家出少女2
先日お邪魔した研究所で回収してきたちょっとどころではなくかなりヤバめのブツがある。
パッと見はただの羊皮紙。紙っぺら。それが1枚。
その紙っぺらの表面を見たこともない文字が泳いでいる。何を言ってるか分からないと思うが、ありのままの現状を表現すると泳いでいるという表現が1番適している。
勿論、ただの紙っぺらでは無い。
これはとある最古の魔導書ーーその原典の1ページ。バラバラになってしまった魔導書の断片だ。
このとある最古の魔導書というのがホントにトンデモない代物で、その魔導書の写本ですら市場に滅多に出回らず、出回ったとしても国が即回収し厳重に管理するような超特級危険物である。
その原典の断片ともなると、たったの1ページだけで、危険度は写本の遙か上を行く。使い方を間違えれば簡単に国が滅んでしまうレベルだ。
某研究所ではこの魔導書の断片が研究されていた。それを貰ってきちゃったワケだ。
まあ、そんなことは置いておいて。
この魔導書の断片にどのような力があるのか?何が出来るのか?ここが重要。
「紙っぺらがなんだってんだよ」
「これを使うとね……ーーほら、こんなことが出来る」
「ーーッ!?」
エリザベス(仮)ちゃんが目を見開いて驚愕する。
魔導書の断片に手のひらを合わせて念じる。ただそれだけで俺の腕はフサフサ毛並みの熊みたいな腕へと変異した。
「な、なんだよ、ソレ……本物か?」
「触ってみる?」
「…………」
熊の腕をエリザベス(仮)ちゃんに差し出すと、その腕を恐る恐る触れる。握ったり、揉んだり、摩ったりしてエリザベス(仮)ちゃんは俺の腕を本物かどうかと確かめる。
「……どうなってんだよ」
「そういうことだよ」
「意味わかんねえ……」
摩訶不思議な現象に困惑を隠せない様子。現実に理解が追いつかない。まあ、普通の人間の反応。
「これで分かったと思うんだけど、この紙っぺらにはこんな力がある。自分の肉体を好きなように変化させることが出来るんだ」
とある最古の魔導書。そこには生物の肉体に関する記述が記載されているーー故に、その魔導書は森羅万象ありとあらゆる肉体を思うままにする権能が備わっていた。
その権能の一端をこの断片で行使できる。
「エリザベスちゃんはさ。これからどうするの?ずっとこんな生活続けてくの?将来のこととか考えてる?」
「んなこと……。オマエには関係ねぇだろ」
「生まれ変わりたくない?」
「…………ッ」
「生まれ変わって人生やり直したくない?」
「…………」
「そんな風に思ったことない?」
「…………オ、オレは」
「オレは?」
「…………」
「…………」
長い長い沈黙のあと、エリザベス(仮)ちゃんはポツリポツリと自分のことを話し始めた。
「…………クソみたいな人生だった」
オヤジは外で女作ってどっかに消えた。ババアは家にいねえ。帰ってきたと思ったら毎回違う男を連れてきた。
酒とヤニ臭ぇ部屋。
意味も分からず罵声を浴びせられて殴られた。
オマエなんか産まなければよかった。
産みたくて産んだ分けじゃねえ、ってな。
だからババアが帰ってきたら、いつもクローゼットの中に隠れた。
ある日、クローゼットの中に居んのが見つかった。
オレを見つけたのはババアが連れてきた半グレのクソ野郎だった。
……んで、犯された。
そっから。
クソ野郎はババアはいねえのに毎日家に上がり込んでくるようになった。
そっからは地獄だ。
察しの通りだ。
オレは、まあ、顔の出来はそんなに悪くねえ。
毎日、毎日。
クソ野郎はオレで好き勝手に遊んだ。
人だなんて思われてねえ。
ただの便利で、都合のいい玩具だった。
ぶっ殺してやりたかった。
オレを散々犯したクソ野郎も、クソ野郎を連れてきたババアも、オレを置いてどっか行ったオヤジも、なんの苦労もなく幸せそうにしてるヤツら全員ーー。
ぶっ殺してやりたかった。
なんでオレだけがこんな目にあわなきゃならねえ?
なんでこんな辛くて、痛くて、苦しくて、ゲロ吐きそうな思いをしなきゃならねえ?
意味がわからねえ。
どいつもこいつも、みんなみんなクソ野郎ばっかりだ。
だから全部全部ぶっ殺してやりたかった。
でも、オレはなんの力もねえ非力なガキで……ーーただの女だった。
家を出た。逃げ出した。行く宛てなんてねえ。金もねえ。学もねえ。オレにあったのはクソ野郎に仕込まれた女として男を喜ばせる手段だけだった。
なんにも持ってねえオレに選択の余地なんかなかった。
だから、それで生きてきた。
股開いて、腰振って、臭えモン咥えて、
そうやって、体を売って、はしたを金を稼いで、食いつないできた。
途中で気がついちまったよ。
家出たのに家に居た頃となんも変わってねえってな。
んなこと分かってんだよ。でも、家には帰りたくねえ。
こんな生活はウンザリだ。続けたいだなんて思ってるわけねぇだろ。でも、こうすること以外、オレは知らねぇんだよ。
将来のことなんか知るかよ。こっからどうなるかなんてわかんねぇよ。しょうがねぇだろ。オレにはなんもわかんねぇんだよ。
「ホント、クソみたいな人生だった」
「そうだね」
「オレは、なんのためにここまで生きて来たんだろうな。こっから先は……どっかで野垂れ死んじまうのかな」
感情を吐き出し終えたエリザベス(仮)ちゃんの目尻から雫が落ちて頬を濡らした。行き場のない感情を飲み込むように唇を噛み締める。
「それ、くれんの?」
震える声で問われる。
「いいよ。あげる」
即答。俺には必要のないものだから彼女が望むのなら吝かでは無い。
「それでなんか変わんの?」
「何かは必ず変えられるね。この断片にはそれだけの力がある。それでどう変わるかはキミ次第だよ。キミは自分の意思でそれを選択出来る」
「…………そうかよ」
「でも、これを1度手にしたら、もう後戻りは出来ないから、よく考えてね」
「考えるまでもねえだろ。バカが」
俺が手にしていた魔導書の断片をエリザベス(仮)ちゃんは奪い取るようにして握りしめる。
「オレに戻る場所なんざ、何処にもねぇんだよ」
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