毒吐く雨は希望の雫
九戸政景
本文
「……はあ」
大粒の雨が降る公園。ベンチに座る
「リストラ、か……俺にはまだ早い話だと思ってたけど、そんな事はなかったな。そのせいで今朝になって妻は離婚届を置いてこのメールを出していったし、ウチはもうメチャクチャだ……」
導は目に涙を浮かべながら空を見上げる。導の感情を表すような雨は導から流れる心の雨と混ざりあって導の服や身体をゆっくり濡らしていく。
「なあ、雨。こんな情けない俺の事を流していってくれよ。頼むよ……」
導は涙混じりの声で懇願する。そして答える声もない中で導が俯いていたその時だった。
『情けない自分を流してくれ? そんなの俺らじゃなくて川にでも頼めっての』
「え?」
どこからか聞こえてくる声に導は驚く。しかし、そばには誰もいなかった。
「気のせい……なのか?」
『よく水に流すなんて言葉があるけど、そんな簡単にいくものばかりじゃないよね』
『そうそう。そんなにポンポン流されちゃすぐに塞き止められちゃうっての』
『まったくだな』
「な、なんだ……誰の声なんだ?」
導はわけがわからないといった顔で辺りを見回すが、相変わらずそばには誰もおらず、導の顔は恐怖の色に染まった。
「ゆ、幽霊なのか……!?」
『幽霊なんかじゃない。俺達は雨さ』
「あ、雨?」
『そう。いま降り注いでいる雨、それが僕達だよ』
『しっかし湿気た面してるよなぁ。そんなんじゃ女房だけじゃなく明るい未来にも逃げられるぞ?』
「うるさいなぁ……!」
導の声に苛立ちの色が浮かぶ。そして導が軽く立ち上がると、再び雨の声が聞こえ始めた。
『おっ、立ち上がったぞ』
『なんだなんだ、俺達に怒り始めるのか?』
「そうだよ。なんでお前達にそんな事を言われないといけないんだ。俺は……俺は俺なりに頑張ってきたのに……!」
『その頑張りが必ずしも報われないのが現実なんだよ。人はいつだって使い潰されるし、次々に補充されていく。うまく行く奴なんて一握りで大体の奴は平凡な人生を送る。そして更に悪い奴はお前みたいにどん底にまで落ちる。そんなもんだよ、人生なんてさ』
「そうだけど……」
『まあ立ち上がれただけ希望はあるだろ』
「え?」
導は空を見上げる。雨は変わらず降り続けていたが、その勢いは少し弱くなっていた。
『何も出来ずに潰れるような奴じゃないって事だよ、お前は』
『お前は怒りを原動力に立ち上がれた。だったら、今度はその足で踏み出して行く事も出来る。その内、別の事を原動力にも出来るだろうさ』
「お前達……」
『あなたの頑張りは見ていましたからね』
『俺達は水だからな。どこでだってお前の事を見てるんだよ』
『止まない雨はない。まあ俺達のような雨が言う事じゃないけどさ』
雨が止み、雲の間から太陽が見え始めると同時に雨達の声も少しずつ聞こえづらくなっていく。
「お、おい……!」
『雨の後は晴れて希望の虹がかかる。その虹の橋を渡って幸せだって会いに来るんだよ。だから、今回の件は二つの意味での別れだと思って次に期待しとけ』
『別れがあれば出会いだってあるからさ』
「お前達……」
『またな。今度は幸せそうなお前と会えるのを楽しみにしてるぜ』
そして雨が止み、太陽の光が差し込む中で虹がかかり始めた時、導に近寄ってくる女性がいた。
「大丈夫ですか!?」
「え?」
「すっかりずぶ濡れじゃないですか! 風邪引いちゃいますよ?」
「あはは、そうですね。でも、これでよかったんです」
「え?」
「雨に濡れた事で、悩みも不安もすっかり水に流れていきましたから」
導が笑みを浮かべると、スーツ姿の女性はキョトンとしてからプッと笑った。
「うふふ、水に流れたって……中々面白い事を言いますね」
「面白いだけじゃなく、水も滴る良い男でしょう?」
「ふふ、たしかに。とりあえず早く着替えた方が良いですよ。ウチが近くにあるので上がっていってください」
「え? 良いんですか?」
「はい。私、今日は少し調子が悪くて早退してきたんです。起きた時はそうでもなかったんですけどね」
「そうだったんですか」
導の言葉に女性は頷いた後、導に手を差しのべた。
「私は
「俺は雨川導です。晴間さん、お世話になります」
「お世話しちゃいます」
七色の笑顔に導は安心した様子で笑う。そして二人が公園を出ていく中、花壇の花に宿っていた滴が太陽の光を反射し、二人を祝福するようにキラキラと輝いていた。
毒吐く雨は希望の雫 九戸政景 @2012712
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