第11話 真実
「これは、一体どういうことでしょうか?」
ドアが開くと同時に、穏やかな声が部屋に響き渡りました。
声の主はヴェッセル様でした。彼の後ろにはダミアン様が控えていて、倒れているシャルロッテ様を見て顔を青くしました。
シャルロッテ様はヴェッセル様を見るなり、
「ヴェッセル様っ‼ 私、あなた様の弟であるチェス様に魔術で攻撃されたのです! 私、怖くて……」
と彼に抱きつこうとしましたが、ヴェッセル様はお嬢様の手を避けると、座り込んだままの私の方へと向かってこられたのです。
私と視線を同じにした表情は、いつもと同じ穏やかな笑みではありませんでした。心配そうに眉根を寄せながら、引っ張られた私の髪を撫でたのです。
ヴェッセル様が微笑みを崩されたのを、初めて見ました。
シャルロッテ様が、彼の背中に訴えます。
「ヴェッセル様! 父からお聞きになったと思いますが、この女は私を誘拐し、私と成り代わってあなた様に嫁いだ罪人なのです! 本当のシャルロッテは私。そこにいる女――テレシアは偽物なのです!」
私の顔から血の気が引きました。
ヴェッセル様に真実を知られてしまったのですから。
もう私はおしまいです。
守りたかった弟までもが罰せられてしまう。
そして――もう二度とチェス様に会えない。
せめて最後、チェス様の姿を目に焼き付けようと辺りを見ましたが、彼の姿はありませんでした。
ヴェッセル様に全てを任せて部屋を出て行ったのでしょうか?
でもいつ? ダミアン様がドアに立ち塞がっているため、気付かれずに出られないはず。
私の髪を撫でていたヴェッセル様が私の手を取り、立ち上がらせてくださいました。そして、
「偽物?」
ダミアン様に視線を向けながら、立ち上がった私の肩を強く抱き寄せたのです。
「おかしな話です。我々が賜った王命は『ベーレンズ家の娘をトルライン侯爵に嫁がせる』ことだったはず。ならば問題ないでしょう」
「だから、ベーレンズ家の娘が私なのです! その女はただの使用人――偽物なのです!」
シャルロッテ様が私を指差し、叫びました。
私もヴェッセル様の発言が理解できません。
今もなお、私をシャルロッテ様だと勘違いを? まさかそんなことは……
ヴェッセル様は赤い瞳を細めました。別人かのような威圧感がこの場を支配します。
ダミアン様の体が大きく震え出しました。
シャルロッテ様は困惑しながら、ヴェッセル様とダミアン様を交互に見ています。
私は説明を求めるようにヴェッセル様を見上げました。こちらの視線を感じ取ったのか、彼は少しだけ表情を緩めると優しく仰ったのです。
「ベーレンズ伯爵家の本当の後継者は、あなたとあなたの弟なのです」
一瞬何を言われたのか分かりませんでした。
ダミアン様を見ると、彼は悔しそうに声を絞り出しました。
「だからお前たち魔術師は忌み嫌われるのだ! 他人の秘密を暴き、平穏をぶち壊すのがそんなに楽しいか⁉」
「ですが、偽りと悪意に晒されていた女性とその弟を救うことができました」
淡々としたヴェッセル様の発言に、ダミアン様は口を閉じられました。
ヴェッセル様は懐から一枚の紙を取り出しました。それは、私と彼の血判がおされた婚姻届でした。
皆が注目する中、突然婚姻届が輝いたかと思うと、上の伸びるように広がった光の中に、見知らぬ男女の姿が現れたのです。
それを見て一番に反応されたのは、ダミアン様でした。
「に、兄さん⁉ どういうことだ! 二人は事故で死んだはず……」
ダミアン様は、ハッと自身の口を手で押さえましたが、時すでに遅し。明らかに動揺しているダミアン様に、ヴェッセル様が婚姻届に押された私の血判を指差して見せます。
「失礼ながらこちらの血を使って、テレシア嬢のご両親や祖先を魔術で視させて頂きました。最近、跡取りが自分の血を引いているかの調査依頼が多く、辟易していたのですが……まさかこんなところで役立つとは」
ヴェッセル様が苦笑いをされると、フッと映像は消えました。
そういえば、跡継ぎが自分の子ではないと魔術で判明し、離縁する貴族が増えているという話を思い出しました。これらの調査をされていたのが、ヴェッセル様だったようです。
でも、いつからご存じだったのでしょうか?
チェス様のお話では、ヴェッセル様は私に興味がなく、調査をなさらなかったはず。
私が偽物という事実も、チェス様しか知らないと……
疑問に思う中ヴェッセル様は、ベーレンズ前伯爵とその家族について語り出しました。
ベーレンズ前伯爵は、ダミアン様の兄フェリクス様でした。しかし事故に遭い、フェリクス様と御家族――妻と娘、生まれたばかりの息子が亡くなったそうです。
亡くなった兄の跡を継ぎ、伯爵となったのが当時男爵であったダミアン様でした。
「しかし本当は、フェリクス様の御子たちは事故に遭わずに生きていた。爵位は子どもたちに受け継がれる。あなたはベーレンズ伯爵家を乗っ取るため、当時を知る者たちを辞めさせ、フェリクス様の御子たちに嘘を吹き込み、使用人として閉じ込めたのです」
「う、嘘だ‼」
「ならば国王陛下の前で身の潔白を証明されるといい。もちろん私も同席し、テレシア嬢のご両親の姿を国王にお見せいたしましょう。もともと国王が私にベーレンズ家と縁談を命じたのも、昔、フェリクス様に助けられた恩があったから。なのでフェリクス様と奥様のお顔はよくご存じでしょう」
ダミアン様の体が床に崩れ落ちました。彼の体を、シャルロッテ様が目を激しく瞬かせながら乱暴に揺すります。
「どういうことなの、お父様! テレシアが、ベーレンズ家の人間だというの⁉ 嘘でしょ⁉ ねえっ‼」
「……ほんとうの、ことだ」
「う、そ……私はヴェッセル様の妻になるために、あの男を捨てて戻ってきたのに⁉」
あの男とは、家出の手引きをさせたご令息のことでしょう。
わめき散らすシャルロッテ様を、ヴェッセル様が睨みつけました。
「……陰険で気味が悪い人殺し、なんだろ? 魔術師ってやつは」
「えっ?」
「てめーが俺にいった言葉だ。クソ女。誰がてめーなんとか結婚するかよ」
ヴェッセル様から発されたのは、私とチェス様しか知らないはずの、シャルロッテ様の発言。
それに、あの言葉遣いは――
ですが次の瞬間、いつものヴェッセル様に戻っていました。
「私は王命に従い【本物】のベーレンズ伯爵のご令嬢と婚姻を結んでおりますので、今の状況に何一つ問題はないと思います」
呆然としているシャルロッテ様とダミアン様に、ヴェッセル様は微笑みかけます。
「あなたがベーレンズ伯爵家を乗っ取ろうとした話は、冗談ですよ。ダミアン様は、フェリクス様の御子たちが大きくなるまで、代理で当主をなされていただけ。御子たちの命を狙う者たちから守るため、亡くなったことにされただけ。でも、もう危険は去りましたよね? ならば御子たちが生きていたことを発表し、アールト様にベーレンズ家当主として教育をなされるべきでは?」
穏やかな笑みを浮かべながら口にされたのは、脅し。国王にこの一件を黙っておく代わりに、今言った筋書き通りに、ベーレンズ家を正当な後継者に返せと仰っているのです。
ダミアン様も諦めたのでしょう。力なく頷くと、おぼつかない足取りで部屋を出ようとされました。
シャルロッテ様は憎々しげに私を睨んでいましたが、
「ああ、シャルロッテ嬢も、お腹の御子をどうか大切になさってくださいね」
というヴェッセル様の言葉を聞いた瞬間、顔が真っ青になりました。代わりに、生気が抜けたような顔をされていたダミアン様の顔が真っ赤になり、お嬢様に掴みかかりました。
「お前、突然戻ってきた本当の理由は、それだったのか‼」
「だ、だって、あの男と育てるよりも、格の高い貴族に育てさせた方がいいかと、思って……」
「お前ってやつは‼」
言い争っていたお二人でしたが、影によって追い出されてしまいました。
部屋には私とヴェッセル様が残りました。
チェス様の姿はどこにもありません。
でも――
私はヴェッセル様の顔を覗き込み、彼の赤い瞳を真っ直ぐ見つめながら尋ねました。
「チェス様……ですか?」
ヴェッセル様が私から視線を逸らし、整えられた髪の毛をクシャッと掻いた姿が、私の問いを肯定していました。
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