第四話 「血脈」

百に満たない人口と、それに釣り合わない広大な農地とで構成されたナーロ村。


 主に農業と畜産、狩猟による自然の恵みにて生計を立てる村。

 今日は村人からの願いにより、近隣の森へと魔獣討伐へ赴いていた。

 魔獣といってもせいぜい下級。

 同じく下級の攻撃魔術か、武装した者であれば十分に対処は可能であった。


「こんなところか……毛皮か角でも折って帰れば、皆安心するだろう」


 質素な白シャツに麻のズボン、頭には角を隠すために手ぬぐいを巻いた男。

 彼の日々の仕事は、こうして依頼される度に魔獣を狩るか、自宅周りの作物の世話である。

 討伐した魔獣から、有益な素材を慣れた手つきで回収していく。





 森からの帰路で、最近の息子の様子について考える。

 ライルにはまだ魔術を教えるつもりはなかった。

 もう少し成長してから、七,八歳頃からを予定していた。

 しかし、ライルは興味を持ってしまった。

 いや、持たせてしまったか。

 家の中で自分が使っていたせいだろう。

 完全に自分の落ち度だ。


 ライルには確かな才能があった。

 既に練り上げた魔力量は一人前と呼ぶに相応しいものだった。

 恐らく魔力量に関しては、魔族である自身の血によるものと、ライル自身の日々の努力だろう。


 ライルがあれから毎日のように、隠れて魔術の鍛錬をしているのは知っている。

 止めるつもりはなかった。

 子が向上心高く練磨し成長しようとする姿は、親からしてみればとても嬉しいものだ。


 今日も懲りずにやっているのだろうと、村の方角へ視線を向けた時。

 ブワッッと、魔力の余波が体を抜ける。

 同時に耳に届くのは炸裂音にも似た音。

 魔術によるものだということはすぐに分かった。

 同時に、誰が使ったものかも。

 頭で理解した時には既に駆け出していた。

 手に持っていた獲物も放り投げ、駆ける。

 場所は余波にて分かる、約300m先の例の空き地。

 生まれながら強力な魔族の身体に、魔力で身体強化を施した脚力は、圧倒的な速度を叩き出す。

 目的地まで十秒とかからなかった。


「ライルッ!ライッッ……」


 仰向けで大の字に倒れた我が子。

 駆け寄って脈を測るも異常は無し。

 少し汗をかいてはいるが、呼吸も正常で外傷も見当たらない。

 これは、一時的な魔力切れによるものか?

 周囲を見渡すと、5m程離れた位置に岩の槍が突き出ている。

 大きさにして3m。


 この子がやったのか?


 いや、間違いないだろう。

 確信と同時に、驚きが勝るまさ

 ライルにはまだ、魔術の行使において必要な工程を全て教えていない。

 ましてや、岩の槍は扱えて一人前とされる3級魔術。

 さらには一年以上かけて身につけるとされる、5m以上での遠隔詠唱。

 おまけに、作られた槍のサイズは3mにも届く。

 ありえないことだ。

 五歳の幼子が出来ていい事ではない。

 セーフティとしてあえて細かく教えず、高度なテクニックのみを見せたはずが、全て吸収されてしまった。

 喜びと不安、複雑な胸中のまま我が子を抱きかかえ家へ向かう。

 目が覚めたら話をしなくてはな。



 ----


 見慣れた天井だ。

 温かい印象を与えてくる木で作られた天井。

 いつも寝ている柔らかなベッドから上体を起こす。

 少し気怠く、頭がボーッとする。

 確か俺は、魔術の練習をしてて……

 記憶を読み返すと同時にドアが開く。


「ッ!ライル! 目が覚めたのね! あぁもうっ、心配したのよ!!」



 今世での母親。

 綺麗な肩まで伸びた黒髪に、サファイアの様な青色の瞳。

 西洋系のパーツを、いつも柔和な笑みで向けてくれる女性。

 サラ・ガースレイ。

 最近になって知ったことだが、ガースレイはサラの姓である。

 サラは手に持っていたタオルを近くの机に置き、優しく俺を抱きしめる。

 むぅぅん、堪らん……なんかこう、フローラルないい匂いがする……


「魔力切れで倒れていたのよ? 本当に心配したんだから! 近くに魔獣がいたらどうするの!」

「ご、ごめんなさい……」

「もう一人で外で魔術は使いすぎないって約束して。いい? お父さんが気づかないとどうなってたか……」


 グウェスが?

 そうか、倒れたところをグウェスが運んでくれたのか。

 二人には悪いことをしてしまったな。

 魔力切れか、気を付けないとな。


「えっと、どれくらい寝てたの?」

「六時間だ」


 答えたのはグウェスだった。

 サラの声で気づいたのだろう、リビングの方からこちらへやってきたグウェスが、二人揃ってベッドの横へ椅子を並べる。 


「まず一つ。言わなきゃいけないことがある」


 あ〜〜、これは怒ってるわ。

 もう怖い。

 二人は元々俺が魔術を習うことに消極的だった。

 それを勝手に練習して、あまつさえ倒れてしまった。

 当然だろう。

 平手打ちさえ覚悟しよう。

 さあ来い!


「すごいぞライル。一人で魔術を使うなんてな。おまえは自慢の息子だ」


 ポン、と頭を撫でられる。

 グウェスの表情は、見たこともないほど穏やかで優しかった。


 なんで褒められてる?

 二人は反対してたはずだろ?

 驚きを隠しきれない俺はされるがままに撫でられる。


「その……怒らないの?」

「もちろん、怒ってもいる。意識を失うまで外で練習したことにはな。だけどな、おまえは一人で頑張って、成功したんだ。子どもの成長を見て、褒めない親はいない」


 なんというか、こんなに純粋な気持ちで褒められたのはとても久しぶりな気がする。

 久しぶりというのは前世から数えてだ。

 社会人になって、そういった機会は殆ど無くなっていた。

 親に褒められたのも最後はいつだろうか。



 瞳の奥が熱くなる。

 喉がキュッと締めつけられる。

 ダメだダメだ、褒められたくらいで泣くんじゃない!

 おれはアラサーだぞ、褒められたくらいで泣いてたまるか。


「う、うぇ、ごべんなざぃ〜……」


 わ、泣いちゃった。


「もういいのよライル。次から気をつけてくれれば、ね?」

「今回はちゃんと教えてなかった父さんも悪いんだ。泣くんじゃない、男の子だろ?」


 二人に抱きしめられ、徐々に落ち着きを取り戻す。

 二十後半一般男性社会人、もう泣きません。


「いい機会だから、少し大事な話をしようと思うんだ。夕飯を食べたら、三人で話そう」

「そうね、ライルにとっても大事な話だものね」


 なんだろうか、大事な話とは。

 気にはなるが、確かに腹が減った。

 昼過ぎから寝っぱなしだったせいか、はたまた魔力切れの影響だろうか。

 とりあえず何か腹に入れたい気分だ。


「ふふ、ライルもお腹減ったでしょう? 今日はシチューだからね、おかわりもしてね」



 ----


 温かな夕食を食べ終え、片付け終わったテーブルを三人で囲む。

 向かいに両親が座りこちらへ語りかける。


「ライル、父さんが魔族だってことは知っているな?」


 もちろんだ。

 だが、グウェスの持つ人族との違いは角の有無くらいだ。

 肌の色も少し黒っぽい程度で違和感はなく、尻尾や羽があるわけでもない。


「そして母さんは人間、人族ね」

「つまり、おまえは人と魔の混血。ハーフということになる。半魔というんだが、これは大戦前にはそれなりの数がいたとされる」


 人魔大戦。

 本で読んだ際の記憶では、二十年前に起こったとされる人族と魔族との戦争。

 いや、俺が三歳の時点で読んだあの本の刊行年は三年前だったから……厳密にいうと二十五年前か。

 結果的には勝敗は無く、和平という形をもって終戦したとか。


「まだ幼いおまえには難しく、厳しい話だ。大戦前の時代では、人と魔は多少の争いさえあったものの、互いに脅かすことはなく暮らしていた。だが、とあるきっかけで大戦が起こってからは互いの住処から互いを追いやった。その過程で、多くの人や魔が亡くなった。特に半魔は人族と魔族、互いの住処双方から禁忌とされた。半魔はどちらの世界にも居場所は無かったんだ」


 なるほど、戦争で争う者として他者を排斥し、そのあいだの子どもである半魔は特に許されることはなかった、と。


「けれどそれも大戦中までの話だ。今となっては和平が結ばれ、人や魔だからと無条件で迫害されることは少ない」


 絶対に無い、とは言わないか。

 まあ当然だな、十年間も争ってきたもの同士だ。

 一切の遺恨なく手を取り合えるほうが難しいだろう。


「だが、半魔は別なんだ。戦後交流は行われ、許可があれば双方行き来が可能にはなったが、結ばれ、あ〜その……子を作ることは禁じられている。半血が広まり、今の均衡が崩れることを危惧したんだ。つまり、ライル。おまえが半魔であるということは、他者に知られてはいけない」


 驚きは無かった。

 事実、両親は俺のことを村の住人から遠ざけていたように思う。

 家も村の中心からは少し離れた場所に建てられ、グウェスも外に出る際は手ぬぐいで角を隠していた。

 俺も馬鹿ではないので流石にそれくらいは察していた。


「おまえも大きくなってきて、そろそろ外との交流も必要な時期だ。今の話はしっかり覚えておいてくれ。それと、半魔としてのおまえの体についてだ」

「ねぇライル、起きて鏡はみた?」

「? 見てないよ」


 起きた後は腹が減っていたこともありすぐに夕食を取った。

 鏡は覗いてなかったな。

 俺の返答を聞くとサラは手鏡を手渡してきた。

 覗いてみると、異変が二つ。

 まず大きく違ったのは髪色だ。

 今までは母親譲りの綺麗なサラサラした黒髪であったが、今はパーマのように少しうねりが入り、色もところどころにグウェスの様な茶色がさしている。

 これはこれでお洒落な気もするが、もう一点、先程までの話からするとこちらのほうが問題なのだろう。

 角が大きくなっていた。

 昼頃までは1cm程の大きさであったが、現在はグウェスとほぼ変わらない3cm程にまで大きくなっていた。

 額に触れて確かめる。

 硬質で、ちっとも動く気配はない少しザラザラした触感。


「これって……」

「恐らくだが、髪色は急激な魔力の使用による体内組織の乱れだろう。これからも一気に魔力を消耗すると色が変わるかもしれないな。」


 疑問はグウェスが解説してくれた。

 冷静なのはきっと、俺が生まれた時からこういった状況は予測出来ていたからだろう。


「角についてだが、角は父さんと同じものだろう。父さんは魔族の中で『闘魔族とうまぞく』と呼ばれる種族でな。名の通り闘いに長けた種族で、人族との違いも少ない。特徴的な違いは角であり、この角は魔力探知の役割りを持つ。普通は年々成長につれ伸びるものだが……」


 説明しながら訝しげにこちらを見つめてくる。

 要は、角は魔力レーダーの役割を持っていて、グウェスは闘魔族だから強いってことか?


「詳しいことは分からんが、これも半血による影響なのかもしれないな。とにかく、角は外に出る際には隠すようにするんだ」

「うん、分かった」

「それと、明日からは父さんと一緒に魔術と体術の修行だ。また魔力切れを起こされてはかなわないからな」


 修行。

 なんて甘美な響きなんだ。

 これぞファンタジーの醍醐味の一つと言えるだろう。


「ライル、ちょっとコレを曲げてみてくれるか?」


 そう言ってグウェスはこちらに銀製のスプーンを渡してくる。

 曲げろだと?

 俺はまだ五歳だぞ。

 こういうのは高学年の小学生か中学生なんかが力自慢でやるもので……


 ところが、スプーンはちょっと力を加えると簡単に曲がってしまった。


「やはりな。髪色や角への影響でまさかとは思ったが、闘魔族としての肉体の強さも表れ始めているな。日常生活に支障が出てはいけないから、そのための体術修行だ。力のコントロールをしっかり覚えてもらうぞ」

「う、うん」


 前世で人間として過ごしたからか、自分の身に起きた変化に付いていくので精一杯だった。

 ちょっと怖いくらいだ。


「話はこんなものでいいだろう。魔力切れを起こした後だし、疲れもあるだろう。今日はゆっくり休みなさい」

「そうよ、夜更かししたらダメだからね?」


 両親に促され、自室のベッドへと向かう。

 今日だけで色んなことが起きた。

 魔術への理解、魔力切れによる身体への影響、半魔として抱える問題。

 正直疲れたな。

 難しいことはまた明日以降整理するとしよう。

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