第13話 事件後初配信

 軍事作戦が終わった後、無事だった探索者たちはそのまま最寄りの軍事施設に輸送された。

 多数の目撃者、多数の視点から得た情報を組み立て、事件の詳細を調べるためだ。


 警察が代わる代わる事情聴取を行うように軍の調査は繰り返し行われ、中でも当事者となってしまったハルカは、気が滅入ってしまうほどの説明を求められた。

 おまけに不自然なまでに高い実力についても語らねばならず―――


「はぁ、やっと終わったぁー······うぉ、眩しっ」


 そうした本格的な調査は日を跨いで続き、ハルカが解放された時には翌日の正午を過ぎていた。


 川崎市の軍事施設からようやく出てきたハルカは、真昼の日差しに目を貫かれて顔を背ける。


(はぁ、帰るか)


 隊長との死闘を繰り広げた直後に輸送され、仮眠こそあったもののほぼぶっ通しで調査に付き合わされ、既に彼の体力は限界ギリギリである。


 だからさっさと家に帰ろうとしたのだが、


 ブー、ブー、ブー······


(ったく、んだよ)


 さっきから鳴り止まないスマートフォンの通知に、ハルカは思わず立ち止まった。


 プライベートで関わりがある相手は光希だけだが、現在軍の病院で治療中の彼女から連絡があるはずはない。


 となると迷惑メールだろうか。嫌々スマートフォンの画面をつけて見たハルカは―――


「は?」


 思わずあんぐりと口を開けて固まる。


 耳障りな通知音は、彼が配信活動を行うチャンネルの登録者が増える度に鳴っていた。


 一人、二人、三人。


 命を張った探索配信をしても数人しか増えなかったそれが、秒刻みで増え続けるという異常事態。


「え?なんで?は?え?とうとう世界が俺の格好良さに気付いちゃった的な?」


 昨日まで1030人だった登録者は既に4000人を突破し、さらに登録者の増加は加速中。

 その勢いは留まることがない。


「なんで?なんで?なんで?え?は?え?もしかしてドッキリ······って俺、ドッキリしてくれるような友達いねえわ。はーおもんな。え?じゃあなんで?」


 スマートフォンを覗き込んでブツブツと呟くハルカを、通行人が二度見してはすれ違っていく。

 だが、その中に若干名ハルカを見て『あ』と目を見開く者もいた。


 そんな周囲の様子に気付かず、ハルカはひたすらスマートフォンを操作し続ける。


「え、エゴサ、しちゃう?でへ、でへへへ。調べても何も出てこないのが怖くて、これまで一度もしてこなかったけど。え?やっちゃう?やっちゃいなyo!ヘイ!」


 そして操作の果てに彼は見付けた。


 先の軍事作戦で自分が隊長と戦っている様子を捉えた動画が、インターネット上に無数に転がっているのを。


「まじ、かよ」


 10万再生、30万再生、5万再生、2万再生、100万再生、40万再生―――そして1000万回再生。


 多数の切り抜き動画は、まるで超有名インフルエンサーの見所をまとめたような再生数を叩き出しており、たった一つの動画を除いてその全てがハルカをメインとしたコンテンツであった。


 ちなみに唯一ハルカをメインにしていない切り抜きは、光希が倒れている光景をアップにした僅か五秒間の動画だ。

 1日で1000万という馬鹿みたいな数値を記録している。

 カワイイとエロは世界共通。

 コメント欄は日本のみならず各国の言語が入り乱れるグローバル社会と化していた。


 そんな様々な動画に満ちたインターネットを調べていくと、ハルカは最終的に一本の配信に辿り着いた。

 恐らくそれが全ての元凶。

 弱小メディアがどう見ても違法な生配信を実施していたのだ。

 配信日時は一日前、ちょうど軍事作戦の時間と被っている。

 よほどの同時接続数を誇っていたようで、再生数は200万回を突破していた。


「え、俺、こんなに見られてんの?」


 もうハルカは呆然と呟くしかない。

 正確には、200万再生を記録した視聴者たちが見に来たのはハルカではない。

 元の目的は軍事作戦や光希の様子だったのだろう。

 だが一度開いた配信の中で最もインパクトを残したのはハルカであり、最終的に一番美味しい思いをしたのもハルカ。


「え?え?とりあえず配信しねえと!やべぇぞやべぇぞ!もしかしたら競馬資金を捻出できるようになるかもしんねえ!」


 よく分からないままだけど、折角転がり込んできた二度と無いチャンス。


 脳ミソをギャンブルの快楽に焼き尽くされた競馬民ことハルカは、自分がバズったことよりまず第一に競馬資金について喜び、軽快にステップを踏み始める。


 もしこの波を乗りこなせば、ド底辺クソザコ配信者を卒業して、中堅、上位に仲間入り出来るかもしれない。


 だから、この熱狂的な話題性が失われぬ内に、一秒でも早く配信をする必要がある―――!


「やべぇぇえ帰らねえと!」


 取り敢えず、もう何ヵ月も利用していなかったSNSで帰り次第配信をやりますとコメントを投稿し、ハルカは大急ぎで家に帰ったのだった。



「えっと、取り敢えず配信取ったんだけど」


 帰宅後、手洗いすらせずに配信を開始したハルカは、おずおずとそう語り始める。


《うおおお!!》


《ハルカ!》


《待ってたぞ!!》


《お帰り!》


【1000円:ちゃんと一週間後に死なずに配信出来たな!】


 真っ先にコメントを送信したのは、長きに渡ってハルカの視聴者を続けてきた古参リスナーたち。

 彼らは無事に帰ってきたハルカを労った。

 その内の一人は投げ銭までしてお迎えしたのだから、彼らがハルカに向ける熱意は相当なものだろう。


「はいはいただいま······ってうお!?まじか!?え?1000円!?マジでいいの!?」


 暖かいコメントに笑みを浮かべた直後、久し振りの投げ銭に度肝を抜かれたハルカは―――


《配信やってる!!》


《動画から来ました!》


《こんにちは!》


《初見です!》


《初見です!》


《初見です!》


《光希ちゃん助けてくれてありがとう!》


《煽りカスの配信があると聞いて》


《初見です!》


《初見です!》


《↑お前は初見じゃねーだろ》


《初見です!》


《戦ってるところ見ました!格好よかったです!》


 次の瞬間、経験したことの無い速度で流れ出したコメント欄に言葉を失った。


 これまで一度も三桁を記録したことの無い同時接続数が、なんと配信開始から数十秒で500を越えている。


 そしてそれは現在進行系で増え続け、すぐさま千を突破した。


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