成分的に相容れないガール

ちびまるフォイ

自分のことを知ってもらいたい

自分の成分表が送られてきた。


「身長体重……それに思考。趣味。

 すごいな、なんでも書いてある……」


学校への進学にさいし、

はじめて成分診断を受けたが、

その結果の精密さに驚いた。


翌日、入学式を終えてクラスでの自己紹介の前。

先生に全員の成分表を提出した。


やっと自由時間になり、

これからはじまる青春を楽しむため近くの人に声をかける。


「よ、よお。俺は〇〇。仲良くしようぜ」


「……成分表」


「え?」


「まず成分表出せよ。じゃないと友達になるかわからないだろ」



「はい? も、もう提出しちゃったけど……」


「写真くらい撮っておけよ」


「ええ……?」


慌てて職員室に向かい、自分の成分表を回収。

スマホのカメラで撮影してからまた教室に戻った。


「はい。これが俺の成分表。画像おくったよ」


「ふぅん。悪意含有率は多め。

 友達との距離感は近めで持続値も高い。

 

 友好維持カロリーは高いけど……まあいいか。友達になろう」


「あ、ああ……。みんなこんな感じなの?」


「当たり前だろ。成分表を見せ合うなんて常識。

 名乗るよりも先にまず成分表だろう」


「そ、ソウダヨネ……」


そうなのか?

あまりに知らないことが多くて面食らった。


ただ、嘘ではないようでみんな成分表を見せ合ってから

誰と友達になるか、誰と話すか、誰に合わせるか。

その判断を行っていた。


「こんなんで何がわかるんだか……」


そうブツクサ言いながら歩いたときだった。

他のクラスにふと目がすべる。


そこには思わず目が止まるような美人が窓際に座っていた。


高校デビューブーストもあいまって、

勇気を出してその子に声をかけることができた。


「こ、こんにちは……!!」


「……」


彼女は黙って手のひらを差し出した。

言葉がなくても成分表を催促されているのがわかる。


「はいこれ。俺の成分表。ど、どうかな……?」


「……ゴミね」


「えっ」


「私の成分表はコレ」


「ええ!? こ、こんなにSがあるの!?」


彼女の成分表は自分とあまりに差が開いていた。


勉強から運動神経、ルックスから悪玉コレステロール値まで。

あらゆる成分が自分の上位互換。


「成分表でわかったでしょう?

 あなたは私とはステージの違う人間よ。近寄らないで」


「でもほら、優れた成分の人だけに囲われていると

 庶民感覚が失われちゃうかもだし……」


「そんなものいらない。

 あなたの構成成分からは得られるものがない。

 大人が赤ちゃんに教えを請うの?」


「得られるものがないから付き合わないとか、

 人間関係ってそんなものじゃないだろう!?」


「価値のない人間に付き合って、私の時間をふいにしろと?」


「ぐぬぬっ……」


彼女は明らかに自分よりも優れている。

それは間違いない。


でも納得いかなかった。


成分表に記載されている自分のあらゆるデータが、

今ここにいる自分のすべてでないと証明したかった。


「あんたは成分表でしか人を判断できない

 視野の狭い人間だってこと証明してやる!」


「へえ、どうやって?」


「俺のこと好きにさせてやるさ!

 成分表では絶対に合わなくても、

 あんたが好きになったなら話は別になるだろう!」


「そういう負けず嫌いでプライド高いところも、

 あなたの成分表には書いてあるけど?

 どうやら成分表に間違いはなさそうね」


「むきーー!」


ならばと成分表にない情報を探した。

自分のすべてが成分表であってたまるか。


「そうだ。成分表には芸術面のセンスの記載がないぞ。

 これならきっと振り向いてもらえるはずだ!」


成分表にない要素を見せれば興味を持ってもらえるかも。

さっそく練習と準備を行って彼女に猛アピールした。


彼女は苦虫を口いっぱいに頬張ったような顔になった。


「……なにこれ」


「俺が作った自作の歌だよ。

 成分表には音楽センスまでは記載がない。

 俺にはこういう要素もあるってことを知ってほしくて」


「音楽センスもないことはよくわかったわ。消えて」


「ちくしょーー! それならこれはどうだ!」


「なにこの落書き」


「絵画だよ! 芸術センスも成分表にはないだろう!」


「あんまり汚物を見せないで、私の目に毒」


「それならギャグセンスだ!

 えっと、今から一発芸をやります!」


「帰れ」


成分表にない情報を探しては彼女にアピール。

そんなことばかり繰り返していた。


高嶺の花である彼女に最初こそ近づく輩は多かったが、

あまりの構成成分の差から近づくのはチャレンジャーである自分だけとなった。


どんなに辛辣なコメントを受けても、

なんとか成分表にない要素を彼女に見せつける日々が続く。


しかし、それにもやっぱり限界は来ていた。


「ダメだ……。もう成分表にない要素が思いつかない……」


自分の引き出しをすべて使い切ってしまった。

もう彼女に見せる新しい要素はない。


他の人と同じように潔く身を引くべきか。

いや、もうアピールできないのなら最後に賭けるべきだ。


自分に失うものなどないのだから。


「たのもう!!」


ふたたび隣のクラスへ殴り込む。

狙いはいつもの彼女だった。


今日も氷のような表情をしている。


「また来たのね。で、今日はどんな成分を見せてくれるの?」


「ない!!」



「……え?」


「もう何もない! 俺は自分の成分をすべて見せた!!」


「じゃあなんで来たのよ」


「君が好きだからだ!!!」



「あそう。私はムリだけど」


予想していたがコンマ数秒でフラれてしまった。


「なんでムリなんだよ!」


「成分が合わないからよ」


「成分? 成分だって?

 数値や機械的な相性診断で何がわかるっていうんだ!」


「なんでもわかるじゃない」


「あんたは成分表だけみて自分の考えを持ってないじゃないか!

 たんに言われた値や結果をうのみにして、

 自分はどう思っているか本当に考えたのか!?」


「だから……その考えた結果も成分表に反映されてるのよ」


「それは診断時の結果だろ!!

 人間は、今もこうしている間にも変化してる!

 過去のデータや数値が今の状況じゃない!」


「そんなことわかってる」


「いいやわかってない!!

 成分ばかりの頭でっかちめ!」


「成分がすべてなのよ!!!」


彼女は俺の前にデータを突きつけた。

そこには一般的な成分表よりも細かい情報がびっしりと載っていた。


「私はあなたの要素なんか全部知ってる!

 じいやに言ってDNAを取ってきてもらったもの!

 

 寝癖の角度から、細胞配列、生活様式に好きな食べ物。

 名前をつけるときのクセから、子どもの頃の思い出だって知ってる!!」


驚くほどの情報量だった。

自分でも知り得ないほど、自分の情報が載っている。


「そのうえで、私とあんたじゃ合わないって言ってるの! はい論破!!!」


彼女のデータは完璧で間違いはひとつもなかった。

それでも。


それでもひとつだけ聞きたいことがあったーー。




「こんだけ調べてくれてるのに、俺のこと好きじゃないの……?」



「好きじゃないわよ!!!」



彼女は真っ赤になって答えた。

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