第3話 起動

「いえ、そんな量産機いりませんわ。わたくしが欲しいのは、あのグローシアです」


「いくらなんでもそれは……」


 ミューβはウィングリー王国正式採用MA《マギ・アスピーダ》です。いわゆる量産型なので、例えるなら……自転車ですわね?


 わたくしが欲しいのは、グローシア。我が家に代々伝わる事故物件MAですの。例えるなら、事故を起こして怨霊が取り憑いている大型バイクと言ったところでしょうか?


 現在、格納庫の一番奥で誰にも動かせない不燃ゴミと化しています。まぁ乗ろうとしたら怨霊が目の前にバーン! って現れますので、仕方がないことなのですけれど……。


「だめだったら諦めますわ。ね? お願い、お父様……」


 手を組んで身を乗り出し、目をうるうるとさせます。これに弱いんですわよね、お父様。


「わかった……。無理はしないようにね。だめだったらすぐ諦めるんだよ?」


 チョロいですわ~~~!!!



◇────────────────◇



 というわけでやって参りました。件のグローシアの前です。何やらお祓いされたり、鎮めようとしているのか、色んなものが近くには置いてあります。まるで仏壇ですわね。


 MAの整備士たちがコックピットのホコリをエアガンで飛ばしてくれています。流石にホコリまみれのコックピットに公爵令嬢を押し込むのは気が咎めたようですわね。


「お嬢様! 準備できました!」


 清掃が終わった整備士の隊長さん……隊長であってます? が、わたくしと父に報告します。母は怖がって不参加です。まぁガチ祟り案件なのでしょうがないですけど……。


「では、いってまいりますね」


「……ああ、気を付けるんだよヴィア」


 半ば諦めの混じった父のため息が聞こえました。ふふふ……しかしこの仏壇呪物メカには必勝法がありますのよ……!


 心の中でざわざわしながら、まだホコリとカビの臭いがするコクピットに座ります。そしてハッチを閉じると操縦桿を握り、ペダルに足を置きました。


 さぁいつでも来いですわ!


 ヴンッ……とのマギコークスクリスタルに緑色の光が宿ります。適応試験機では赤かったクリスタルの光が緑色なのには理由があります。言いにくいのですけれど、これ生体ユニットなんですのよねぇ……。


 そして緑色なのです。はぁ……。


 気付けばわたくしの目の前に立っている血塗れのこの女も被害者。初代エクソシア家当主の妻……オルシア=エクソシアの亡霊です。


 恨めしげな目でわたくしのことをじっと見ています。


 つまり緑のマギコークスクリスタルは、わたくしと同じ緑の瞳を持った女から出来ているのですわね。最悪です!!!


 全部がそうではありませんが、大抵は人間が材料なのが現実です。


 感応器官を聞くに堪えないようなアレをアレして、マギコークスクリスタルとコレをコレしたら緑色のクリスタルになるわけですわね。どうしてこういうちょっと暗い感じのエロゲってすぐ女を不幸にしたがるのでしょうね?


「オルシア。復讐したくはありませんか?」


 血塗れのオルシアにわたくしは問いかけました。その言葉を聞いてキョトンとしたあと、少し首をかしげます。怨霊の癖にわたくしに似てかわいいですわね?


「エクソシア家に。ウィングリー王国に。そしてこの世界に」


 わたくしが滔々とうとうと語りかけると、オルシア=エクソシアの姿がフッとかき消えました。


 次の瞬間、グローシアの関節が不快な音を立て始めました。立ち上がろうとしているのです。グローシアの機体に置かれたお祓いグッズが、ポロポロと地面に落ちていくのが感応器官を通してわかりました。


「交渉成立ですわね? でも動く前に関節に油を注してもらいましょうね」



◇────────────────◇



 専用機って憧れじゃありません? わたくし専用機持ちですわ!


「うふふ……ヴィアリス専用グローシアですわね」


 ニヤニヤと整備されているグローシアを見上げるわたくし。その姿にサラが生暖かい視線を送っている気がしますけれど、それはあとで咎めることとしましょう。


 お祓いグッズとホコリが取り除かれ、整備が行き届いたグローシアは本当に美しい機体です。中にちょっと4人分の怨念が籠っている以外は素晴らしいですわね。


「それでジェイムス隊長。わたくし、スポットに行きたいのですけれど」


「マジで言ってやがり……言ってやがられますか? お嬢様」


 ザ・スポット。それはこの世界における巨大な炭鉱のような場所です。石炭は存在しませんが、マギコークスと呼ばれる……いわゆる「魔石」ですわね? が産出します。


 それは鉱石のように地中から掘られることもあれば、スポットに存在する魔獣と呼ばれる敵対的生命体の体内から採取することもあります。


 ザ・スポットの広さは直径約500キロメートル。大体北海道と同じくらいですわね。


「ええ、ちょっと肩慣らしをしたいのです。いいですわよね?」


 ジェイムス隊長は実力でうちの騎士団の隊長まで昇り詰めた男です。隊長を力で黙らせれば、わたくしのグローシアは自由に行動できる気が致しますのよね!


「あなたを倒せば自由にスポットに出入り出来るんでしょう?」


「いや、全然そんなことねぇですけど……」


 あ、あれ?


「もし行きたいのなら、ご当主を説得してくれ……ください」


「はぁ~~~……マジで役に立ちませんわね。とりあえずグローシアの性能が見たいので、1発殴らせてくださいませんこと?」


「MAは高いんですから壊さんでくださいよ……」


 世知辛いですわねぇ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る