第13話 新しい生活

 そんなわけで、アナスターシアの朝は日が昇る前から始まった。

「おはようございます! 伯父様。まずは軽く走ることからですわね?」

「あぁ、身体を目覚めさせて美味しく朝食をとるためだ。アナスターシアと食べる食事はとても旨いからなぁ」

「うふふ。私も伯父様との朝食は最高に美味しいです」


 お次は剣と弓矢に槍の稽古をこなし、この国ではとても珍しい『合気道』という護身術も加えられた。アナスターシアが「自分の身は自分で守りたい」と言ったからだ。



☆彡 ★彡


 

 禅国の出身である玲奈は合気道の達人であり、華奢で小柄な女性であった。アナスターシアは玲奈と男性との練習試合を見学した。

 玲奈はマッキンタイヤー公爵家の柔らかい芝生に覆われた庭園に立つ。対峙する相手は、高身長で筋肉質な男性である。彼は力を誇示するようにゆっくりと近づき、突然大きな手を伸ばして玲奈の腕を掴んだ。

 瞬間、玲奈の身体がしなやかに動き出した。彼女はほんの僅かに身を引き、男の力を巧みに利用して流れるように動いた。男の腕を引き寄せながら、玲奈は自身の体を軸にして回転し、彼の重心を崩す。男は驚きとともに前方に引き倒され、思わず叫び声を上げた。

 すかさず玲奈は彼の背後に回り込み、手首をひねり上げた。男はその痛みに耐えられず膝をつき、完全に玲奈の支配下に置かれた。男の巨体が地面に押し倒され、玲奈は冷静に彼を抑え込んだ。


「これが合気道の力です。力に頼らず、相手の動きを利用して制する。それが合気道の真髄なのです」

 玲奈は一歩下がり、深く一礼をした。彼女の動きはまるで舞を踊るかのように優雅でありながら、その背後には強靭な技術と精神力が感じられた。アナスターシアは華奢な女性が大きな男性を完全に制圧する光景に圧倒され、合気道の奥深さと凄さを実感した。


「凄いです! 私も玲奈先生のようになれますか? どれぐらいお稽古すれば、そのように巨体の男性でも倒せるのでしょうか?」

「個人差がありますが、真剣に稽古をすれば5~6年ほどで黒帯にはなれるでしょう。私のようになるには10年はかかるかもしれませんね」

「まぁ、だったら早速今から練習しますわ。ちょうど事件が起きる頃には、黒帯ぐらいまでは到達できそうね」

「アナスターシアお嬢様。事件とはなんですか? なにか困ったことが起きるのですか?」

「アナスターシア。どんな事件が起こるというのかね? 私に詳しくはなしてくれないか」

 マッキンタイヤー公爵と玲奈は不思議そうにアナスターシアに尋ねた。


「伯父様が気にするほどのことではありません。本当よ。事前に防げるように努力しているもの」

 この時も、アナスターシアはマッキンタイヤー公爵に前回の人生で起こったことを言えなかった。これが二回目の人生だと告げて信じてくれるか疑問であったし、なによりマッキンタイヤー公爵と自分の最期が悲惨すぎて言う勇気がもてなかったのだ。


 午後からは科目ごとの家庭教師が来て礼儀作法に外国語、歴史に地理と政治に経済を学ぶ。文学や詞にもふれ、刺繍などはマッキンタイヤー公爵家の侍女から少しずつ教わった。

 医療と薬草学には特に興味があったので、多くの医師や薬草専門家たちから、夜遅くまで講義を受けた。

 アナスターシアは文字通り、生まれ変わったのだった。

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