第三話 「自力で」

グウェスとの初めての魔術修行から早一週間。

 家から少し離れた空き地でこっそりと、毎日魔力を練り上げ、感覚を養う。

 魔術を使用するために、現時点で確認できた必要なステップは三つだ。

 ・魔力を練る。

 ・魔素を視認、及び知覚する。

 ・行使する魔術を詠唱する。

 この三つのステップはほぼ完璧にこなせているはずだ。

 が、しかし。

 やはり魔術は行使できない。

 何かが足りない?

 思いだせ、グウェスは何て言っていた。


『魔術を使うには、自分の魔力を使ってこの魔素に触れるんだ。そして、自分が起こしたい現象をイメージして、現実に呼び込む』


 触れる?呼び込む?

 恐らくキーワードはこの二つだろう。


『少し意地悪な教え方だったけどな』


 グウェスはこうも言っていた。

 果たして言葉通りに受け取っていいものか……


 何はともあれ、やってみないことには始まらない。 

 魔力を練る。

 体を風のようなものが包むのを感じる。

 目に魔力を流し、魔素を視認する。


 ここからだ、ここから恐らくは『魔素に触れる』という工程が存在する。

 たしか、グウェスは魔力を使って触れるって言ってたな……

 よし、魔力を動かせないか試してみるか。

 練り上げた魔力を、手に集中して動かせないか試す。


 いや難しいなコレ。

 全然思った通りに動かせないぞ。

 何度もトライしてようやく、指先の魔力を少し動かすことに成功する。

 その頃には息も絶え絶えだったのだが。


「ハァッ……ハァッ……キッツ…………魔力って、練って動かすだけでこんなに疲れるのか……」


 だがこんなところで諦めるわけにはいかない。

 自分にチートじみた能力や恩恵が無いのなら、努力して死に物狂いでも掴んでみせる。

 俺はなんとしても、異世界ファンタジーを満喫するのだ!



 ----


 さらに十日が経過した。

 あれから魔力の操作はかなり上達している。

 今では約2mの場所まで魔力を届かせることが出来る。

 同時に、魔素に触れるということがどういうことなのか、少しずつ理解できてきた。

 魔力が魔素に触れると、まるで炎をあげるまえの火種のようにチリチリと活性化する。

 ならば後は炎を上げるだけだ。

 しかし魔術を唱えるだけで成功するものか?

 現に、今の今まで失敗続きだ。

 グウェスはイメージしろと言っていた。

 呼び込むではなく、呼び起こす。

 事象を描きあげる。

 前世で培った知識と経験、そしてオタクパワーを結集しろ。

 俺なら出来る。


 目標は正面の小さな岩。

 手本は既に見ている。

 集まる魔素に狙いを定め、魔力を練る。

 魔素に触れる感覚が伝わってくる。

 ここだ。

 イメージは槍のように突き出る岩。

 鋭利な尖端、大きくなくてもいい、小さな、タケノコの様な物でいい。

 息を吸い、吐く。


岩の槍ストーンランス


 唱えたと同時に、伸ばした魔力と魔素が結びつき形を成すのが分かる。

 種火だった魔素は、俺の魔力を糧に炎へと変わる。

 炎は俺のイメージをなぞるようにして形を成し、質量を得る。

 そして、そこには小さな、およそ20cm程の槍とはお世辞にも呼べないものが突き出ていた。

 目標の岩は割れるどころか小さく欠けるだけ。


 だが。

 込み上げる。

 充足感にも似た、これは、達成感か。


「やった……やったぞ!!出来た!出来たんだ!!」


 年甲斐もなくはしゃいでしまう。

 いや、五歳か。

 まあいいさ、嬉しいものは嬉しいんだ。

 とうとう魔術が使えたんだ、今なら何だって出来そうだ!

 と、

 湧き上がる全能感とは裏腹に、冷静に分析を始めるサラリーマンの俺がいた。


 成功したとて油断は禁物だ。

 『魔術』という技術についての疑問点を整理してみよう。

 グウェスの時とは違って、槍を形成するまでの時間に差があった。

 これは恐らく『慣れ』の問題だろう。

 回数をこなせば上達するようなものだと、直感が告げている。

 どちらにしてもこの疑問は後々わかる事として、浮上した最大の疑問。

 遠くに離れた場所への魔術の行使だ。

 グウェスが初めて槍を見せてくれた時は、危険を考慮してか岩までの距離は約5m程だった。

 グウェスはそこまで魔力を伸ばしていたのか?

 答えは恐らくノーだ。

 それではあまりに非効率だ。

 ではどうやって?

 魔術は魔素と魔力の結びつきなくして成立しない。


「むぅぅぅ〜ん…………」


 唸りながら無意識に練った魔力を前方に伸ばし、疲労感に襲われ中断する。

 待て。

 中断した際に切り離した魔力が、消失するまでの僅かな時間漂っている。

 そうだ、伸ばすんじゃない、飛ばすんだ!

 善は急げ、物は試しだ!


 イメージしろ。

 魔力を手のひらに集中させ、前方の岩に向かって、押し出す様に射出する。

 体から魔力を切り離すのは想像以上に困難だった。

 ゆっくりとピストンで押し出されるようにして、手のひらから小さな魔力の塊が前方へと飛んでいく。

 大きさにして10cm、速度にして時速10kmも出ていない。

 出来た! 不格好極まりないが成功だ!

 もう一度、今度は魔力に詠唱と術のイメージを乗せて飛ばす。


岩の槍ストーンランス!」


 射出された魔力は目標とした場所へ至ると同時に、イメージ通りの小さな槍を成した。

 成功だ、大成功だ。

 自力で考え、答えに至った。

 先程とは比べ物にならない達成感が身を包む。

 前世で経験したどんな成功よりも気持ちいい。

 やはり今の俺なら何でも出来る! 


 そんな思考に駆られ、手のひらに先刻よりも更に多くの魔力を、注げるだけの魔力を注ぎ詠唱と共に撃ち出す。


 ズガッッッッ!!!!


 と大きな音を立て3mに届くかという巨大な槍の完成を見届けると同時に、俺の意識はプツリと途切れた。

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