第5話 本当の味方は・・・・・・
ハーランド第二王子がすぐさま事の詳細をはなし、次いでローズリンが証言をした。先のロザリン王妃を心から愛していたゴルボーン国王は、カラハン第一王子をハーランド第二王子よりも可愛がっていた。その愛する息子の亡骸を見て怒りが先走り、あっという間に審判を下した。
「カラハンを殺した女を地下牢にぶち込め! アナスターシアは尊い身分ではあるが、その罪はあまりに大きい。よって、アナスターシアを最も残酷な方法での処刑に処す。生きたまま身体を引きちぎられる苦しみを味わえば良い。明日の早朝、八つ裂きの刑に処す」
ゴルボーン国王の怒声が響き渡った。アナスターシアは絶望のあまり真っ青な顔で震えるばかりだった。
「お待ちください。八つ裂きの刑とはあんまりです。アナスターシアは無実だと言っています。公正な審判をお願いします。マッキンタイヤー公爵家の初代ユーフェミア王女は聖女としてこの国の礎を築きました。そして、私はアナスターシアの伯父です。将軍としてこの国を幾多の危機から救い数々の功績を残しました」
「そなたの功績は大きい。初代マッキンタイヤー公爵のユーフェミア王女も、聖女としてゴルボーン王国を支えた。ゆえにアナスターシアはどのような罪を犯そうとも死罪は免れる立場である。しかし、今回はダメだ。次期国王となる有望なカラハンを殺したのだぞ。しかもカラハンの母親(ロザリン前王妃)はフォードハム国王の妹だ。そなたが亡きバイオレッタを溺愛していたように、フォードハム国王もカラハンの母親(ロザリン前王妃)を溺愛していたのだ。アナスターシアを罰しなければ、国際問題に発展する」
マッキンタイヤー公爵は、アナスターシアが到底罰を免れることができないことを悟った。この場にいる貴族や騎士たちのほとんどが、ハーランド第二王子とローズリンの証言を信じているのだ。時間を引き延ばし裁判の場を設けてもらっても、結果はおそらく変わらない。
(八つ裂きの刑だけは免れさせたい・・・・・・命を救えないのなら、せめて死に方だけは楽に・・・・・・)
マッキンタイヤー公爵は近くにいた騎士の剣を即座に引き抜き、自らの右腕をザクリと切り落とした。
「マッキンタイヤー公爵、なにをする? そなたはこの事件になにも関わっておらぬ。なぜ、そのようなことをした?」
長年のあいだ、誠心誠意自分に仕えてきたマッキンタイヤー公爵の右腕を、痛ましい眼差しで見つめながら、ゴルボーン国王は悲痛な声で問うた。
「この右腕に免じて八つ裂きの刑だけはお許しください。せめて毒杯で貴族らしく死なせてください。お願いでございます」
必死になって頼み込む伯父の姿に、アナスターシアは初めて自分の愚かさに気がついた。
その一方で、カッシング侯爵はアナスターシアに絶縁宣言を突きつける。
「アナスターシア! きさまをカッシング侯爵家の籍から即刻はずすことにする。こんな恥知らずな大罪人はわしの娘ではない」
その瞬間、カッシング侯爵の隣にいたサリナが嬉しそうにニヤリと笑うのを、アナスターシアは見逃さなかった。
「サリナお母様は味方じゃなかったのね」
アナスターシアはボソリとつぶやいた。
サリナから少し離れた場所にローズリンはハーランド第二王子と立っていた。その二人の瞳も楽しそうに輝いているのがわかった。ローズリンがさきほど流していた涙は嘘のように乾いていた。
「あぁ、そうだったのね。私の味方は伯父様しかいなかったのね」
アナスターシアを非難する声は令嬢たちのあいだでも囁かれた。
「アナスターシア様は些細なことで、侍女に焼きごてを押しつけようとしたのですって。残酷な人よね」
「なんの落ち度もない侍女にさえ、入れ墨をさせようとしたらしいわ。『のろま』と彫られたメイドもいるのですって」
「そんな毒婦が一瞬でも第二王子妃になったなんて恐ろしいわね」
実際にアナスターシアがアニヤに入れ墨や焼きごてをさせたことはない。だが、そのような脅し文句を頻繁に言っていたことは事実だった。よって、人々はアナスターシアが本当にそのような恐ろしいことをしたと信じていた。事実はどうでも良いのだ。そのような噂が流れること、それ自体が貴族の令嬢としては致命的なのだ。アナスターシアの今までの行いが、ハーランド第二王子の嘘を真実であると信じ込ませたのだった。
☆彡 ★彡
地下牢に収容されたアナスターシアは冷たい床に腰をおろした。ここにはベッドもなく、湿った床には藁さえも敷かれていない。マッキンタイヤー公爵の腕と引き換えに八つ裂きの刑は免れたものの、処刑されることは変わらなかった。アナスターシアにとって毒杯を飲むことすら、とても怖いことだった。
「これは夢よね? 悪夢なのでしょう? こんなことあり得ないもの」
幸せの絶頂からどん底に突き落とされたアナスターシアは、真夜中になっても眠ることなどできなかった。
「夢じゃないさ、これは現実だよ。悪評高いアナスターシアのお陰で、全てがうまくいったよ。君を庇ったマッキンタイヤー公爵は、きっと自害するに違いない。そうしたら、アナスターシアの夫である僕が相続人となる。爵位も財産もありがたくいただくよ。あっははは」
ハーランド第二王子が暗がりから姿を現した。その隣にはローズリンの姿もある。二人は指を絡み合わせ親密そうに寄り添っていた。
「うふふ。お馬鹿さんなアナスターシアのお陰で、私はとても思いやりのある優しい姉になれたわ。私ね、初めからあんたが大嫌いだったのよ。だって、私こそカッシング侯爵家の令嬢なのに、あんたが跡継ぎ娘なんておかしいわ。教えてあげる。私のお父様はカッシング侯爵なのよ。あんたの母親がカッシング侯爵とお母様のあいだに割り込んできたのよ」
「嘘よ。私のお母様とお父様は、お祖父様同士が決めた婚約者だったと、伯父様から聞かされたことがあるわ。いい加減なことを言わないで」
「嘘じゃないわ。カッシング侯爵とお母様は真実の愛で結ばれていたのよ。それを公爵令嬢のあんたの母親が引き裂いたのよ。でも、これで終わりね。あんたは処刑されるし、マッキンタイヤー公爵家もカッシング侯爵家もいずれハーランド様が引き継ぐわ。だって、あんたとは夫婦になっているものね。妻の財産は全て夫が引き継ぐのがゴルボーン王国の法律ですもの。あとひとつ、良いことを教えてあげる。ハーランド様の新しい妃は私よ。だって、私たち愛し合っているのですもの」
裏切られすぎて心が壊れてしまったのだろうか? アナスターシアが低く乾いた声で笑い出した。
「そうだったのね。なんて滑稽なの。私はまるで道化師ね。最初からこうなるように仕組まれていたというわけなのね・・・・・・あっははは・・・・・・バカだわ、私。本当に愛してくれた伯父様を嫌って、唯一の味方を窮地に追い込んでしまったわ」
「最後に自分がバカだったとわかって良かったじゃない? あんたの日頃の行いが良くないせいでこうなったのよ。自業自得よ。ざまぁみろ、だわ! なにが聖女の血を引く高貴な侯爵令嬢よ。英雄の姪というのも癪に障ったわ。あまりにも素晴らしい血筋なのですもの。あんたの母親もユーフェミア様もきっと天国で泣いているでしょうね。全部、あんたのせいだからね」
アナスターシアの前では、いつも穏やかな笑みを浮かべ上品な言葉づかいのローズリンだった。だが、今はすっかり本性を現していたのだった。
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