛いとことか、だるいとこある?」
「…………あたまと、おなか……? ちょっと違和感あるくらいだけど……」
そう返事をするみやびの視線はどことなく曖昧で、やっぱり調子はちゃんとよくなさそう。これはダメですなーと、るいちゃんと、軽く目配せをして頷きあう。
よし二人から見ても、あんまり大丈夫には見えてないみたい。
「おっけ、一回、保健室の先生に診てもらお」
「いや、そんなしんどくは……」
「いいからさ、元気だったら元気でいいじゃん。一回、診てもらうだけ、診てもらお?」
何事も、ダメ元が大事なのだ。ちゃんと診てもらうだけも大事。
立ち上がってみやびに手を差し出したら、みやびはしばらく逡巡したように視線を泳がせてた。でも、やがて諦めたようにもう一度ため息をつくと、私が差し出した手を取ってくれた、ただその手もどこか弱弱しい。
それから、みやびのカバンを机に置いてから、軽く身体に手を添えて、よっこらせと保健室まで出発する。
みやびは最初はしぶしぶと言った感じだったけれど、やがて諦めたように私の身体に体重を預けてきた。
みやびの細長い身体が私の肩に預けられる。あそれにしても見た目通りに軽い。
そうやって、えっちらおっちらみやびと一緒に歩いて、そんな私達を教室の入り口までるいちゃんとえるちゃんは見送ってくれた。
「てなわけで行ってきまーす」
「ん、先生には言っとくよ。あやかもしばらく様子見といてあげて」
「……こけないように気を付けて。みやびも無理をしないように」
「………………」
そうやって二人に見送られながら、教室を後にした。
私に体重を預けたみやびはどことなく足取りもおぼつかなくて、息も少し荒れていた。やれやれ、こいつはどうみてもちょっとって感じじゃないぜ。
仕方ないなあって笑いながら、私たちは保健室までの廊下を二人でゆっくり歩いてた。
「…………ごめん、あやか」
「あはは、もーまんたい、むしろちょっと軽すぎるぜ」
世界を救う聖女様の、それにそぐわない軽い身体に肩を貸しながら、私はえっちらおっちらと歩いてて。
夏の蝉の声と私たちの足音が、HR前の静かな廊下に、ただ延々と鳴り響いていた。
※
「ねえ、える、どう想う?」
「みやびが甘えてた、珍しく」
「ああ、だよね。怒るのも、要は遠回しの甘えだし。あやか相手ならそれくらいのわがまま許されるって想ってるんだもんね」
「……少し心配なのは、教会があやかをどう思うか」
「…………まあ、よくは思わないよね。無私公平、万物に平等の愛を与えるが聖女たるべきって感じだし。『奇跡』を個人的に使ってるなんてバレたら余計かな」
「……動向には少し注意が必要、あやかも、教会も」
「そだねえ……ただまあ、それはそれとして、実は、私らも想うところあるくない?」
「………………?」
「ふふーふ、ま、みやびが元気になってからかな」
「……ほどほどにね、るい」
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