クール聖女とアンラッキーギャル

キノハタ

プロローグ 上

 私の高校のクラスメイトのみやびは、聖女なんて呼ばれてる。


 どこら辺が聖女かって言うと、まあとりあえず顔がいい。あと髪が信じられないくらいに綺麗。灰にうっすら黒みががかってるのが、個人的には滅茶苦茶、推しポイント。


 あとは何においても歌が綺麗、たまに教会で歌ったりしてるみたいだけど、初めて聞いた時、歌詞も解らんのに思わず涙が零れてきた。うん、そんくらい歌声も綺麗で、何より感情が乗っているような歌い方をするから、すっごく心に響く。



 で、あと、は……あれだ。




 「ねえ、あやか」


 「どしたの、みやび?」


 「……その手の怪我なに?」


 「んー、大したことないよ。ちょっと学校来るまでの時、転んだだけでさ」


 「ちょっとこっちきて……」


 朝のHR前の時間に、そう言ってみやびに階段の隅まで引っ張られる。私はうぇー、いいよー、とぐずってみるけれど、みやびの方は話を聞いてくれない。普段はおっとり、大人しい顔してる癖に、こういう時だけちょっと怖いと言うか強引というか。


 すりむいた手を引っ張られるまま、人の来ない所まで引っ張られて、二人で周りに人がいないか確認する。


 それからみやびは私の手を改めて、自分の顔の近くまで持って来て、私がすりむいた跡をじっと見つめていた。


 私はどこかバツの悪い感じで、そんなみやびから目線を逸らす。


 「ちゃんと見てて、でないとうまく治んないから」


 「……いいって言ってるのにー」


 ただそう言っても聞かないのは、なんとなく察せられたので、私はあらためて自分の傷を見る。ほんと、大したことない傷だ、ちょっと転んでアスファルトで擦りむいたくらいのもの。水で洗えば、そのうち治るでしょってくらいのもの。


 それをみやびはじっと見つめると、握っているのとは逆の手でその傷にそっと触れた。


 「『……』『……』…………」


 それから何かぶつぶつと呟いて、同時に


 それはゆっくりと、ゆっくりと、姿を変えてまるで時間が巻き戻っていくみたいに血で滲んだ場所が、擦れてついた傷が、ゆっくりと、ゆっくりと。同時に身体の中で血が不自然にめぐるのを感じながら。


 ゆっくりと傷が元に戻っていく。


 その間、私はギュッと黙って身を固める。身体の奥を巡る熱い感覚が口から零れていかないように。


 そうして、五秒もしないうちに、光はゆっくりと収まって。


 みやびがかざしていた手を離したころには、私の手には、もうかすり跡の一つも残っていなかった。


 そして私は少し荒れた息を悟られないように抑えたまま、みやびが手を離すのをじっと待った。


 「できた」


 そして、私の手を軽く検分した後、みやびはぼそっとそう言うと、やっと握っていた手を離してくれた。


 離された手を私も見てみるけれど、うーん、ホントにすごいね、傷があったって名残すらない。まあ今、正直それどころじゃないんだけれど。


  「…………うぅ、ありがと」


 ていうか、これくらいの傷ならばんそうこうでも貼っとけばいいから。ありがたい力の使い方としてはいささか勿体なさは感じてしまう。


 あと、とんでもない副作用があるから、私としては、こうあれなんだけど。


 「『奇跡』も万能じゃないから、様子だけ見といて。変な感じや痛みがしたら、すぐに言って、いい?」


 「……りょーかい」


 若干と釈然としないまま、私たちはそっと階段の陰から出て、何食わぬ顔で元の教室へと戻っていく。私の手から傷跡だけが不自然に消えたまま。


 これが、みやびが『聖女』なんて、呼ばれている最たる理由。


 みやび曰くそれは『奇跡』の力。


 人間には到底できない、摩訶不思議な、とんちきパワー。


 ただまあ、それ自体は別にどうってこともないような。


 だって、別にとんちきなことができようが、摩訶不思議なことできようが。


 みやびは、みやびだし、友達としては別に気になることもない。その力をみやび自身がどっちかというとあんまりよく想ってないのは知っているし。


 ただ、まあそんな超常的な問題より、困ったことが一つありまして。


 「どこ行くの? もうHR始まるよ?」


 「……トイレ!」


 そう言って、私はみやびの顔を見ないまま、自分のカバンまでいってエチケット袋を手に取った。それから、そそくさと担任のおばちゃんが不思議そうに首を傾げる脇を抜けて、独りトイレに駆け込んだ。


 当然、HR前だから、誰もトイレになんていないんだけれど、なんとなく周りを見回して、バタンと素早く個室の中に隠れ込む。


 みやびは、私が怪我をすると、何かと目ざとく見つけて治療してくれるわけだけど。


 そして困ったことに私は、結構、不運な方で何かと怪我が多い質なんだけど。


 だから一杯、治療してもらうわけですね、あの『奇跡』の力で。


 そうすると、どうなるか。


 怪我が治ること自体は、別に何もわるいことはない。


 ただ、あの『奇跡』にはみやびも知らない副作用が一つだけあるわけでして……。


 トイレに入って、私はそっと便座に腰を下ろすと、自分のパンツをゆっくり脱いだ。


 微妙にねちょっとした感覚が、鼠径部から太ももにかけてじんわりと響いてくる。。


 そして、その感覚の原因を、足からそっと引き抜いた。


 ねちょって……粘着質な音を立てて、私の脚から私のパンツが引き抜かれる……。


 その―――濡れに濡れているパンツを……私はじっとひきつった顔で見つめることしか出来そうにない。


 つまり、まあ、そういうこと。


 みやびの『奇跡』にはとんでもない副作用が一つあって。


 その……あの……いわゆる……えっちな意味で。


 気持ちが……いい……っていうか。


 正直、耐えがたいくらいに身体が熱くなってしまうというか。


 そんな、副作用があるわけ……でして。


 変な感じがしたら、すぐに言って、だって?


 …………いやあ、みやび、そう簡単に言えないよ、こんなこと。


 そうして私は情けない顔で、とぼとぼと替えのパンツに履き替える、夏の頃のことでした。


 立ち上がった時に、身体の奥が夏の熱さとは、違う熱でぶるっと微かに震えるのを感じたまま。


 ちょっと涙目になりながら、私はそそくさとトイレを独り、後にするのでした。

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