第8話 ウィルの頼み

 ジークフリートの親友である魔法使いウィル。

 幼い頃から一緒に魔王を倒そうと約束していた二人はやがて成長し、ともに魔王討伐に出た。


 ジークとは違い、疑い深いウィルだけど決して冷たい人物ではない。騙されて窮地に陥った状況を、幾度となくひっくり返してくれた、パーティーの参謀的存在が彼だ。


 ジークはウィルを心の底から信頼していたし、ウィルもなんだかんだジークに頼られて悪い気はしない、という中々よろしい関係だった。

 前世では、二人のアレでアレな薄い本も山ほど作られてたけど、まあそれはいい。


 問題は、聖女レイラがパーティーに加入してからだ。


 ジークはレイラに一目惚れし、レイラはレイラでジークのことを気にするようになる。二人の距離が近付いていく中、ウィルだけが二人の関係を喜べずにいた。


 何故なら、ウィルもレイラのことが好きになってしまったから――


 二人を祝福したいと思いつつも、レイラのことを諦められない。

 その狭間で揺れている心に魔王がつけ込み、最終的にウィルはジークを裏切り、レイラを連れ去ってしまう、というのがウィルが裏切り者となる経緯だ。


「まさかお前が、この街にいるとは思わなかった」

「それは僕も同じだよ」


 店のテーブルについた二人が予想外の再会に感想を述べるが、喜んでいる空気は全くない。


 ジークはジークで、やっとリタと二人きりになれると思ったのに、とぼやき、ウィルはジークのぼやきに対し呆れたように鼻を鳴らし、私に黒い瞳を向けた。 


「で、お前が魔王討伐の旅を辞めてまで追った女を、ようやく見つけたってわけか。お前の命を狙ってた女を」


 ウィルが私を見つめる。その視線から伝わってくるのは敵意だ。


 それもそうだろう。

 彼にとって私は、魔王討伐を約束した親友を狂わせた女なのだから。


 息が苦しくなった。

 耐えきれなくなった思いが、言葉となって口から零れ落ちる。


「ご、ごめんなさい……あのときは、あなたたちには本当に迷惑をかけました。お父様を殺したのはジークじゃなかったのに……」

「リタを責めるのはお門違いだ。責めるなら、彼女を追う決意をした僕を責めるんだ、ウィル」


 私の言葉を遮るように告げたジークに、迷いは全くなかった。

 私が全て悪いのに、彼は私を庇い、魔王討伐パーティーが解散してしまった責を一人で受けようとしていた。


 私のせい、なのに――


 責任を感じなきゃ駄目なのに、自分が悪かったと反省しなくちゃ駄目なのに……この心を満たしていく温もりは……何?


 気付けば、胸の前でギュッと手を握っていた。

 心なしか、顔も熱い気が――


「まあ僕は、リタを追う選択をしたことに、全く後悔も反省もしていないけどね」


 ――はいっ! 顔が熱いのは気のせいですね‼


 これは流石にウィルも怒っているんじゃ、と思ったんだけど、


「ふふっ……」


 意外にもウィルは笑っていた。

 物静かキャラだから、大声を上げて笑うというものではないけれど、口元を手で隠しながら肩を振るわせている。


 ひとしきり笑い、こちらを見たウィルからは、先ほどまでの敵意は消えていた。


「まあいい。全ては済んだことだ。その女も反省しているようだしな」

「……僕のリタを、 【女】だなんて無粋な呼び方をしないで貰えないかな?」

「ああ、すまなかった。リタ、あんたも次から次へと大変だな」

「あっ、ははははっ……」


 乾いた笑い声をあげることしか出来なかった。

 私たちの会話を聞いていたジークが、


「え? リタ、魔王のこと以外に、他に困っていることがあるの⁉」


 と聞いてきたけれど、いや、あなたのことですよ、とは口が裂けても言えないわけで。


 隣で騒いでいるジークを静かにするため、私は話題を変えた。ウィルがいるなら、他の仲間のことも気になったからだ。


「そういえば……あなたたちと一緒にいた他の仲間は、どうされているんですか?」

「他の仲間って言ったら確か……ドムドとアマリリスだっけ?」

 

 私の質問に一番に反応したのは、安定のジーク。続いて、ウィルが口を開く。


「あいつらは結婚した。もう少しすれば子どもが産まれるから、これを機に、故郷に腰を据えると言っていたぞ」


 えっ、ちょっとそれ、魔王討伐後のアフターストーリーじゃん‼

 あの二人だけ、もうすでにエンディング迎えてるじゃん‼


 私が生き残った影響はジークだけでなく、元仲間たちにも及んでいるみたい。


 まあドムドたちに関しては幸せが早まっただけだから、結果オーライかもしれないけど、この分だと他の仲間のその後も変わっているんだろうなあ。


 ウィルは大丈夫?

 見たところ、ゲームをプレイしてたときと変わっていない様子だけど。


 もし影響が出てるなら、ドムドたちのように良い影響が出ていたらいいな。


 裏切らなくなった、とか……


「そういえば、ウィルは今何をしているんだ? 何故この街にいたんだ?」


 丁度良いタイミングで、ジークがウィルの近況を訊ねてくれた。

 ウィルは首に掛かっていたネックレスの鎖を引っ張ると、金色に輝く親指ほどのメダルを私たちに見せた。


 翼をモチーフにした彫刻が彫られているアミュレットを。


「今俺は、神殿魔法士として聖都で聖女様にお仕えしている」


 え?

 この時点でもうレイラと接触しているってこと⁉


 で、でも何で?

 どういう経緯でレイラと知り合ったの⁉


 聞きたいことは山ほどあった。

 しかしウィルはアミュレットを服の中にしまうと、小声でありながらも鋭い声色で言った。


「最近、隣の街で若い女を狙った誘拐事件が多発してな。どうやら……魔王の手先が絡んでいるという噂だ。俺はその調査のために派遣されたんだ」

「魔王の手下が? 王都でも聖都でもなく、辺境の街にまでやってくるなんて、ご苦労な話だね」

「全くもってな。調査はあらかた終わったんだが、今この瞬間も、捕まった女たちが魔王の生け贄に捧げられていると思うと、いても立ってもいられなくてな。だから、ジーク――」


 ウィルはズイッと身体を私たちの方に寄せる。


「魔王の手先を倒し、誘拐された女性たちを救い出すのを手伝ってくれないか?」


 そう告げる黒い瞳は、この先親友を裏切るとは思えない程真っ直ぐだった。


 ジークもウィルの瞳を見つめ返す。

 そして僅かに瞳を伏せ、フッと息を吐き出すと、口元に笑みを浮かべながら真っ直ぐに答えた。


「今は無理かな。早く聖都に行って、リタと結婚式を挙げないとだし」


 おおおおおおおおおおおおおおおい!

 ちょっと何、その断りの理由‼


 ゲームの中のジークなら、ウィルの反対を振り切って、人助けしてましたよね?

 立場、逆転しているんだけどっ‼


 むしろこの瞬間、ウィルの方が主人公っぽいんですけどっ‼


 まさか断られるとは思わなかったのだろう。言葉を失っているウィルに、ジークはヘニャッと体制を崩すと、頬杖をつきながら面倒くさそうに言葉を続ける。


「別に僕の協力がなくても、ウィル一人で何とか出来るだろ? 僕と別れた時よりも随分と強くなっているみたいだし」


 なんだかんだジークは、ウィルの実力を高く評価しているらしい。とはいえ、半分以上は、結婚式を挙げたいという下心からきている発言だと思うと、非常に解せない。


 ジークの言葉を聞いたウィルの表情が、みるみる曇っていく。そしてクシャッと自分の髪の毛を掴むと、大きすぎるため息をついた。


「まあそうなんだが……ちょっと問題があってな」

「問題?」


 ジークが眉を潜めた瞬間、ウィルの後ろに座っていた女性が立ち上がろうと椅子を引いて、ぶつかってしまった。ガンッと大きな音が響くと同時に、ウィルの頭がカクンと揺れる。


「あっ、すみませんっ‼」


 慌てた女性が、謝罪をしながらウィルに近付いた。


 よくあるトラブルだ。

 ウィルが謝罪を受けいれて終わる話かと思われたけど、


「い、いいっ、いやっ、だ、だいじょうぶ、だ! だい、じょうぶぶぶぶっ、だから、行って、くれ……」


 今まで冷然としていた彼の顔から血の気が引き、息も絶え絶えに声を発した。発した声も、まるで電池が切れかけた玩具のように震えているし、過呼吸を心配してしまうほど息づかいも荒い。


 尋常じゃないウィルの様子に、女性も怖くなったのだろう。軽く会釈をすると、足早に去って行った。


 一瞬の出来事だったけれど、私たちに衝撃を与えるには十分過ぎる変貌だった。


 今まで全く興味なさそうに彼の話を聞いていたジークが、眉間に皺を寄せながら訊ねる。


「一体何があったんだ、ウィル?」

「……見ての通りだ」

「いや、見ただけじゃ分からないよ」


 あのジークから至極真っ当なツッコミをされたウィルは、大きく息を吐き出すと、観念したかのように肩を落とした。


「俺……女性恐怖症になったんだ」



 何だってぇぇぇぇ――――っ⁉

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