兄貴と弟分
「ただ、どこにいてもスマホさえ持っていれば、図書室にないような本を読めるのが、電子書籍のいいところではあるよな」
森がスニーカーに履き替える様子を見守りながら、フェリがつぶやいた。
森はここでようやく、自分がヒートアップした状態であることを自覚した。電子書籍の良いところとして自覚していた部分が、彼の脳内から抜け落ちていたのだ。
分かっていたはずなのに、忘れていた。創作意欲が溢れる森にとって、これは悔やまれるミスだった。そんなことぐらい、分かっていたのに……悔しさは口撃になってフェリに差し向けられた。
「外国の小説なんかより、日本人のほうが面白いぜ?」
「そうか?」いきなり話しかけたフェリは、少し戸惑ったような表情を浮かべていた。
「だって外国のやつってさ、翻訳された文章がイマイチ不自然じゃん。至るところで回りくどい言い方とかしてくるしさ」
森はまだ気分を切り替えられず、フェリの好みを否定することに走った。当のフェリは玄関のガラス扉に手をかけたまま少し表情を曇らせたが、すぐにまた笑みを浮かべた。
「そういう不自然な言い方をしてきた時に、『原文だとどういう風に書いてあったんだろう』って考えると、面白いぜ」
「原文?」
「俺、英語分かるからさ」
彼の母親はナイジェリア人であり、日本語をうまく話せない。また父親は日本人であったが仕事柄もあって、フェリが小学校に入学した頃から単身赴任が続いていた。そのため幼少期から、外出時には母のコミュニケーションをサポートし、家庭内では英語で会話している。今では母の日本語能力は一般と何ら変わらないほどに向上したが、その時の名残りとして彼は今でも洋楽を聴いたり、外国の書籍を読んだりと、英語に触れる習慣が身についているのだ。
「……自慢かよ」
「事実を語っただけだよ。ま、あんまり言いたくなかったんだけど」
フェリは、森がスニーカーを履いて歩いてくるのを見て、扉を開けた。彼自身は外へ出ず、森が通り抜けるまで扉が閉まるのを押さえていた。
「ありがとう。優しいな」
「何言ってんだ。俺たちの兄貴じゃないか」
フェリは校庭に出た森の後ろ姿を確認して、扉を閉めた。
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