燃える私と凍える彼女

一色雅美

1章

第1話 目覚め

 その日の目覚めは最悪に近かった。喉になにか詰め物を入れられた感覚と共に目覚めると、死臭が鼻から喉を貫いた。

「がっ…は、はっ、はっ」

 冷や汗で輪郭が浮きぼるほど、体が凍えていた。急いで息を無理やり吐き出し、詰め物の感覚を押し出す。すぐにベッドの上から死臭の先に目線を向けた。そこは壁。扉を開ければ、遺体処理場となる部屋だ。

「ああ、今日もなのね」

 少女は起き上がると、革靴を避け、裸足のまま隣に続く扉を開けた。室内に、服を着た死体が二体、レンガの地面に重ねられて置かれていた。適当に放り投げた、というふうに。死体は高い窓から注がれた陽光にきらびやかに照らされている。奥にある、外に続く扉が開いていた。朝だった。 少女は状況を確認したあと、ゆっくりと死体に近づいた。陽光に差し掛かった時、ボウッ、と音が鳴る。少女の右腕が燃えたのだ。次に、かさかさに乾いた黒髪が燃え、わずかに膨らんだ乳が燃え、左足が燃え、そうして死体のそばに来る頃には、少女の全身が赤い炎に包まれていた。

 しかし、少女は燃え盛る身体をものともせず、しゃがみながら小さな手で死体に触れた。瞬間、炎は死体に進みより、そのしみれた衣服と、白い肌を燃やしていった。

 これで、少女の仕事が一つ終わった。二つの死体が完全に炎に包まれたことを確認すると、少女は静かにその部屋を後にした。日陰に戻った時、少女にまとわる炎は跡形もなく消えていた。残るは、滑らかな艶を持つ少女の裸体のみである。

 少女は裸体のまま、桶に貯められた井戸水を柄杓で救い、一気に飲み干した。それから、箱に入れられたパンを二つ取り、皿に並べ、かまどに火を炊いた。かまどの隣にある籠の中からじゃがいもを取り出し、包丁で皮を向き、つぶし、煮込む。塩を少し加え、ポトフができた。それと、適当な野菜、パンをテーブルに並べると、それが少女の朝食となった。

 朝食を食べ終えると、少女はタンスの一番下から下着を取り出し、身につけた。起床から二十分過ぎて初めての衣服の着用だった。続き、中段からは、乾いたシャツと長ズボンを、上段からは白色のフードの深いコートを取り出し、順番に身につけていく。その上、タンスの上にある分厚い薄茶色の手袋を身につけた。深くフードを被り、うつむく。そうすると、少女は街を歩くことができた。

 遺骨を運ぶため、少女はレンガの建物の裏手に回った。高く伸びるレンガ壁から影が落ちた場に、煤け錆びた荷車が置いてあった。その上空には、少女の衣服が紐に吊るされている。自分の下着を眺めながら、少女は白く澄んだ手と腰を使い、ゆっくりと西側にある火葬場の扉までそれを運んだ。たったそれだけの作業のために、少女の頬は赤く火照、つぅと汗が曲線を描きながら落下した。空を見れば、煙が高い窓から吹き出て青い空に灰色の雲を作っている。開け放たれた扉を覗くと、死体はまだ延焼していた。皮膚がまだ残っているのだろう。骨に成り果てるにはもう少し時間がかかりそうだ。

 一度大きなあくびをし、右肩を回した後、少女は外の扉から部屋に戻った。完全な日陰となっているその部屋は、扉を締めてしまえば夏の暑さも少しは和らぐ。いっそ服を全部脱いでしまいたい気分だったが、今日は仕事の日だと諦めた。それでも、フードを取り、手袋は外した。

 桶の水をもう一度柄杓で飲み、それを二回行った時もう水が少ないことに気がついた。

「後で汲みに行かなきゃ」

 手袋をはめ、籠を抱え洗濯物を取り込もうと外に出る。裏手に回ろうとした時、メイド服の女性が家の前を通った。

「あら、おはようナターシャちゃん」

 女性はバケットを持たない手を軽く振る。今から市街へ買い物のようだ。

「あ…おはようございます…シーナさん」

 ナターシャは縮こまるように挨拶を返す。実際、フードは一層深まったし、腰が丸まっていた。小さな背が、更に縮まる。

「最近どう?お野菜食べてくれた?」

「はい。美味しくいただきました」

「よかったぁ。また持ってくるわね。ああ、そうそう。今度お洋服を調達しようと思っているのだけど、ナターシャちゃんも一緒に来ない?」

「いえ…結構です」

「そう?そのお洋服じゃ熱いでしょうに…もう夏なのよ」

 シーナは不思議そうに首をかしげる。シーナとナターシャは出会ってもう六年は経っているが、これといった関わり合いはなかった。いつも、こうしてシーナが買い物に出かけるときしか会うこともない。それでも、シーナはナターシャが、訳あり、であることは察してくれていた。

「ナターシャちゃん、なにか困った事があれば私に言ってね。これでも、こんなところに住んでるあなたのことを気にしてるんだから」

「はい…ありがとうございます」

 ナターシャは気の弱い返事とともに、深く頭を下げた。シーナは、それじゃあね、と言って市街の方向へ続く土の道を歩いていった。

「それにしても…」

 ナターシャはシーナが来た道の方を向く。

「シーナさん、森に住んでるのかな?」

 その先は、建造物が一切見えない巨大な森林だった。

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